「ネタバレなしでは書けないこの作品の凄さ」ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語 つとみさんの映画レビュー(感想・評価)
ネタバレなしでは書けないこの作品の凄さ
男は背中で語るもの、とはよく聞く言い回しだが、女の背中だって語るに満ちている。
今まさに自分の「戦場」へ続くドアを開けるシアーシャ・ローナンの後ろ姿は、まるで「許されざる者」のイーストウッド。その生き様をこれから見せつけてくれるのだな、と思うと背筋がゾクゾクした。
一見、過去を回想する形で「若草物語」のストーリーを紡いでいるように見えるが、実際はそうではない。
映画のストーリーは2つの軸で構成されている。
1つは「若草物語」のストーリーであり、もう1つはジョーと原作者オルコットが限りなく混ざりあった、女性作家を描くストーリーである。
彼女は成長したジョーであり、オルコット自身であり、その境界線は実に判別つけ難く混ざりあっている。
いや、過去に思えた「若草物語」のストーリーが「オルコット」のストーリーに追いつくところで一気に融合すると言うべきか。
気づいた人はニヤリとするだろうし、気づかなくても全く問題ないのが上手いところだ。
ジョーのイメージカラーは赤。赤い肩掛けや赤いスカーフ、ローリーからもらう郵便箱の鍵も赤いリボンがついている。徹底的に赤推し。
また、赤は気性の激しさを表すと同時に、自分らしさの象徴でもあり、母を演じるローラ・ダーンも襟元に赤をあしらっている事が印象的だ。
伯母様に「貧乏で苦労している」と言われても、それが「自ら選びとった人生である」事がよくわかる。
メグのイメージカラーである緑はちょっと凝っていて、淡いグリーンは若さと美しさを、濃いグリーンは夫婦愛を表現している。
貧乏教師のジョンと結婚したメグが、ママ友(?)サリーへの対抗心に駆られ購入してしまうシルクは淡いグリーン。自分の美しさや若い頃の輝きを投影したこのシルクは、結局のところお互いの絆を再確認する布石となり、夫婦愛を選んだメグによって手放されることになる。
ジョーに負けず劣らず勝ち気で奔放なエイミーが引き受けるイメージカラーは青。青は経済力を表し、エイミーがヨーロッパ社交界で着る「玉の輿狙い打ち」ドレスも濃い青だ。
この青は伯母様を演じるメリル・ストリープがエイミーに諭すように、「家族を養うための経済力」である。(ちなみに伯母様は紫を着ている。赤プラス青!)
自分らしさである絵の道を諦め、お金のために青を着るエイミーは、結局フレッドのプロポーズを断り、慕っていたローリーと結婚することになるが、ローリーも何だかんだでお金持ちなので伯母様もしぶしぶ納得、といったところかな?
最後に、まさに「天使」という形容の相応しいベスが身につけているのはピンク。ピンクは少女を表し、スケートシーンのエイミーもちょっとピンクを身につけている。
汚れなき乙女、純粋さを表すピンクは、メグも一度着ているが、たまたま出会ったローリーに「似合わない」と一蹴されているし、メグ自身も「今だけはデイジー(その時つけられたあだ名。後にメグの娘がデイジーであることが判明。まだ5歳くらいの、紛れもない「少女」だ)を演じるの」と口にしている。
こう見ていくと、ジョーと思わしき作家であるシアーシャ・ローナンが赤を身につけていないシーンの存在に気がつくのだ。
それこそがオルコットの分身とでも言うべき作家のパートで、彼女は青を着ている。
編集者に物語を大幅に削られ、血と暴力に彩られた「刺激的な読み物」を書く。親しくなったフリードリッヒに批評されて激昂するのも、これが「本当に書きたかった」ものではなく、自分自身納得していない文章だからだ。
だが仕方ない。お金のためだ。家族を養うために、書かなきゃならなかったし、受け入れなければならなかった。
そんな自分を慰めてくれるような、甘い言葉を期待したことに気づき、結局「男が男を評価する社会」で、「自分らしさ」など通用しないと諦めてしまっていたことに気づかされたからなのだ。
失意のどん底にいた彼女が奮起するきっかけとなったのは妹・ベスの「私のために書いて」という言葉。
もうこの辺りでベスは四姉妹のベスなのか、オルコットの妹・エリザベスなのか、混ざり逢う物語の境界線がぼかされていく。
右手が痺れたら左手にペンを持ち替え、ベスの生きた証でもある「若草物語」を執筆する姿は、作家・オルコットが自分にしか書けない物語を通して、自分の生き様を貫く姿でもある。
いざ出版という段で「女性が主人公なら結婚させないと」という編集者の要求を飲み、結婚パートを付け足した青い服の彼女が、愛おしそうに抱き締める製本された「若草物語」。その装丁は赤く、美しい。
2つのパートを、時間を前後させながら何度も飛翔することで、ドラマ性を維持しながら主要なシーンを凝縮し、1860年代を舞台にした物語を、瓦解させることなく現代に通用する作品に仕上げた妙技は、本当に素晴らしいの一言に尽きる。
それを支えた豪華な名女優陣の演技も最高だ。