「誰かの・・・ではなく"私"」82年生まれ、キム・ジヨン M hobbyさんの映画レビュー(感想・評価)
誰かの・・・ではなく"私"
83年生まれの女性です。
やっと住んでる地域にきてくれたー。
原作は読んではないけれど、コン・ユ作品に間違いはないと、楽しみに楽しみにしていました。
本作のレビューを読みましたが、多くの方が共感しただとか、男性として反省すべき点があるとか、そういった類の感想が多いように思いました。
レビューを書いた人に限りとは言え、世の中にはそんな感想を持つ方々が多いのかと正直、ビックリ。
私自身が主人公のジヨン(チョン・ユミ)の年齢や子育てしているという設定が同じな為、鑑賞しやすかったように思う反面、自分と比較しながらの鑑賞となりました。
そもそも、ジヨンはキャリアウーマンで、なんなら子供を産んでもグループ長のように仕事を続けるつもりでいたようだけれど、どうして辞めたのか?
子供を身篭る前に、子供を産むと人生が変わるとあきらかにネガティブに見えました。
子供を産めば確かに女性は変わります。
体型が変わる、生活リズムが変わる、優勢順位が変わる、ご飯の食べるスピードが変わる、お風呂の入り方が変わる、口調が変わる、選ぶものが変わる、着る服が変わる、まだまだたくさんの変化があります。
それはでも、決してどの母にも当てはまることではなく、人による、家族によるなんですよね。
産後うつは、どのお母さんにでも軽かれ重かれあるのでは?と思わずにはいられないように感じます。睡眠時間は削られ、慣れない子供との生活をすんなり受け入れて、スムーズに穏やかに子育てできなかった私からすれば、もはや最初の子の子育てはしっちゃかめっちゃか。修行、修行、これは人生の修行!と思わざるを得ない毎日でした。
その中で一番感じたことは、私は何が辛いのかを考えたとき、私が私のことを一番に出来ないことが辛かったのです。誰かの母であること、誰かの妻であること。それを優先しすぎて、私であることが後回しになっていたからです。
映画とは関係ない話になりましたが、ジヨンに対して思うことは、彼女は彼女らしく自分の思うように生きていないことが生きづらくさせていたように思いました。
誰かの母、誰かの妻、誰かの、、、誰かの
その事ばかりを優先していると自分を見失ってしまうように思います。
ジヨンの場合、実父が男尊女卑であったり、義母が古い考え方の人だったりしますが、それ以上に、夫は優しくて子育てにも普通に協力的だし、実姉はフェミニストのように真っ当な女性の人権を称えるステキな人だし、実母にいたっては常に味方。会社にはキャリアウーマンの上司や先輩。これだけの環境なのに、やはり、本人自身が自分はどうしたいのかをもっと考えるべきところで考えずに、世の中に習わしに流されてしまっているように感じました。
コン・ユは本作の話をもらってから原作を読み、自分の母親に電話して涙したという話を読みましたが、やはり彼の母親もジユンのような女性だったのかなー。それでも、その母親が育てた息子は、女性蔑視をしないまともな、いやそれ以上に素晴らしい男に育っているところをみると子育て大成功だと思いました。
ジヨンの夫のデヒョン(コン・ユ)は、妻の変わっていく姿に不安と心配で苦しんでいたし、自分のせいではないかと責めていました。この気持ちは私も感じたことがあるので(元彼や夫へ)すごく共感できました。
日本では、男性の給料、雇用形態をみると昔より明らかに悪いし、(お父さん1人が働いて稼ぐ金額が昔より低いって意味です)そもそも、子育てするより働きたいってマジで思うお母さんばかりではないのに、女性の社会進出を煽るフレーズばかりで嫌気がさします。それこそジヨンのように、専業主婦してることが後ろめたく感じてしまうのではないでしょうか。
世の中の考えや価値観よりも、自分のことをもっともっと考えて、自分なりのポリシーがあれば、人は輝きます。自信を持って胸を張って暮らしていけるのではないかな。周りに批判されようが、周りから嫌味を言われようが、そんな人は堂々としていられるはずだと私は思っています、、、