ミッドナイトスワンのレビュー・感想・評価
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生々しいラブストーリー
映画に出てくる様々なものが生々しい。一果が自分自身を守る為に言葉を発さない所、お店に来る客から凪沙たちに向けられる無邪気で無理解な言葉、りんが一果に感じる感情、広島に戻った早織が彼氏も周りもヤンキーしかいない所、、、その中で一果がバレエをするシーンだけは、色んな制約を突き抜けて心に刺さってきた。りんと一果が離れて同じ演目を踊るシーン、海辺で一果が凪沙の前で踊るシーン、最後のコンクールで踊るシーン。映画館で観られて本当に良かった。
場面不足が惜しい
コロナのせいですっかり映画館に行く習慣がなくなってしまった今日この頃
評価が高いと小耳に挟んだので観に行きました
特に新人バレエダンサーの子が良かったですね
観る前に予備知識を入れたくないので水川あさみの母親役は前半は全く気が付かない程の別人でびっくり
濃いメイクのせい?
トランスジェンダー物で記憶にあるのは生田斗真の「彼らが本気で編むときは」ですね
登場人物の設定は今作とほぼ同じだった気がします
トランスジェンダーの主人公
育児放棄された子供
触れ合いながら、お互いの傷を癒やして行く様にかなり泣かされた記憶があります
経済大国日本には貧困家庭が驚く程多く、子供の7人に1人が貧困に苦しんでいるとの事
育児放棄、貧困、トランスジェンダー
社会的弱者を扱ってる映画は100%泣かされるのですが、今作はどうにも入り込めずあまり泣けなかったです
トランスジェンダーの店に遊びに行くので、現実との違和感もありましたし
色々なネタを詰め込み過ぎたせいで時間が足りず回収されない伏線や場面不足のせいで、特に後半にぶつ切り感があって入り込めなかったのが残念でしたね
後半のオーディション場面からエンディングまでのドラマが転がっていく大事な部分にもっと時間をさいて丁寧に表現して欲しかった
オーディションに突如現れた母親の抱擁からの荒んだいちかがいきなりコンビニ前でたむろってるのはいただけない
バレエやめちゃったの!?的な伏線なんでしょうが、唐突すぎるし
迎えに来た凪咲のおかげで母親が改心したのかも良くわからず、コンビニでたむろってたいちかが唐突に卒業式では友人との写真も撮らずバレエの練習してるし
そのバレエの月謝は誰が払ってるのかも不明で母親が少し改心してる風なので母親がバレエの月謝出してるの?
と思わせといて東京の凪咲は寝たきりで「さぼっちゃった」としか言わないし、、
映画の説明を読むと、自分の手術のケアのお金をバレエの月謝た当ててたと書いてある
いくらなんでも「さぼっちゃった」だけでは端折りすぎじゃありません?
等々色々な場面不足ゆえの怒濤の感動エンディングに入り込めず悲しかったです
海辺のダンスシーンが入れたかったのはわかりますが、殺さずとも良かったのでは
そして、せめて殺すならいちかを号泣させませんか?
