「ラベリングの悲劇」ルース・エドガー andhyphenさんの映画レビュー(感想・評価)
ラベリングの悲劇
事前知識を仕込む余裕がなかったのだが、元が戯曲と聞けば納得するつくりではある。学校と家庭。狭い世界。
タイトルロールであるルース・エドガーは優等生である。しかも彼は紛争が激しい国、アフリカはエリトリアからやってきた。彼は「特別たること」「完璧たること」を期待される運命にある。
対峙する教師オクタヴィア・スペンサーには彼女なりの強固な信念があり、ままならぬ家族がおり、恐らく想像の及ばぬ過去の抑圧がある。それが彼女を走らせてしまう。
とにかく常に互いが噛み合わない。思いが伝わらないというディスコミュニケーションの連鎖が続く。無意識のラベリングの強固さを感じる。
理想の息子、信頼の厚い少年。ケルヴィン・ハリソン・Jrの貼り付いたような笑顔。優等生的な言葉、笑顔。表情があるようでない。
彼は自分の立場をよく知っていて、なおかつ他の境遇に敏感である。彼の時折見せる激しさを、結局誰も受け止めてはくれない。
物語全体が徹底的にディスコミュ二ケーションに彩られている。ナオミ・ワッツは結局息子を「信じていない」。ティム・ロスは常にどこか腰が引けている(客観視という意味では良いのだが、介入を避ける向きがある)。オクタヴィア・スペンサーは「ルース・エドガー」に巨大なものを見すぎている。それは正しいとも言えるが、だがしかしそれは本質なのか?
どうすれば曝け出せるのか?曝け出せないことこそが大いなる問題なのだ。曝け出したら何もかもを失うかもしれない。ルース・エドガーは安定しているように見せかけて、非常に危険な綱渡りを強いられているのだ。
ラストのルースの表情に、やはりこの先にある陰を感じるのは私だけだろうか?
やはりこの先にある陰を感じるのは私だけだろうか?』とおしゃっていますが、私もそう感じました。だから、私は討論のように、正々堂々と戦ってとコメントを残しました。Public Speaking のような一歩通行でなく、討論です。すごい作品です。