「観て損のない佳作」一度も撃ってません 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
観て損のない佳作
贅沢な役者陣を惜しげもなく各シーンに鏤めて、それぞれが大真面目に馬鹿を演じる。邦画のコメディはこうでなくてはいけない。どのシーンをとってもドラマがあり、登場人物の思惑や見栄や恐怖や、ときには優しさが見える。
主人公の作家市川進のハードボイルド趣味に合わせて、銃器の店があったり、その店の閉店の挨拶が「The long good by」(多分レイモンド・チャンドラー著「長いお別れ」より?)だったりする。わかる人だけわかればいいという粋な演出である。
石橋蓮司の存在感がいい。重々しくなく、軽すぎず、女子高生からカワイイ!と言われそうなおじさんである。役としては74歳、石橋自身は78歳だが、まだ微妙に現役感がある。バランスが取れていそうでいないところに人間としての位置エネルギーがあるのだ。それがそのまま物語を牽引する力となっている。
同じようなことが他の登場人物についても言えるので、本作品は不完全な人間たちの群像劇として見事に成立している。佐藤浩市親子の直接のやり取りや柄本明親子の共演など、ほんの僅かなシーンもやたらにケッサクで、観ていて兎に角飽きない。
ノリが完全に昭和だから、中には受け入れがたい人もいるかもしれないが、通信が発達したこの時代にあっても、技術が進んだだけで人間の本質に変わりはない。小賢しくて悪辣で剽軽で人情に厚いという複雑怪奇で面白い人間は確かにいる。そういう人々の情けない喜劇だと思えば腹も立たないだろう。観て損のない佳作である。
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