「これは現代の人魚姫の物語」ジョゼと虎と魚たち(2020・アニメ版) ヤスリンさんの映画レビュー(感想・評価)
これは現代の人魚姫の物語
1週間前に前情報無しに劇場で鑑賞して、非常に感動したので原作を購入して読み、再び観た上での感想です。
原作は田辺聖子の同名小説。これに大幅に味付けして、より恋愛味の多いストーリーに仕上げたのがこの作品。原作との大きな違いは、恒夫がダイビングをやっていて、いつかメキシコに留学してとある魚の群れを見るという夢を抱いていること。そしてジョゼことクミ子が趣味で魚の絵を描いていて、海の魚で二人の興味が繋がっていること。これによって原作のタイトルの「魚たち」がより大きな意味を持つようになっています。
まず感動するのが映像の美しさ!舞台は大阪なのですが、大阪の街並みが非常に精密に描かれています。私はかつて関西地方で生活したことがあり、現在も年に5-6回大阪にいく人間なので、慣れ親しんだ大阪の町が美しく描かれていて、嬉しくなってしまったというか。特に恒夫のバイト先のダイビングショップの場所は南海難波駅南のガード下、天ぷら大吉のある場所で、「俺のよく通ってる店のあるとこやん!」と、心の中でにやりとしてしまいました。
次にキャラクターの描き方が良いですね。冒頭でジョゼは恒夫は命の恩人なのにもかかわらず、変態!と悪態をつき、さらには身の回りの世話をするバイトを始めた恒夫に対し、理不尽な要求ばかり突きつけます。あまりのことに酒を飲んでくだを巻く恒夫。そんな最初は憎たらしかったジョゼが、話が進むにつれだんだんと可愛くなり、最後はその全てが愛おしく感じるほどに変わるのです。このツンデレの演出のバランスが素晴らしい!もう、見ていてキュンキュンしてしまいました。
また、ダイビングショップの仲間の二人も良いですね。二人ともこの作品のオリジナルキャラなのですが、隼人はダイビングの際のバディとして、日常でも陰日向に恒夫をサポートしてくれます。また、後輩の舞はジョゼの恋敵としてより恋愛ストーリーに深みを持たせてくれています。
ストーリーはネタバレになるのであまり多くは語れませんが、序盤の出会いから二人の関係の展開、そしてとある出来事からのジョゼの生活の変化、そして大きな事件による恒夫の挫折、そこからの立ち直り等々、シノプシスの構築が非常に良く出来ていて、流れるように話が展開していてGOOD。中だるみすることもなく最後まで存分に楽しめます。私は途中からもう泣きっぱなしで、ハンカチで涙を拭くのを諦めました。
この作品はまさに現代の人魚姫の物語なのです。生まれついての足の障害を持ったために社会に出ることが出来なかったジョゼ。それは地上に憧れ続けた童話の人魚姫と同じです。そしてそれを外に連れ出したのが王子様役の恒夫、彼との出会いがジョゼを変え、やがて一人で生きる勇気を与えて、最後は逆に挫折した恒夫を助ける力となるのです。実際作中で人魚姫の物語が様々に関わってきますが、実にこれが効果的でした。
さて、ここまで恋愛ドラマとして感想を述べてきましたが、この作品にはもう一つの軸があります。それは障害者から見た社会の理不尽さです。生まれつき下肢が動かないジョゼは、これまで社会から数多くのストレスを感じてきました。彼女のひねくれた物言いも、そうした体験から出ています。それをそれとなく観客に伝えるために、カメラ目線が時々グッと低くなるときがあります。それはジョゼの目線。健常者から見たらなんとも思わない風景が、車椅子に座る者から見たら絶望的な壁に感じる様を伝えています。こうした部分も含め、この作品を作るに当たって、監督のタムラコータロー氏は車椅子関係者に詳細に取材して丁寧に作品に反映させています。
この障害者に関する部分に関して、他のレビューを見るとまだまだ甘いとか、お花畑過ぎるみたいな感想もままありますが、私はそこまでとは思いません。もちろん現実の障害者の苦悩はもっともっと大きいのでしょうが、それをあまりに前面に押し出してしまうと、恋愛ものの範疇を超えてしまいます。かつて手塚治虫が「漫画の書き方」でこう言っています。「テーマはさりげなく、シノプシスは丁寧に」と。
映画やアニメ・漫画はあくまでもエンターテイメントです。まず観客を楽しませることが第一、テーマが前に出すぎたらその娯楽性をスポイルしてしまいます。だからテーマはさりげなく後ろに潜ませ、その分筋書き(シノプシス)を丁寧に描いてテーマを観客の心に刻むようにしなければなりません。その点から考えると、この作品は障害者の辛さをジョゼの目からそれとなく感じさせていて、絶妙なバランスになっていると思いました。
これはややネタバレになりますが、この作品の最後はハッピーエンドです。今のコロナ禍の混迷の世に、こうした終わり方は逆に救われます。現実の世の中が辛いのだから、映画の中くらいハッピーにしてもいいじゃないか。私個人はこの終わり方がベストだと思いました。
この1年の映画の中で、個人的に一番お気に入りの作品になりました。BDが出たら必ず買おうと思います。あと、コロナ禍が収束したら舞台になった大阪の聖地巡りもしたいと思います。制作に関わった方々、素晴らしい作品を送り出してくれてありがとうございます!