「傑作、ただし日本ではその限りではありません。」WAVES ウェイブス デッカー丼さんの映画レビュー(感想・評価)
傑作、ただし日本ではその限りではありません。
日本人には残念ながらあまり馴染みがない、分からない要素が盛り込まれているので、RottenTomatoの審査員&オーディエンス評が80%越えと高得点なのに対し、日本の評価が3〜3.5という差が出てます。
本作はストーリーに関しては割と王道で、語られ尽くされてきた、家族のしがらみや恋人とのすれ違い、キャリアの挫折、思春期の葛藤を描いてます。ただこれまでと全く大きく違うのはそれが最高の楽曲を通して伝えられる事、また美しい色彩で脳に直接訴えかけてくるところにあります。カメラワークや効果的な対比表現を使った演出も秀逸で、若手監督と設立まだ10年足らずのA24だからこそできる、実験的な要素が盛り沢山でした。
■プレイリストムービーと言われる所以
20代から30代で全米ヒットチャートを耳にしてきた人なら誰しもが舌鼓を打たずにはいられないタイラーザクリエイターやエイサップロッキー、実験的な音楽とクリスチャンのエッセンスを盛り込むチャンスザラッパーやR&Bの未来フランクオーシャン、ヒップホップのキングとも言われるケンドリックラマー、そしてかつてクイーンオブブルースとも言われたダイナワシントンなど新旧の天才達が約2時間の映画で耳を満たしてくれます。
音楽を好んで聴く人なら分かるであろう、自分のシチュエーションと音楽が完全にマッチする心地よさ、この映画はそれを2時間味わえます。
例えば冒頭で使われるアニマルコレクティブのフロリダダという曲。橋についてのリリック部分が使われ、主人公タイラー達はとても幸せそうに360度回転するカメラワークと共に橋の車を走らせています。まるでこれから起きる波乱への橋をもう渡り始めてしまったと汲み取れます。なので彼らはきちんと前も見ずに、危なっかしくも自由で若い、エネルギーに溢れた運転をしています。
また恋人とのすれ違いが起きる部分では、タイラーザクリエイターのIFHY、歌詞は"お前を嫌いだが愛してる、俺は愛を続けるのが得意ではない、お前は完璧でいるのが得意、俺たちはトラブルを起こすのが得意"というリリックが重なります。誰しもが共感できるんじゃないでしょうか。
ダイナーのシーンではダイナワシントンのワッタディファレンスデイメイク。1日でこんなに違うなんて、たった24時間過ぎただけなのにと、この映画の要素を代弁しています。(それも映画では2回ダイナーで流れ、それぞれが別の捉え方ができます)
タイラーの恋人がダンスパーティで消え去るシーンでは、エイミーワインハウスのlove is losing game。恋は負け戦であるという歌詞ですが、それよりもここで語られるべきはエイミーワインハウスはオーバードーズで若くして亡くなっています。まるでアレキサスの未来を物語るように使われます。
タイラーがキャリアも恋愛関係も歯車の調子が悪くなり、ドラッグと酒で友人とヤケを起こしますが、その際に使われるのはケンドリックラマーの名曲バックシートフリースタイル。ラマーが気持ちが大きくなって無茶をした16歳の自分自身を歌った曲ですが、まさにタイラーのそれを体現しています。
このほかの楽曲全てが、作中の状況とリンクしており、読み解くにはその曲の意味を汲み取り、アーティストの背景を知る必要があります。ただ日本では残念ながらその英語力を養えていないし、アーティストのトピックスも日常には入ってこないためこの映画を100%楽しめないという結果に。
■対となるメタファー
第一幕のタイラー編ではハッキリと対照的なものの見方で描かれます。そしてその対となるものは赤と青という2つの反対色で表されます。例えば興奮、怒り、高まりなど起伏の激しい時は"赤"を象徴的に使っています。カーテンの色、中絶をさせに行く際のタイラーの服、ダンスパーティーでのアレクサスのドレス、ドラッグをキメた時も赤い炎が燃えさかります。
一方で気持ちが穏やか、無感情、サイレンスなシーンでは基本的には青で統一されています。部屋の色、家族団欒でのシーンでの服の色、海など。エイミー編での学校は無関心や放心を表すかのように殆どが青です。これは美術担当がネオンデーモンやスプリングブレイカーズを手掛けたエリオットホステッターによるものということもあるでしょう。オンリーゴッドフォーギブスでレフン監督がしたように、ハッキリとした上下関係や対立を表すのに効果的な演出だったと思います。
第二幕のエミリー編ではその境目がだんだんと曖昧になります。父の懺悔、親子という切っても切れない関係を受け入れること、男は強くあるべきという前時代的な思考の棄去、肌の色、宗教、性別全てを排除したものの考え方になっていく、いわばキリスト教的な隣人愛(分け隔てなく愛すこと)へと変異していきます。そのためこれまで赤と青で隔てられたカラーは徐々に希望の黄色を帯び、やがて虹色になっていきます。ちょうどそれはスプリンクラーの虹や、車にぶら下がるエアフレッシュナーで表現されます。
■実験的要素
新進気鋭の配給と監督ということもあり、積極的に新しい試みが盛り込まれていました。360度回転するカメラワーク(あれはどうやってるんでしょうね)や、同じ曲を映画内で二回使ったり、腕立て伏せにパンしたり(まるでシャイニング!)、テキストチャットの効果的な使い方。そして何よりも良かったのはアスペクト比の変化。It comes at nightでも使われていましたが(監督が同じ)、トータルで4回アスペクト比が変わります。これらは登場人物の心情を観客にリンクさせるために非常に効果的だったといえます。mommyの1:1が1:2になったシーンを思い出した方も多いのではないでしょうか。
■総評
上記にて説明したようにエドワードシュルツ監督の体験とプレイリストをベースに我々が見るというよりも体験できるような今作wavesは聞いたことあるようなストーリーでも、より豊かに、鮮やかに描かれていた事がわかります。唯一悔やまれるとすれば、冒頭で述べようにそこまで日本ではヒットしていないために大きなスクリーンや極上の音響環境で本作を見れない事が残念で堪りません。