劇場公開日 2021年8月13日

モロッコ、彼女たちの朝 : 特集

2021年8月6日更新

玄関を開けると妊婦が立っていた 行くあてはない…
カサブランカ 、そこでは未婚の妊婦は“禁忌”だった
“静の醍醐味”味わえる映画ファンのための一作

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なんともセンセーショナルで、しかし静謐な力強さに満ちた映画だった。8月13日公開の「モロッコ、彼女たちの朝」は、映画を観る醍醐味を心ゆくまで堪能させてくれる。

描かれるのは、生きるために女性であることを忘れたシングルマザーと、母性を拒否する未婚の妊婦、欠落を抱えた2人の女性による魂の交流。そして本作が他作品と最も異なるのは、「日本で初めて劇場公開されるモロッコ映画である」ということだ。

超大作がのべつ幕なしに封切られ、シネマコンプレックスにド派手な爆音が轟くこの季節。あえて、本作のような静かな時間が流れる“ミニシアター系の良作”に目を向けてみるのはいかがだろうか。


【予告編】心の奥に柔らかく触れる、実話から生まれた“始まり”の物語

【物語の面白さ】あるパン屋と未婚の妊婦の魂の交流
モチーフに隠されたセンセーショナルな問題を読み解く

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●あらすじ

小さなパン屋を営むアブラは、戸を叩く音を不思議に思った。訪問者はいないはずだ。 物売りだろうか。応じてみると、玄関先にはお腹の大きい妊婦が立っていた。彼女はサミアと名乗った。

臨月にも関わらず仕事も住居も追われ、あてもなくカサブランカのメディナ(旧市街)を彷徨い歩いていたという。

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一方のアブラは、夫を事故で亡くし、幼い娘との生活を守るため心を閉ざして働き続けていた。彼女にとってサミアの存在は非常に危険だった。なぜならばここモロッコでは、未婚の妊婦は“最大の禁忌”だからだ。

未婚の妊婦と関わり合えば周囲から後ろ指差される。アブラはサミアを追い返した。しかしどこか見捨て切れなかった。招き入れられたサミアはパン作りが得意でおしゃれで……孤独だった母子の日々に光を灯していく。

彼女は子が産まれれば即座に養子へ出し、“なかったこと”にして実家へ戻ると話した。それはこの完璧な円環の終わりを意味していた。やがて訪れる陣痛のとき。サミアやアブラの選択は、果たして――。

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●なぜ本作はセンセーショナルなのか? 理由はモロッコの“お国柄”

本作はイスラム社会の背景を把握していると、より深く理解し楽しむことができる。この物語がなぜ鮮烈なのか。モロッコでは禁忌である未婚の妊婦を主役とし、それにまつわる諸問題をさりげなく、しかし痛烈に指摘する点にある。

どういうことか。モロッコでは婚外交渉と中絶が違法なのだ。したがって、未婚の妊婦はすなわち「逮捕されていないだけの犯罪者」であり、病院で出産しようものなら警察が飛んできて逮捕される。故郷に戻れば疎まれる。 産まれた子どもは「罪の子」として周囲から虐げられる。社会保障などあらゆる権利を満足に受けられず、確実に厳しい人生を強いられる。

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それゆえ本作のサミアはどこにもゆけず、メディナを彷徨っていた。これから産まれてくる子と一緒に生きることの過酷さは想像を絶する。だから里子に出すと決意するが……お腹を蹴り上げる感触はどうしようもなく愛おしく、理性と母性の狭間で苦しみ葛藤する。

さらに、夫と死別・離婚した女性の社会的地位も非常に低い。アブラも社会にとって“普通”ではないのだ。しかし、そうした事柄は男性中心のイスラム圏では黙殺されがちであり、社会は女性が犠牲となることで成立している向きが強い。本作は女性であるマリヤム・トゥザニ監督が、モロッコでの女性の苦しみを暗に突きつけ論争を巻き起こした意義深い一作であり、そんな作品がカンヌ国際映画祭という大舞台で評価されたこと(後述)は特筆に値する。

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●実は監督の実体験から生まれた作品

もうひとつ興味深い点がある。トゥザニ監督がインタビューで語った話によると、物語は同監督の実体験に基づいているのだそう。

トゥザニ監督が大学卒業後に家族で世話をした、未婚の妊婦との思い出。結婚相手に逃げられた妊婦は、家族や友達に秘密で出産し、すぐに養子に出すと決意した。しかし彼女は、湧き上がる母性と厳しい現実の間で葛藤する……そんな姿が若き日の監督の心に焼き付いたという。

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事実は小説より奇なり、物語は事実を下敷きに虚構を構築することで得も言われぬ力強さを獲得し、じんわりと温かな感動を観る者の胸に残す。ある海外メディアは「小さな宝石のような映画」と形容した。この輝きは、あなたの人生にどう影響するだろうか――?


