「応援歌劇という新ジャンルを生み出したと思う」劇場版 少女☆歌劇 レヴュー・スタァライト 阿部 昌利さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0応援歌劇という新ジャンルを生み出したと思う

2022年3月11日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

noteから転載します
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予備知識ゼロで、劇場版スタァライトを観た。映画館で観た。

レヴュースタァライトという概念は、1ヶ月前まで知らなかった。
ミュージカルもアニメもゲームも素通りしてきた。

だが職場で強烈に推されて、「これは見に行かねばならぬ」という気になった。17回鑑賞したデザイナーさんが、歌詞テキストを巧妙に描いて、その素晴らしさを語っていた。

観た結果、衝撃を受けた。
映画館で、何度も観たくなる作品だった。

感動で涙したわけではない。
キャラクターに恋したわけでもない。
強烈に応援されたからだ。

歌に応援ソングというカテゴリがあるように、劇場版スタァライトは応援歌劇と言っていいと思う。この映画は、ドラマを極限までそぎ落とし、レヴューという形式で、少女が葛藤する姿にひたすらコミットしている。

レヴューは舞台少女同士がバトルする形を取っているが、対人的な要素は小さい。むしろ自身との闘争だ。「どれだけ自分に打ち勝ったか」を競い合っていると思う。

そして、人間関係や才能、環境や将来への不安など、万人にとっての悩みとの闘いが描かれてるので、応援されている気になる。宝塚のレヴューのような普遍性が、劇場版スタァライトのレヴューにもある。

あとは、舞台というモチーフが個人的にツボだった。

舞台に立つというのは、麻薬だ。

僕は大学時代、1度だけミュージカルに出演した。裏方合わせて数十人規模の舞台だった。何人かはその後プロの道に進み、役者やダンサーや制作を生業にしている。学生としては、本格的な舞台だったと思う。

僕のセリフは一言だけだったが、笑いを取る言葉だった。その一瞬のために練習を重ね、思い通りに劇場全体を笑わせた時の全能感たるや。生を鮮烈に実感した瞬間ベスト3に今もランクインしている。

あるいは、スポットライトを浴びて真っ白で何も見えなくなったこと。その中で歌った時の異世界感たるや。

この舞台がいつまでも続けばいいと思った。
舞台を追い求めて生きていくのは、この上なく素晴らしいと思った。
麻薬経験はないが、恍惚感にハマるという意味では、舞台も近しいものがあるんじゃないかと思っている。

だから勘違いかもしれないけれど。
スタァライトするのも、されるのも、体感としてちょっとわかるのだ。
胸を刺す衝撃を浴びてあの頃に戻れないのも、ちょっとわかるのだ。
野菜キリンが燃えて糧になるのも、ちょっとわかるのだ。

僕は決起集会にいる1人くらいの存在だったけれど。
選ばなかった過去たちに讃美歌を捧げたい気持ちも、ちょっとわかるのだ。

ただ、電車は次の駅へ行き、僕は迷わず舞台を降りた。公演終了後、徹夜で打ち上げした足で、研究室の授業に出席し、その研究分野の延長で仕事に就いた。

しかし劇場版スタァライトは、当時の舞台にまつわる色んな気持ちを思い出させてくれた。舞台をテーマにしたコンテンツは数多あるが、僕にとってはこの作品が、舞台に立つ気持ちの再現度が最も高かった。

そして誰しも、舞台少女にとっての舞台にあたるものがあるだろう。そういう意味でも、応援されるのだと考えている。

この応援はきっと万人に通じる。パラリンピックの開会式のデコトラの評判が良かったように、スタァライトのレヴューを再構築したコンテンツを、東京五輪の開会式で実現していたならば、印象深い五輪になったのではないだろうか。何より選手が心奮わせたと思う。

普通、前提知識なく映画版を観て感動したならば、本編に立ち返りたくなる。だが劇場版スタァライトは、本編はさておき、もう1回映画を観たいという気になった。

それくらい、レヴューが、パフォーマンスとして独立して昇華されている。『アベンジャーズ/エンドゲーム』の「アッセンブル」で、打ちのめされるくらいアメリカ凄いと思ったけど、日本もやっぱり凄いと思った。

自分も頑張ろうと思います。ロードショーに間に合って、映画館で観られてよかったです。よき映画をありがとうございました。

阿部 昌利
LSさんのコメント
2022年4月4日

私は舞台に立ったことはないけれど、読んで自分が体験しているような気分になりました。観た人にまた観ずにはいられない何かを感じさせるこの作品にも似た、素晴らしくエモいレビューをありがとうございました。

LS