「どうか私と…」幸せへのまわり道 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
どうか私と…
フレッド・ロジャース。
日本ではあまり馴染み無いかもしれないが、アメリカでは知らぬ者は居ないと言う“TVの顔”。子供向け長寿番組の名司会者。
お決まりのフレーズがあって、長寿番組と言うと、日本では“お昼の顔”だったアノ番組とアノ人を思い浮かべる。
TV番組への多大な貢献。日本で言うと、今尚続くアノ番組とアノ人を思い浮かべる。
でも、これらの番組や人は笑いに走ったり、ちと毒気があったり。
決定的に違うのは、フレッドは誰からも愛される。
真摯、実直、誠実、温かい笑顔、ソフトな語り口…。
誰もが彼に魅了される。かく言う自分もそう。
名言も多い。
「私はTVのカメラを通して、子供一人に語りかけている」
「私は今この電話で、君(ロイド)と話している」
「子供だった自分を忘れてしまう事」
「自分の体験を思い出し、子供の身になって考える事」
どんなに番組の収録が遅れても、マイペース。スタッフはちょっと困るが、文句は言わない。仕事はきっちりこなす。
人は言う。彼は聖人、と。
電車に乗れば、皆でお馴染みの歌を歌う。とある食堂で、普段行っている精神トレーニングを実践しようとしたら、皆もする。
しかし彼は、聖人視されるのは嫌う。彼だって普通の人。悩みだってある。
最近まで、息子たちが“フレッド・ロジャースの子供”である事を隠していたという。でも今はそれを乗り越え、誇りにしているという。
常に絶やさぬ笑顔の秘訣。これも訓練の賜物。
多くの人が彼に魅了されるのは、彼の言葉に耳を傾けるのは、彼が普通の人だから。
当たり前の事を、優しく、温かく、言って欲しい。
全てがあって、“フレッド・ロジャース”。
そんなフレッドを演じるのは、トム・ハンクス。
TVのアメリカの良心と映画のアメリカの良心の奇跡のコラボ。
これまで『フォレスト・ガンプ』やウォルト・ディズニーを演じてきたトムだが、これまたハマり役。
温かみだけじゃなく、人間味、内面、哀愁も滲ませ、さすが。
話は…
フレッドの取材をする事になった雑誌記者のロイド。
会ってすぐ、フレッドはロイドが心に何かを抱え込んでいる事に気付く。
ロイドは実の父と絶縁状態。この取材の直前、姉の結婚式で久々に再会するも、大喧嘩してしまい…。
ロイドはどちらかと言うと屈折した性格。記事にも表れている。
彼にも産まれたばかりの子供がいるが、ついつい父への苛立ちを、妻やフレッドにぶつけてしまう。
支える妻、穏やかに親身になって話かけるフレッド。
ロイドの父への感情は憎しみに等しいものがある。
その確執の理由は、よくあるもの。父が家庭を棄て、母は病気になって死に、残された自分たちは…。
許せる訳がない。
が、父は自分勝手と思われようともロイドの元へ。ある訳もあって。
もうこの時しか和解の機会はないのだ。
ただのフレッド・ロジャースの伝記作品に非ず。
彼との出会いや対話を通じて、一人の大人が自分自身と人生や家族との関係を見つめ直す。
こちらもしっかり描かれていて、好感。
フレッド・ロジャースの番組の決まり文句は、
どうか私とご近所さんになって下さい。
大人にはこう聞こえるだろう。
どうか私と友達になって下さい。
どうか私とまた、家族になって下さい…。