「過去と向き合いたいだけなのに」ファーストラヴ 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
過去と向き合いたいだけなのに
美女にはサスペンスが似合う…と映画の世界ではよく言われるが、それを地で行くかのように、ここ最近主演作がサスペンス/ミステリー続く北川景子。
落としたスマホや死の医師の遺産は正直ビミョーだったが、本作はなかなか良かった。
ハラハラドキドキスリリング、王道のTHEサスペンス・ミステリー!…を期待したら、ちと肩透かしかも。
愛憎、心の闇、切ないヒューマン・ドラマにこそ胸響いた。
名高い画家の聖山那雄人が都内某所で包丁で刺されて殺された。
容疑者として逮捕されたのは、娘で女子大生の環菜。「動機はそちらで見つけて下さい」という彼女の発言が世間に波紋を投げ掛ける。
公認心理師の由紀は、彼女に興味を持ち、何度も面会。
夫・我聞の弟で弁護士の迦葉と共に、事件の真相に迫るも、環菜の二転三転する供述に翻弄される中…。
サスペンス・ミステリーとしての入り方は充分。非常に惹き付けられる。
作品のポイントは、3つ。
由紀と迦葉は義理の姉弟。が、何処かよそよそしい2人。実は…。2人の過去。
環菜の心理にのめり込む由紀。彼女に自分の過去を重ねる。由紀の秘められた過去…。
そして、何故環菜は父親を殺害したのか…?
単なるサイコパスか、それとも…?
閉ざした心の奥底には、何があるのか…?
大学時代出会い、恋に落ちた由紀と迦葉。
由紀にとっては“初恋”、ナンパばかりしてた迦葉にとっても本気の恋。
サスペンス・ミステリーに脱線ラブストーリー…??
由紀を巡る人間関係などの前置きになっている。それから、もう一つ。
初めて体を重ねる合わせる夜。
突然払いのける由紀。
いいムードが最悪のムードに…。
由紀には、性に対してトラウマが…。
子供の頃、父のヘンなものを目にする。
車の中から、外国人女の子の大量の写真が…。
気持ちの悪い記憶を、その時は記憶の片隅に追いやる。
成人の日、母から告げられた父の衝撃の秘密…。
父は海外出張の際、現地の女の子を買春していたのだ…。
しかも、母はそれを容認。
訳が分からない。何故、母は…?
いや、そもそも何故父はそんな事を…?
あの時の気持ちの悪い記憶…いや、あの時から抱いていた父への恐ろしさが一気に蘇ってきた。
性や父に対して抱く気持ちが、何処か環菜と通ずる所がある…。
が、環菜のそれはさらに闇深いものであった…。
人の心の内面に踏み込むキャストたち。
演技力を問われる北川景子だが、事件の真相もとより環菜の心の解放に奔走、自身の封印した過去にも向き合い、複雑な感情、珍しい大胆なラブシーンなど、熱演。
中村倫也も有能でクールでいけ好かないイケメン弁護士が合っている。エリート俺様風でありながら、何処か孤独を滲ませ…。
環菜の両親役の木村佳乃と板尾創路も出番はそんなに多くないが、印象残す。確かにこんな両親は…。(あくまで役の設定上です!)
特に好演と圧巻の存在感を披露したのは、次の2人。
窪塚洋介。
由紀の夫、我聞役。
窪塚と言うとどうしてもエキセントリックなイメージだが、それがガラッと変わるくらいの“好演”。
これまでだったら嫁と弟が一緒に行動(しかも昔付き合っていた)していたら、それこそぶん殴るぐらいだったのに、全てを包み込むような優しさ。妻に対しても、弟に対しても。
あの病室のシーンなど目頭熱くなった。
ひょっとしたら少なからず嫉妬もあるのかもしれない。しかし、それがまた説得力やリアルな感情を感じる。
“家族”への愛情を感じる。
暖かい窪塚クン、良かった!