新人だから泣きの演技が出来なくてカットしたのか、死んだのか、死んてないのか、想像の余地を残したかったのか
ゆえにラストのオーディションパートで昇華されるはずの凪咲との思い出シーンの消化不足も残念
落ちていくトランスジェンダー仲間との場面等々を減らして後半に費やして欲しかったな
良い映画なのに惜しい作品です
泣きたくて観に行って予想以上に良くて心が重たくなった
予告を見ただけでこれは泣けるだろうと予想していましたが、想像していたより心が苦しくなり、観終わったあとは身体が重くなった。
●良かった点
他の方のレビューにもありましたが草彅さんが本当に自然に演技されてて、実在する人のようだった。
切なそうというかあの何ともいえない表情が…凪沙のこれまでの苦労なんかを上手く醸し出してる。
また、一果ちゃん役の服部さんやりんちゃん役の上野さんが驚くほど演技がハマっててお上手でした。思春期独特の反発心というかツンとしたかんじ。うまくでてました。気だる感、嫉妬、不安、よく演じれていたと思います。
●もう少し表現して欲しかった点
1. 一果の、バレエに興味が湧く瞬間。
お試し体験したときの雰囲気から、未経験で見栄張ってやったことあるって言ってしまった感じだったのに、バレエに興味持つまでがえらい短かったなぁ、と。何度か覗きに行くとか昔から興味あった風な表現があったらもっとしっくりきたかなぁ。
2. 一果の母が「私変わったの」と会いに来た時。
そのあと連れて帰らなかったんだ?あれ?バレエ見に来たんだ?じゃぁ何であのとき連れて帰らなかったんだろ?と"?"だった。
無理やり連れて帰ろうとしてモメかける描写が欲しかったなぁ。「帰るよ!」「発表会まで待って!」みたいな。
3. 一果が発表会で失敗して母親が抱きしめに行った時、凪沙が会場から立ち去ったシーンとそのあと。
慰められてる一果をみて本当の母親がいいんだやっぱり…と少しやるせない感じだったと最初読み取ってたんですけどね。
他の方のレビューに「母親になる決意をして手術をして堂々と迎えに行った」とあって色々納得。
あの子を支えてあげる母親になりたい→戸籍を女にしないと正式な母親になれない→性転換手術しないと母になれない
ってことで性転換手術したんですね。だから迎えに行ったときはトレードマークのベージュトレンチではなく赤のトレンチで決意表明してたんですね。ここはちょっと読み込めなかったです、、もう少し覚悟決めるシーン欲しかった。瓶詰めの貯金箱とかで。
4. 一果が卒業後会いに行った際、合併症らしき状態を「サボったらこうなった」とあったんですがここは単純に知識不足で、メンテナンスさぼったらこうなるの?そしてこの状態をボランティアでお世話してくれる人がいるの?というので"?"でした。
5. 卒業後母親がすんなり東京へ行かせたのとバレエ講師の出張は凪沙が金銭的に援助してたんでは…と思ってます。
自分のメンテナンス・食費ケチって、安い家賃の部屋に引っ越してどうにか工面したのでは…
赤いコートで振り返らず闊歩したは、いつか連れ戻す!というその決意も表したのではと思ってるんです。
さすがにバレエ講師も東京からボランティアで通うとは思えないし(しょっちゅう来てる言い回しだったし)、
あの母親がお金出すとも思えなかったので。
あと凪沙がマンション引っ越す理由が他にない。
でもそれを匂わす要素が低いので、もしこの読みが当たってるとしたら術後の描写ももう少し欲しかったです。
ゴチャゴチャ書きましたが、すごく良かったのはよかったんです!笑
もう一度見たいと思えた映画は久しぶりでした。
みなさん絶賛だったので、敢えてで書きました。
タイトルなし(ネタバレ)
最近ミッドナイトスワンを感性の似たツレに紹介されました。
そのツレの彼女が笑いながら私より先にボロボロ泣くから泣けなかったと言っていました。
彼が言うのならと観に行くことを決意したのです。
しかし、元々邦画は好きな方ではなく(とくにこういう話は視聴者の共感を誘い泣かせる方向に持っていく感じがどうしても逆にどんどん心が離れていくのと、ああはいはいこういう感じねって泣かせるための次の展開を読めちゃうことが多かったため)、一度目に行こうと決めた時は前日に飛び入り参加することになった別のツレの要望でテネットになってしまいました。
テネットもかなり面白かったのですがそれはここでは関係ないので置いといて。
