馬三家からの手紙 : 映画評論・批評
2020年3月10日更新
2020年3月21日よりK's cinemaほかにてロードショー
それでも真実を伝えたい。命がけの手紙、命がけの映画
タイトルが「馬三家からの手紙」なので、中国の馬さんという人が手紙の送り主かと思いきや、「馬三家(マサンジャ)」というのは地名でした。中国東北地方、瀋陽近郊にある都市です。ここにある、馬三家労働教養所から送られた手紙。送り主は、政治犯としてこの施設に収容されていたスン・イさんという人物です。
手紙が届いたのは、アメリカのオレゴン州。ジュリー・キースさんという女性のもとにです。手紙は、ジュリーさんに直接宛てたものではありません。郵便で送られたものでもない。それは、スン・イさんが使役労働で作らされていたハロウィーンの飾りつけの中に忍ばせた紙切れでした。ジュリーさんが子どものために買った飾りつけから、ある日たまたま見つけた紙切れが、この手紙なのです。
そこには、収容所でスンさんがいかに厳しい境遇におかれているか、どれほど精神的に追い込まれているかが綿々と綴られていました。看守にバレないように手紙を書き、毎日何百個と作っているハロウィーンの飾りつけにこっそり忍ばせる……まさに「命がけ」で送られた手紙です。
オレゴンの自宅で手紙を見つけたジュリーさんは、とても驚き、ひどく悲しみ、自分のSNSアカウントにその画像をポストします。そしてこの画像を見たマスコミが大きな記事にし、やがてこの映画の監督レオン・リーの知るところとなります。
しかし、ジュリーさんのポストによって「収容所からのSOS」が世間に知らされた時、スンさんはすでに収容所を釈放され、シャバに戻っていたのです。
映画化のオファーに、スンさんはとても迷います。自分たちが受けた辛苦を、真実を世界に伝えたい。しかし自由の身になっている今、この問題を再燃させて、中国当局の不興を買ったらどうするのか?
かつて、自分が書いた手紙は命がけでした。そして、自らがカメラを回して作ると決めた映画もまた、命がけのものになるのです。そんな重大な決断を経て、この映画は製作されました。結果、その結末には、衝撃しかありません。
「この映画は作られるべきだったのか?」そんな、何とも形容のしがたい複雑な余韻を残して、映画は終わります。なかなか出合うことのない、あまりにも特別な一本です。
(駒井尚文)