「メディアと国家が一市民を追い込む恐怖。サム・ロックウェルに惚れた!」リチャード・ジュエル 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
メディアと国家が一市民を追い込む恐怖。サム・ロックウェルに惚れた!
この映画を見てリチャード・ジュエルの英雄ぶりに驚嘆するではない。彼は不完全なごく普通の一市民だ。この映画を見て思うのは、メディアのペンの怖さと、国や政府(この映画の場合はFBIという大組織)の前に市民は無力であるという絶望。この映画においてリチャード・ジュエルはその闘いに勝利したものの、世の中には国家とメディアによって潰され敗北した市民が多数いるのも事実だろう。
オリヴィア・ワイルド演じる女性記者が打ち出した「FBIがリチャードが容疑者である可能性について捜査している」という第一報は決して間違いではない。この記事はリチャードを犯人と断定する見出しではないし、実際に捜査していたのは事実だからだ。けれどそこからメディアは「英雄が実は犯人」というトピックを面白がり、報道を過熱させ、彼の人物像にステレオタイプなラベリングをし、それが人々には恰も彼が容疑者であるかのように広まっていく。それを一市民であるリチャード本人の力ではどうすることもできないという怖さ。そしてこういうことが現実に起こりうるということが悲しいかな理解できてしまう怖さ。それをクリント・イーストウッドがFBIの怠慢も含めて冷静かつ理路整然と語っていく。
リチャード・ジュエルはこの件に置いて英雄でありもちろん被害者であるが、だからと言って聖人君子ではない。彼の過剰な正義感はやや常軌を逸した面が見え隠れするし、その言動には行き過ぎた部分も目に付く。同時に彼は警察に憧れを抱いておりその職務に強い敬意を払ってもいる。そのことが物語を多面的かつアイロニックにし、深みを与えていたと思う。
ただこの映画の一番の見所はサム・ロックウェルだと言いたい。オスカーを受賞してから好調の続く彼は、もうここ数年出る映画出る映画全部面白く、その中において彼の演技がとりわけ輝く。今回も弁護士役としてリチャードに寄り添う姿がクールでかっこよく決まっていたし、逞しい柱のように作品を力強く支えていて(まさしく名助演)これまでも好きな俳優さんではあったけれど更に一気に惚れてしまった。
惜しむらくは、第一報を報じた女性記者およびジョン・ハム演じるFBI捜査官の立ち回りだろうか。いずれも「メディアの悪」と「国家の悪」を象徴するだけの役割しか与えられていないかのようで、この二人に関してはまるで記号化されたような奥行きのないひどく一面的な描写に転じてしまうのはかなり気になる点だった。
こと女性記者に関しては、終盤においてリチャードは犯人ではないと確信を得るその展開が極めて見え透いたものであると同時に、その様子が実に肩透かしな描かれ方で全くドラマティックでない。てっきり「彼女のペンがリチャードを窮地に追い込み、しかし彼女のペンがリチャードを救出する」とでもいうような流れに行くかとワクワクしたが、実話ベースである以上そんなでっち上げは不可能だったか。彼女の存在はもっと大きなカギになるかと思いきや思わせぶりで完結したような印象だった。