普段映画を観に行かないのでそれで満足していたのですが。
でもやっぱり心の中ではなんとなく気になっており(たぶん私と同じように思考回路が他人とズレているツレが紹介してくれたからでしょうね)、なんとなく一緒に行こうと言ってくれる人を探していました。
つまり見つかったので観に行った次第です。
ここから本題。
こんなところでどこまでネタバレになるような事を書き込んでいいのかわからないので失礼がありましたら御指摘ください。
以下ネタバレ含むかと思います。
私は飲食店を営んでおりきっとそこらの同業者さんより顔は広い方だと思います。
諸事情により若い頃からLGBT(関係ないですが、差別しないように作ったこの言葉。結局区別するようでそんなに好きじゃないです)の方とも触れ合うことが多く、今でも数人知り合いにいるので、その中で思ったのは草彅剛があまりにも自然な演技だということです。
それでいて視聴者に大事なところはしっかり伝わるようなキレのある演技だな、と。
間違いなく草彅剛のトップに数えられる名演でした。
観終えてまず感じたのは、言葉にできない自分の感情でした。
自分が何を考えているのか、どのシーンのどの部分に思いを馳せているのか、どんな言葉にすればいいのか、何もかもわかりませんでした。
その中で強く覚えていることはふたつです。
まず、ひとつは、他人のために自分の人生を変えられる凪沙の強さ。今、本当にそれができる人間がどれだけいるでしょうか。それに強い意志で応えようとした一果の心とその移り変わりです。
そして全てを決意し、隠していた親族にも今の自分を曝け出し引取ろうとしたにも関わらず化け物と蔑まれ、一果を救うこともできず、打ちひしがれ自分を捨ててしまった凪沙。
でも一果はその思いと本当に親身になってくれた凪沙さんに十分に救われていたんですね。
ここからがふたつめ。
中学校を卒業し凪沙に会いに行った一果。その二人が海に行ったシーンです。
これは私の勝手な解釈かもしれないのですが。
そこには、打ちひしがれ自身の全てがどうでもよくなり、自身に対してするべき処置を怠ったがために酷い症状になり死んでしまう凪沙(死んだと思ったんですけどたぶんそうですよね)。
しかし、その凪沙を一瞥しながらも一果は駆け寄ることなく、踊り続け、最後は後ろにいる凪沙の方ではなく自身が向いている“前”である海へ向かって歩いて行くのです。進んでいくのです。
これには一果が凪沙の死を確認することが怖いという思いがあったのかも知れません。
自身の腕を噛むことでしか感情のやり場を見つけられなかった一果のせめてもの、精一杯の感情表現だったのかも知れません。
私には、それでも前に、未来に向かっていく一果のひたむきな感情に感じられました。
そして凪沙の歩き方を真似、同じような服装で街中をバレエ学校のオーディションに向かって気丈に歩くシーンに変わるわけです。
ただLGBTを題材にした内容ではなく、何十年という短い人生に何を考えどう生きるのか、それがたまたま凪沙のような心と身体の持ち主だっただけです。
こんなにも心を揺さぶられた作品は初めてでした。
何日か経った今でも何度も思い返しては物思いに耽っています。
この後、本屋さんに行って小説を買い、上映スケジュールのあるうちにもう一度映画館に行こうと思っています。
最後に、自分がそれができているとは思っていません。いえ、思えません。
ですが、助けを求める人間は周りにどれほどいるのでしょうか。
それに掛け値なしに手を差し伸べることができるのでしょうか。
こんなにもひたむきに生きていくことに真面目になれるのでしょうか。
他人を変えていこうと思えますか。
実の子にさえそう思える方はどんどん減っていってるんじゃないでしょうか。
視線
うん、まあ…大変だよね。
冒頭から絡みつくようなドロッとした視線が悍しい。ご本人達も、取り巻く人間達も。
映画の内容を鵜呑みにするなら、この国はLGBTの存在を受け止める準備が全く整ってないと思われる。
拒絶はしないまでも、虐げられる理由もないように思う…普通にできないからこそ「受け入れる」なんて言葉を公言せねばならないのであろう。
さて、映画だけども…。
なかなかに残酷な対比を見せつけられる。
まぁ、彼が母性に目覚めるので見てられなくはないのだが、どんだけ足掻いても手に入れられないものを産まれただけで持ってる者への嫉妬ってのは相当なものではないのかと思う。