そして、言わば本作の主役。
圧巻の演技と存在感を見せたのが…
芳根京子。
サイコパスなのか、精神不安定なのか。
「動機はそちらで見つけて下さい」「本気見せてよ!」…挑発的な言葉。
由紀と迦葉の過去の関係をすぐ察知したり、迦葉の日ごとに変わる高級腕時計を皮肉ったり、突然椅子の上に乗って暴れたり…。
かと思えば、急に大人しくなったり、涙を浮かべたり…。
環菜の心の闇を、体現。
本当に圧倒される。
劇中で迦葉が環菜の事を“クセ者”と言っていたが、芳根京子こそただ者ではない。
堤幸彦がまたまたまたじっくりタイプのサスペンス/ミステリーを演出。
本作は長回しを多用したとの事で、よりその醍醐味を堪能。
個人的に印象的だったのは…
時折の刑務所で由紀と環菜の面会シーン。必ずと言っていいほどガラス越しに2人の顔が重なる。2人の過去の境遇が似ている…そんな事を感じさせた。
少しずつ環菜の心に触れ、紐解かれていく。
まず、事件の真相。
これは至って単純であった。
環菜が父を呼び出し、揉み合ってる内に過って包丁が突き刺さってしまった。
問題は、そこに至るまでの経緯。環の事件当時の足取りではなく、幼少時まで遡る…。
父はまだ幼い環菜をモデルとして、弟子に描かせていた。
その“デッサン会”には、環菜の他に全裸の男がモデルとして2人、実習生は男性のみ。
限られた空間内に、裸の男と、画を描く為に凄まじい目で見てくる男たち…。
その時父は環菜に、「動くな!」とだけ…。
デッサン会が終わると、親睦会。アルコールが入った男たちは、環菜の体をベタベタ触ってくる。
両親に助けて欲しかった。
が、その両親が何もしてくれなかった。
また、環菜と父は本当の親子でも無かった…。
デッサン会が嫌になり、逃げ出した環菜。その時出会ったのが、コンビニのバイトの青年、ゆうじくん。
環菜にとって、ゆうじくんが“初恋”。
以来、ゆうじくんのアパートが環菜の避難所になる。
ゆうじくんは好青年だが、大学生と美少女小学生、何事も無かった…訳ではない。
そこまで深くは関係を持たなかったが、環菜はこの時の事を“初恋”と美化しただけ。
人は時に辛い記憶を消そうとする。ありもしない記憶を本物の記憶にして、すり替えようとする。
由紀は前者、環菜は後者。
やがて父が居所を突き止め連れ帰る。環菜にとって“初恋”は激しいトラウマに。
物語からフェードアウトしたと思ったゆうじくんも終盤の裁判で、意を決して。
あの時助けて上げられなかった罪の意識。
この言葉が、本当に響いた。
本作に登場する大人たちで、罪の意識と向き合っている者は果たしているのだろうか。
環菜の心を歪めた両親。
トラウマを与えたデッサン会の連中。
人の成長や人格育成は周りのサポートや幼少時に決まる。
環菜にはそれが無かった。
心の闇に閉じ籠り…。
自分を戒めるように、自分の腕を切る。
多くの威圧的な男たちの視線が注がれる就職もまともに出来ない。
再び、自分を罰するように腕を切る。
その足で、父を呼ぶ。
こんな自分になった父を責めたかったのか、それとも初めて少しでもいいから優しい言葉を掛けて欲しかったのか…。
それが、最悪な形に。
裁判は有罪に。環菜の境遇を配慮しつつも、計画的な殺意が有罪の決め手。
勿論、人一人の命が亡くなったのは痛ましい。
が、誰も彼女の心が無惨に引き裂かれた事に、心が痛まないのか…?
しかし、これまでのように完全な独りじゃない。
心を打ち明けられた相手が初めて出来た。言わば、これも“初恋”かも。
ほろ苦い過去の“初恋”の由紀と迦葉。
それに改めて対した事で見えたもの。今の大事なもの。
由紀は夫との出会いのきっかけになった。これも“初恋”。
我聞と迦葉の兄弟も。実は血の繋がりはない。
迦葉が我聞の話をする時は、ちょっと笑顔を見せる。
幼少時、笑わない子供だった迦葉。
笑わせてくれたのが、我聞。
これもある意味“初恋”…ヘンな意味ではなく、そんな気がしたラストシーンであった。
今晩は
ホント、何度も提案していますが、近代さんの精緻な映画レビュー、20本に絞って、本にしたらどうですか?
鑑賞されている本数も半端ないし、キッチリと書かれたレビューは自称映画評論家を名乗る一部の方よりも、余程読み応えがあると思いますけれど。
映画好きには、聖典になると思いますが・・。
如何でしょう、映画.COMの運営の方々。真面目に、ご検討されては、如何でしょうか?(また、叱られちゃうかな・・)では。
> 本作に登場する大人たちで、罪の意識と向き合っている者は果たしているのだろうか
いや、ホント。そして、俺たちも、自分では気づかずないうちに、これらの誰かの位置に立ってしまっていたことはないか? そんなことでを考えさせる作品でした。