劇場公開日 2020年8月28日

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「カタルシスなき告発」オフィシャル・シークレット しゃんしゃんさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0カタルシスなき告発

2020年9月9日
iPhoneアプリから投稿

主演のキーラ・ナイトレイが好きで足を運んだのですが、最後まで観ても、カタルシスを得られるような盛り上がりや啖呵はありませんでした。
緊迫感は常時あるとはいえ、淡々とした映画だと言えると思います。
ですが、映画や創作物をよく味わう方ならご存知の通り、カタルシスは時に危険なもので、観客に大事なものを見誤らせてしまうこともあります。ノンフィクションや、事実を基にした物語では特にそうです。

この映画で、主人公キャサリン・ガンはイラク戦争を防ぐ為に国家秘密法に反して機密情報をリークしますが、結果としてイラク戦争は開戦してしまい、この無為な戦争で多くの人命が失われました。主人公は国相手の裁判にこそ勝つものの、彼女や観客が勝利に酔いしれるような作りにしてはならなかった。誰も勝っていない、それが事実なのです。
もちろん、彼女のしたことに意味がないという意味ではありません。

私は個人やジャーナリズムが、権力の不正を暴くといった物語が好きです。スピルバーグ監督の『ペンタゴン・ペーパーズ』とか大好きです。もし、自分が同じ立場に置かれたら、目を瞑ることはしたくないと思っています。けれど、それは実際、恐ろしく困難なことです。作中、主人公はずっと追い詰められていて、リークが新聞の見出しになってるのを見て吐いたりします。職場では内部調査が入り、名乗り出た後は拘束され、尾行され、弁護士に会っただけで警官に脅されます。移民の夫は国の圧力によって強制送還されかけます。権力を正当化する沢山の理屈が、彼女を追い詰めます。

告発を悩む彼女に夫が言う「俺は生活の為にカフェで働いている。君の仕事だって同じはずだ。求人に応募した時は内容だって知らなかった(だから私心に惑わされて仕事のルールを破っては行けない)」というような台詞があるのですが(ややうろ覚え)、私には大変共感できる台詞です。仕事は仕事であって、時には私心に背くこともしなければなりませんし、それが「社会人としての責任」などと形容されることもしばしばです。

しかし、彼女は告発しました。
仕事のルールと、国の法律を破って、愛する穏やかな生活を危険に晒しながら。

多くの「告発」とは実際、地味なものであり、告発者は息を潜めて暮らすことになります。どこにも盛り上がりや啖呵や論破は、ありません。苦しいばかりかもしれません。

私がもし告発の一歩を踏み出す時さねばならない時、他のいくつかの物語とともに、カタルシスなきこの映画を思い出すでしょう。だからこそ出来る覚悟があるでしょう。その時どれほど恐ろしくても、彼女のように毅然としてありたいものです。

しゃんしゃん