彼女を見るたびに、自分が紛い物である事を突きつけられるようだ。海でのラストシーンはそれが凄くよく現れてたと思う。
彼女の目の前にはどこまで広がる海があり、彼女は自分の意思でバレエを選び、その才能を開花させた。その背中は凛としていて息を飲む程に美しい。
かたや老いた自分は立ち上がる事すらできない。振り返ってみれば、産まれた時からどん詰まりの人生なんじゃないか?自分が歩いていく先に彼女のような未来はない。寸断された橋に向かいとてつもなく重い荷物を引き摺りながら歩いてるかのようだ。
…と、まあ、結局は惨めな存在として描かれる。
これでいいのかと思わなくはないのだけれど、こおにしか描けないのかなとも思う。
生態が謎なので共感のしようもないのだけれど、結局は実態とか現状とかからは離脱できなかったな。
LGBT側にしたって、こんな内情をバラされて嬉しいのだろうか?自分達への理解が深まったと思うのだろうか?それらを取り巻く環境はよく分かったように思うけれど、結局は好奇心として消費されるだけなんじゃなかろうか…。
まぁ、複雑な問いかけではある。
草薙氏は頑張ってたと思う。
随分と試行錯誤もしたであろう痕跡が見て取れる。
かたや、新人の服部さん。
あなたが居ないとこの作品は成り立たない。
よくぞその年齢で、よくぞそのスキルを習得していてくれました。国際的なバレエ団から奨学金が下りる才能に全く違和感がなかった。
浜辺での踊りもとてつとなく美しい…。
スニーカーと普段着だよ?あんなにも可憐に、凛々しく踊れるものなのか?見事だった。
浜辺のシーンは近年稀に観る名シーンではないのかと思われる。この映画の全てが集約されてたように思う。
学生が見た感想
題材がトランスジェンダーを扱った物だと聞いていたが実際は親子愛の映画なのだと見ていて思いました。
最初は家族とは呼べないような関係だったにもかかわらず人身売買に似た取引から本当の家族の絆になったものとなったと思います。しかし、この映画は劇のように章立てがして最後まではまるで白鳥の湖を見ているようでした。最終章ではその期待を良い意味で裏切る展開になり個人的に見た後、余韻に浸れる良い作品だと思いました。
タイトルなし(ネタバレ)
つよぽんにファンです。衝撃的な内容とは聞いてましたが、その通りだと思います。
性的マイノリティであるつよぽんが親類の子供を母親代わりとなり生活を共にしてくうち
母性に目覚めて本当の母親になりたいと男性のシンボルまで手術でとってしまうのですが
その合併症で残念な事になってしまう衝撃的な終わりかたでした。私個人的には凪咲がいちかへの母性に目覚めてくくだりもっと詳しいエピソードが欲しかった、いちかの親友の死はいらなかったと思う。その分性的マイノリティーとして生きていく難しさを描いて欲しかった。とはいえつよぽんの演技はすばらしいと思います。役幅ぼ広さには感心させられました。
一果が踊るだけで涙が出る
15分の予告を観たら、映画を観ずにはいられなかった。
凪沙を演じる草彅さんが素晴らしいの一言。凪沙が草彅さんに憑依したと思うくらいそこに凪沙はいた。一果演じる服部さんも新人と思えない表情でした。毎日を捨てるように生きてる一果。希望も何もないのが目から伝わってきました。
一果のバレエと渋谷さんのピアノでどういう涙なのが自分でもわからなかったが、とにかく涙が止まらなかった。
この映画はセリフも少ないし、説明なども一切ない。(例えば凪沙がいつも汗ばんでいたり、火照ってたりしているが、その説明がない。恐らくホルモン注射による副作用。等)終盤に凪沙が衝撃的な姿の場面もあるが、もちろんその説明もない。ただ視覚的に起きていることを生々しくリアルに映し出している。ドキュメンタリーを観ているようにも感じた。
凪沙が男の姿になり、一果のことを抱きしめるシーンは1番凪沙が女に見えた。また、バレエの先生から「お母さん」と言われ、嬉しくって、くすぐったくって、恥ずかしいようなあの表情は圧巻だった。どうしたらあんな表情に辿り着けたのだろうと、、。
映画自体は重い話かもしれないが、美しいシーンがたくさんあって、エンドロールが終わっても立ち上がれなかった。映画を観て数日経っているが、凪沙と一果のことを考えてしまう。どうか凪沙と一果が幸せでありますように、、
