「相反する時間の中でのスパイアクション」TENET テネット コレッキャ・ナイデスさんの映画レビュー(感想・評価)
相反する時間の中でのスパイアクション
未来から送られてきた「時間を逆行させる装置」を使い、世界の滅亡を企む組織と戦うスパイアクション。
本作は、リアルタイムで“時間が逆行していく世界”を描いた極めて特異な作品です。
順行と逆行、相反する時間の流れが同時に存在する戦闘という発想自体が前例のないもので、この一点だけでも既に唯一無二の映画だと感じました。
設定があまりにも斬新なため、戦闘描写は非常に複雑です。
順行側の視点では、戦闘が始まる前から壁に銃弾が撃ち込まれており、逆行側が引き金を引くと弾丸は逆再生され、銃口へと戻っていきます。そのため、飛んでくる弾ではなく「戻ってくる弾」を避けなければなりません。
一方、逆行側では戦闘は“終わり”から“始まり”へと進みます。脈絡もなく銃口を突きつけられた状態から戦いが始まり、必死に対応する中で、徐々に状況を把握していく構造になっています。
考えることがあまりに多いため、大まかな流れは理解できても、細部までは把握しきれず、鑑賞後に解説を読んで初めて納得できた場面が多いです。
特に印象的だったのがカーチェイスのシーンです。
主人公と敵ボスが、それぞれ順行と逆行の時間軸から挟み撃ちする形で行動する。
「順行と逆行の主人公 VS. 順行と逆行の敵ボス」という自分自身と協力しながら戦闘するという、作中でも屈指の複雑な場面になっています。
逆走してくる車、時間の流れが違うために会話が成立しない尋問シーンなど、混乱と驚きに満ちた見どころが詰まっていました。
また、バディであるニールの設定が非常に秀逸です。
主人公をサポートするため未来からやって来たニールは、主人公に「未来で自分と出会う」ことを告げ、数分前に死ぬはずだった主人公の身代わりとなるため、時間を逆行していく――このラストが強く印象に残りました。
この出来事を経て主人公はプロジェクトの立案者となり、やがて未来で主人公から話を聞いたニールが、再び過去へ戻ってくるのでしょう。
順行と逆行による挟み撃ちこそがこの戦いの鍵でしたが、最終的に明かされるのは、この壮大な戦争そのものが、主人公とニールによる“時間を超えた挟み撃ち”だったという決着です。その着地が非常に美しく、心に残りました。
物語構成には冗長さを感じる部分もあり、アクションの理解難度も決して低くはありません。
それでも、他に類を見ない時間表現と、バディムービーとしての完成度を兼ね備えた本作は、映画体験として極めて稀有な一作だと思います。
一度では終わらない、何度も噛みしめるタイプのスパイ映画でした。
