「それでもアーカイブが機能してた国」グンダーマン 優しき裏切り者の歌 talismanさんの映画レビュー(感想・評価)
それでもアーカイブが機能してた国
トニ・エルドマン、希望の灯り、ある画家の数奇な運命、ウンディーネ、ハイゼ家と、旧東ドイツ出身の俳優が出る旧東ドイツ関連のいい映画が続いている。
この映画の主役のアレクサンダー・シェアーも東ベルリン出身でグンダーマンを演じている。シンガーソングライターとしても非公式シュタージ協力者としてもグンダーマンのことは私は全く知らなかった。でもこの映画を見て、東ドイツの人の優しさと静けさ、毎日を大事にする真面目さと温かさを感じた。映画の冒頭、車が走るシーンですぐに東ドイツだと思った。標識の文字のフォントのせいもあるけれど、何より道路の舗装が継ぎ接ぎだらけだったから。
グンダーマンは石炭採掘場の安全を求めて視察に来たお偉いさんを批判する。例えば同僚みんなが感じたこととして、皆トラビなのになんであんたは西(ドイツ)の車に乗っているんだ?と。具体的な仕事をして労働者であることを続けていても、太陽があるのになんでわざわざ石炭を掘るんだろうねと言うグンダーマンの言葉は本質だなと思った。
シュタージの活動に取り込まれた人は非公式ふくめて膨大な数なんだと思う。映画でのような形で言いくるめられるというか提案されたらなかなか断れないと思った。より良い国のために、と思ったろう。そしてその自分も監視対象となるのだとは夢にも思わなかっただろう。クリスタ・ヴォルフ、ハイナー・ミュラー、そして逆versionだけどビアマンの名前も挙がってた。うーん、生々しい。
自分が監視されていた「被害者」としての文書をグンダーマンは見ることができなかったのはなぜなんだろう。逆に「加害者」としての分厚い資料は読めたのに。そういった不完全だったり公平でない部分があるにせよ、自分や家族が関連するシュタージ資料は黒塗りなしで「読める」のはすごいと思った。一方で、公文書を短期間で平気でガンガン破棄する国、大事な情報を真っ黒にして隠す資料しか提出しない国、つまり今私が住んでいる国も相当にすごい。
グンダーマンが歌う歌詞はとても良かった。コニーとの関係も、バンド仲間との関係も良かった。そして自らの口から客席にいる観客に自分がシュタージ協力者だったことを告げたのには胸が痛んだけれど、誰一人会場から立ち去らなかったし、彼に生卵を投げつける者も居なかった。批判精神と国を愛することは共存しなければならないことだ。何でも国のせいにするのでなく、自分を許せないというグンダーマンの気持ちに私は心動かされた。すぐまずは「謝る」ことを求める世間よりも、とりあえず頭を下げて「謝る」人達よりも、ずっと信頼できる。こういう人となら寄り添って話してみたいと思った。
見てよかった。