「「90年代韓国の孤独と素晴らしい撮影が一体になった傑作」」はちどり(2018) ミラーズさんの映画レビュー(感想・評価)
「90年代韓国の孤独と素晴らしい撮影が一体になった傑作」
1994年ソウルの団地に住む中学生ウニの物語で、全編が彼女の視線から見た日々を丹念に綴っている。
多くの方々が指摘している事ではあるが、当時の女性や女子への抑圧的な世間と家族との関わりが描かれており共感するところや自分の性別ゆえに気づかなかったところを炙り出してくる。
そんな抑圧されたウニの姿を、デビュー作とは思えない洗練された語りと抜群のカメラワークで丁寧に映像を重ねて見せてくるキム・ボラ監督の手腕に驚かされる。
同じ場所でも時間の経過やウニの心情により明らかに見え方が変わってゆく様がわかる。
出会いや別れを経験することによって狭かった世界が広がるようにカメラ位置が少し後ろに引いたりしている。
彼女が通う塾の教室や階段での微妙な広がりを感じさせる変化には唸らされる。
特に塾の階段で、ヨンジ先生と心通じる場面の窓外にある木の揺らめきと廃ビルのような階段までもがドラマチックに魅せるカットや数回通る公園や通学路の朝昼の煌きと夜の冷えた表情と静さの対比。
家の近くで目にする心あらずな様で彷徨う母親の姿を、陽光の中の不穏な雰囲気で映像に予感せる描写など。(ただしこの場面は特に後の伏線の様な感じでは無い)
ウニが通う診療所の3回のカメラワークの変化なども以外性と広がりを感じさせる。
ただ、カメラアングルの変化よって一見すると違う場所にも見えて混乱を招く事もあるところを、とても上手くまとめている。もちろん観客にも集中力が必要だが。
主役のパク・ジフの演技や脇の俳優陣も素晴らしいが、個人的にはヨンジ先生役のキム・セビョクの質素だが芯のある美しい佇まいがとても素晴らしい。
70年代の日本でも見かけた少しはすっぱな雰囲気と知性を持つヨンジ先生は、裕福な家庭に育ち大学で学生運動をしていてドロップアウトした人なのだろうか、何処か世捨て人じみているが、その優しくウニを精神的に導くメンターにも見える。
ネタバレあり
後半では韓国では有名な事件のソンス大橋崩落が起こり、それまで小さなウニの視線が大きく広がり、この悲劇を姉兄や家族と見届ける。
抑圧された影響で、歪みの様な腫瘍まで背負った彼女は、大切な人を失いながらも、立ち上がったように日常に戻る姿で深い余韻を残して映画は終わる。
商業映画デビュー作にしてこの完成度は驚異的で、キム・ボラ監督の次回作に期待が持てる。
もちろん後輩女子の変化や母親の不安な姿など伏線回収的な部分がないので、気になる人もいると思いますが、少女の目線で見て理由は、観客に委ねるのもアリだと思う。
近年の傑作揃いの韓国映画の中でもかなりの上位に値する傑作だと思うが、それでも受けて手には、若干のリテラシー(またです)は必要だと感じるところがあり、性別や世代によってはこの映画の示す事柄が飲み込めないのではとの危惧もある。
もちろん自分も分かった気になっているところはあるはず。映画自体も静かでいわゆる強烈な展開が少なくて、淡々しているので、持て余してしまう事も。
そして問題なのは、この映画は2018年10月に韓国で公開されたのに、日本公開が2020年6月とこれほどの作品が2年も上映されなかった事だと思う。
ちなみに94年の日本でも、ソンス大橋崩落はニュースで報道されていて、自分も記憶に残っているが、そのすぐ後に起きた韓国の三豊百貨店崩壊の甚太な被害によりこの映画を観るまでほとんど忘れていた。(もっとも当時の自分は車とバイクと洋画にしか興味ないアホでした)