日本映画で稀な総合芸術としての素晴らしさが詰まっている
俳優陣の演技、バレエシーンの素晴らしさはもう、称賛されている通りだと思うので、ここでは書かない。
私はあまり現在の日本映画に期待をしない人間なのだが
(漫画やドラマを安易に原作にし、過度な説明セリフや大手事務所事情のキャスティング、演技指導の行き届いてないエキストラ、ご都合主義の美術、小道具、俳優のイメージに対する固執からくるヘアメイクのズレ等、様々な事情が透けて見えてしまうものが多いと思っている)
この映画を映画館で観ることを強く勧めたいのは、この作品が映画という総合芸術として奇蹟と言っていいほど、すべてがそろった素晴らしいものだからである。
映像、音楽、演技、美術、ヘアメイク、子役等のエキストラの演技、細部にわたるスタッフのこだわり、監督、俳優陣の気概がそれこそ怒涛の様にスクリーンからあふれ出してくる。
そのこだわり、映画に対する愛を浴びに、何度も足を運びたくなる。
ファンタジーでありながら、ドキュメンタリーを観ているようで、映画館から出た今でも毎日のように凪沙や一果のことを思い出す。
ネオンの明かりが差し込む台所で、凪沙のショー用のチュチュをこっそり付けて布団の上でターンの真似をし、案の定布団が絡まってよろける一果を思うだけで涙がでる。
凪沙の部屋、ショーパブの楽屋、夜の公園、海。
数えきれない程、美しく冷静に丁寧に作られたシーン。
私は何度も追いスワンしているが
(同じ映画を映画館でこれだけみるのは後にも先にもこれだけのようなきがする)
そのたびに新たな感動ポイントが出てきてびっくりする。
一果のバレエの成長過程を丁寧に描いているのも見どころの一つだ。
凪沙のラストの髪型が
美容室にもいかず伸びてしまった様な髪型で、
凪沙は生きることを止めてしまっていたんだなと本当にそれだけで伝わってくる。
セリフも少なく、こちらの感じる力に任せてくれる映画であり、それぞれが受け取るメッセージは無限であると思う。
一部で騒がれているトランスジェンダーの感動ポルノでは断じて無い。
とにかく映画館で観てほしい。
ミッドナイトスワン
スクリーンで観てください。
凪沙さんの人生を 一果と出会うことで気高く
愛に満ちていく日々を 何気ない日常が どんなに大切か 忙殺される日々のふとした瞬間に
凪沙さんの きれいの声が 一果のみてての声が過ります。
涙が自然と頬を伝わり 心が浄化される名画です。
逝きかた
醜い生き方をした人は
死ぬ時はひどいものが
脳裏に映り、
善い生き様をした人は
逝くとき美しい映像の
なかで包まれるのかな。
赤いヒールにある
彼女の矜持は、
なぎさから
いちかにわたり
世界に羽ばたくことで
昇華したように思えました。
ずしん。とくる見応えのある素晴らしい映画体験
ずっと観たいと思っていてようやく観に行けました。私のように一人で見に来ている人も多くほぼ満席。観終わって、一人で観に来て良かった。。と思いました。何を言葉にして良いか分からないから。簡単に感想を言葉にして濁せない。ここにも上手く書ける気がしませんが、思うままに綴ります。
全編、ナギサの心の機微に触れる度に、涙があふれました。ニューハーフの演技はこれまで大袈裟な振る舞いの感じや明るい性格の表現しか観た事がなく、ナギサの凛とした、大きな声を出さない艶のある雰囲気はとてもリアルで、生きているナギサという人物を追っているような感覚で観れました。一果はさながらフラガール!の時の蒼井優さんのような、瑞々しさとバレエの美しさがありました。
前半、一果に対し全く興味がなく、関係ないというツンとした対応のナギサを見ているだけに、中盤から一果のバレエ代を稼ぐために自分らしさを曲げていく(変えていく)ナギサの変化は、いちいち胸が熱くなりました。一果も、美しいナギサのナギサらしさを心の中で慕っており、だからこそ一果の為に女を捨てたナギサを見た時に「望んでない!」と受け入れられなかったのだと思います。
しかしやはりチョコレートドーナツを思い出すのですが、後半に描かれる現実は残酷でした。いや、ナギサが元気で母親らしく振る舞えた続きの物語があったとしても、それはハッピーエンドにはなり得なかったのだろうと思います。
