「やらない善よりやる偽善」ルース・エドガー jnkさんの映画レビュー(感想・評価)
やらない善よりやる偽善
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って言葉を昔ネット上で知った。ルースを迎え入れたアメリカ人夫婦は善人ではあるが、若干善を押し付けてるのがいかにもアメリカっぽい。旦那の方が人として自然なのにナオミ・ワッツの盲目的に善行を信じる人に対峙すると悪者にみえてしまう。
ルースの企みはある意味子供っぽく翻弄される偽善側も、彼を疑いつつも本性を暴ききれないところがアメリカの偽善の闇かなと。
ただ一人糾弾する教師にしても必ずしも正義の味方でなく、それぞれ登場人物が人間味に溢れていた。
(アメリカ映画に出てくるアジア系の女性が軒並み並外れて不細工なの萎えるマジやめてほしい)
ルースは、、
初めにステップマザーが本来の名前を発音することが出来ず、名前を変えられてしまった。
祖国と自分をいとも容易く否定されたところから彼のアメリカでのアイデンティティが始まっている。
彼がもし怪物なのだとしたらそれはここから始まってしまったのかなと思った。
何の気なしに、取り返しのつかないことを、善の名の下にやってしまった。それは人を怪物にするのに十分な威力を持っていた。
最後、走る彼は何も解消されていない、根源的な悲しみは善を行ってくれている家族に向ける訳にいかず、抱えて生きるしかない。
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