【高い品質】映画の醍醐味が心ゆくまで堪能できる――
ミニシアター系映画ファンに勧めたい、力強い良作

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●派手さはない 静謐で独特、だからこそ力強い一作

あえて強調するが、本作はミニシアター系の良作である。ハリウッド超大作のような派手さやスケール感もなければ、誰もが知る豪華キャストもいない。しかし(だからこそ)、本作は映画の“静の醍醐味“を味わうことができるのだ。

全編を通じて規格外とも思えるほどの、静謐で穏やかな時間が流れる。セリフやBGMではなく表情や仕草に物語が込められている。私たちは息を止め、画面を食い入るように見つめる。そのうちに心情はアブラやサミアと重なり、言葉ではなく心で物語を読み解いていく。

辛口で知られる批評サイト「ロッテントマト」では満足度90%(2021年5月18日時点)の高評価。数多の映画を体験してきた映画ファンのための、高い品質の一本が日本にやってきた。

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●日本で初めて劇場公開されるモロッコ映画 異国情緒は旅気分

本作最大のポイントとも言えるのが、モロッコ映画であるという希少性だ。カサブランカの路地裏、そして印象的に登場する、日本人には馴染みの薄い食べ物の数々(観れば共感するだろうが、特にルジザが食べてみたくなる)。また街中には公共の窯があり、人々が自宅でこねてきたパン生地などを持ち寄りおじさんに焼いてもらったりしていて、観ていると心地よいカルチャーショックを感じられる。

画面の端々に映る景色に旅情を刺激され、魂は日本を離れしばしモロッコへ飛ぶ。そんな非日常の体験が、映画館で堪能できるのだ。

モロッコ伝統のパンケーキ、それがルジザ
モロッコ伝統のパンケーキ、それがルジザ

そしてトゥザニ監督の演出術も見逃せない。長編デビュー作にして、女性2人の友情を通じ、女性に対する見えない不条理を明らかにするテーマを打ち出しながら、フェルメールやカラヴァッジョに影響を受けた陰影が効いた端正な映像美を創出。つまり離れ業を見せつけている。

2019年のカンヌ国際映画祭では「ある視点部門」に正式出品、「クィア・パルム」にノミネート。アカデミー賞のモロッコ代表に選ばれ(女性監督としては初のこと)、欧米諸国や日本をはじめ世界中のバイヤーがこぞって配給権を買い求めた。イスラム圏から出てきた新しい才能、マリヤム・トゥザニ。名を覚えておいて損はないだろう。

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【鑑賞の手引き】類似作と比較 “この作品”が好き
なら、きっとあなたの“大切な一本”に…

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最後に、鑑賞しようか迷っているあなたに向け、より感覚的にイメージできるよう、「モロッコ、彼女たちの朝」と似ている作品をご紹介しよう。

例えば孤独を抱えた女性ふたりがカフェで出会い、対立から理解へ、友情の芽生え、そして新しい人生へと踏み出す「バグダッド・カフェ」。インドの食文化や風土が見ていて楽しく、異国に旅したような気分に浸れる「めぐり逢わせのお弁当」。

西洋絵画のように美しい画面で、ふたりの女性の心の交流が燃え上がる「燃ゆる女の肖像」。少女たちの日常生活に横たわる”生きづらさ”を、親密な距離で見つめた「はちどり」。

これらの映画が好きなら、本作はきっと大切な一本になるはずだ。

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実際に鑑賞した著名人のコメントも記載するので、あわせてご参考にしていただければ嬉しい。

・角田光代(小説家)「すべての場面が、それぞれ一枚の絵画のようだ。苦悩を抱き、かなしみを背負っていても、彼女たちの生きる姿はなんとうつくしいのかと驚いてしまう」

・枝元なほみ(料理研究家)「偶然出会って、ふと<信じられる>と思う瞬間が訪れる。
女同士が、それぞれの傷や痛みや
優しい柔らかい心や言葉にできない気持ちの棲む
生きることの<芯>で繋がっていく。
悲しい映画ではないのに何故か泣けてしかたなかった」

・宇垣美里(フリーアナウンサー)「伝統のパン、ルジザを作り上げるたおやかな動作に
アイラインを引いた後の1ミリの微笑
言葉よりも雄弁な横顔と瞳の揺らぎで
閉塞的な世界に生きる孤独な2人の女の心情と
心通わせ支え合う過程が繊細に丁寧に描かれていた」

・小川歩美(モロッコ料理 エンリケマルエコス オーナーシェフ)「モロッコ人の何気ない日常と、メディナ(旧市街)やモロッコの一般的な家の中の光景。加えて、モロッコの独特な光の加減そのままで撮られているこの作品は、観る人をモロッコにワープさせてくれるでしょう。現地で生活していた時をリアルに思い出させてくれました」

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