「ロジックは最高 後は心情の変化の説得力と脈絡のないトラブルさえなければ」ジョゼと虎と魚たち(2020・アニメ版) みりぽんさんの映画レビュー(感想・評価)
ロジックは最高 後は心情の変化の説得力と脈絡のないトラブルさえなければ
昨年冬の公開も外出を自粛していたせいで見に行けず、歯がゆい思いをしていたが新宿でロングラン上映のおかげで見逃さずに済んだ。ありがとう新宿ピカデリー。SMTメンバーズのポイントも失効せずに済んだ。
久々にいいアニメ映画を見れたというのが率直な感想。見終わった後はしばらく放心状態で街を彷徨い、しばらく日常を忘れてしまった。
特に予備知識がなく見てしまったが、一度実写映画化された作品とのこと。やはりしっかりとした原作があると安心できる。
冒頭ではスキューバダイビングや海洋生物、バイトにカップラーメンと言った大学に通う主人公の日常風景が丁寧に描かれており、作画のクオリティの高さ、人物描写の細かさを楽しむことが出来る。その反面、ちょっとヒロインとの出会いが突飛というか、明らかに事件性が高い事案で少し物騒…また舞台は大阪南部のようだが、日常的に障害者の人を蔑むような人ばかりでさすがに大阪はそこまで民度は低くないと思った。フィクションと言えばそれまでだが…そういう脚本なので仕方ないのだが少し強引さを感じた。
そのせいか前半1時間はちょっとモヤモヤしてしまって、つまらない映画を引いてしまったと後悔してしまい退屈に感じてしまった。もし2度目を見る機会があればもう少し違った印象になるのかもしれない。
そういえばタイトルの魚については理解できたのだが、虎は一体どこに。まさか大阪だから「虎」なのだろうか。腑に落ちない1時間であった。
急に面白くなるのは後半から。
今まで周りから手を差し伸べられても強気だったジョゼだが、図書館でとある大きな挫折を味わうこととなる。それとは対象的に夢にどんどん向かっていく恒夫。次第にジョゼの中には置いていかれる焦燥感が募る。そのイライラが恒夫に対して素直になれない悪循環を産む。このあたりの葛藤から、結末への展開が目を瞠る。
そしてここでやっと「虎」が登場。「虎」と対峙した二人が必死に立ち向かって行くシーン、そこでこの物語のロジックが一気に解けて「ああ、こういうことか!」と深く感銘に至る。
「人魚」とは「光の海」とは。散りばめられたワードにはそれぞれ意味があり、それが物語に秘められたメッセージであった。
惜しむらくは、先述したように前半が少し退屈であることの他、心情の変化がやや強引であること。その説得力に欠けることだろう。メインキャストの恒夫にしてもジョゼにしても、最後の結末に至るまでの筋道が分からない。
言葉を選ばずにきついことを言うと「エロ漫画の導入を見ている感じ」という印象である。本番ありきで前半は適当に舞台と人物を紹介しておけば視聴者は納得してくれるだろう、という少し乱暴な作りであり現実味に乏しい。特にジョゼはその性格ゆえに、他人に心を簡単に開くような人間とは思えない。もっと印象に残るようなエピソードがないとそうは至らないはずだ。
負けヒロインの女の子もいきなり自己主張が強くなってしまい少しついていけない。退場する人物も唐突。ツギハギ感がある。
またアニメ特有の美麗な表現とは裏腹に、綺麗過ぎることで招く不自然さというのも看過できない。砂浜で寝そべったら服に砂がついて汚れてしまうだろうし髪も乱れるだろう。しかしアニメではそういったことは無かったことにされてしまう。
そして「虎」に襲われる二人ももう少し感情を大きく表現してもよかったはずだ。「虎」に襲われてしまった恒夫に対してジョゼはただ見ているだけなのか、いやもっと感情を顕にして瞳孔を見開き焦点も定まらず「どうして私はこんなこんな目に合わないといけないのか」と怒りと悲しみ、焦りや絶望といった様々な感情に狂う姿を表現してもよかったと思う。「恒夫が、恒夫が…!」と必死に恒夫を思う描写があれば、結末に至るまでの経緯に説得力が出たと思うし、ジョゼという人物にもっと好感が持てたと思う。
作画のレベルの高さ故の落とし穴なのか、作品が綺麗にまとまり過ぎてしまい「汚れ」の部分が削ぎ落とされてしまったのが勿体ないと思う。
最後の天丼はこれでもかというくらいかなり強引。特大の海老が盛ってある天丼。でも天丼は美味しいので嫌いではない。
締め方もエンドロールでその後の日常を簡単に説明する程度で完結にまとめてあり、とてもきちんと物語を完結させている。蛇足がなく重要なシーンにきちんと時間配分がされていた。
これだけの完成度の高い作品と出会えたことはとても大きな経験であったし、地上波でも放送されるなどぜひ一人でも多くの人に観て欲しい作品だなと思った。
そして次回作はこれを上回る作品が世に出ることを期待したい。