後半に関しては、原作を読んだ方の色々なレビューなどで、どれも必要なシーンだった、、というようなコメントもありますが、私としてはどうしても衝撃的ないくつかのシーンが頭から離れず、もうちょっと過激にならず作品を締め括ることは出来なかったのだろうか、、と思ってしまいました。なので星を一つマイナスにしています。
ですが観賞後にここまで色々なことを考えさせられ、さまざまなシーンが頭に思い起こされては感情が揺さぶられる作品は滅多にあるものではないと思います。素晴らしい映画体験でした。このような作品は一生忘れられるものではありません。映画館で鑑賞しその世界観にふけるべき、深い見応えのある作品でした。
悲しくて切なくてあたたかい
いい映画でした。草彅さんの演技はよく知らなかったのですが、ポスターの草彅さんの表情を見た瞬間、観たい!!でも悲しい話は苦手なので見に行こうか迷いに迷い、やっぱり草彅さんの表情に惹きつけられ、落ち込む覚悟で観ました。
案の定落ち込んでしまいましたが、あたたかい部分も多少残るというか…。救いようのない虚無感、むなしさが残るような話ではありませんでした。そういう系じゃなくてよかったです。
凪沙と一果、凪沙の友達、一果の友達。それぞれの苦悩や思いが心に刺さって苦しくなりました。
ただ一果の母が改心したのには???でした。そんなことってあるのかな。
最後のバレエが美しかった、拍手しそうになりました。バレエが綺麗だったから救われたのかもしれません。
でも、凪沙が幸せだったと思っていたらいいな。とは考えてしまいます。
草彅さん、女だった、母だった。
タイトルなし(ネタバレ)
かなりの期待度で観に行ったが自分には無理だった
役者さんの演技やバレエシーンは素敵です
でも2020年付近の話として理解するのは難しかった
事情はあれどもともかくなんとか病院に行こう!
またはどうしても行けない(行けなかった)のかについての理由を教えて!
後半の展開は残念
草彅くんの凪沙役の演技、素晴らしかったと思います。前半何度も涙が溢れました。イチカちゃんも素晴らしかったし、バレエのシーンがこの暗い映画の中にせめてもの華を添えてくれました。
しかし、とにかく、重い、暗い、救われない…見終わった後、そんな気分になりました。あと、LGBTを不必要に惨めに演出している印象でした。昭和なの?と思うほど、今の時代に合致していない印象も強かったです。
後半、タイに手術に行くところから、話の流れが急に大雑把で強引すぎる印象でした。
発表会で本当の母と抱き合うイチカを目にして傷ついたとしても、凪沙が半ばヤケになり手術をし、田舎にイチカを奪いに行くなどという行動は、それまでの人物像からピンと来ませんでした。そして、その後のオペの後遺症なのか、生々しいシーン。ちょっと強烈すぎました。必要ない演出だと思いました。そこまで凪沙を惨めに演出する意味があったのだろうか?
後半の、無理矢理感、人物の心の描写もすっとばらされてて、その為に浅さ、違和感が目立ちました。
イチカの心の成長、自分から旅立っても、イチカの存在で凪沙の生きる意味みたいなものを感じさせる、もっともっとそのあたりを丁寧に描いたものを期待してしまいました。この映画でなにを伝えたかったのかが、後半の展開で全くわからなくなり、演技が素晴らしいだけにもったいなく残念でした。
生きづらさと母親の役割
この映画はまず社会的役割、人間の弱さという点に対する生きづらさについて考えさせられた。
劇中のセリフの中で「私らみたいのは1人で生きていかんのよ」という印象的なセリフがあった。人にはそれぞれ個性があってそれが社会という規範に当てはまる人もいればそうでない人もいる。その中で特に合わない人間がどう生きていけばいいのか。また、合わない人間は合わないからと言って1人で生きていくことは出来ない。社会的マイノリティーの人間的弱さが心に刺さった。
そしてこの映画ではもう一つ母親とはなんだろう?理想的な親子関係ってなんだろう?という家族の役割についても考えさせられた。
母親とは一般的に生みの親の女性を指す。じゃ、その生みの女性はどうあるべきなのか?そしてその理想は生みの女性のみが実現しないといけないのか?たくさんの疑問が浮かんだ。この映画を通して、私が出した答えは単純だが母親の役割とは愛であり、その提供者はその責任を負えるものに限ると感じた。愛という形のないものが人には大切であり、人間にとってその形のないものを知るには母親が必要であると思った。そしてもちろん愛の提供者は生みの親がベストだが、それがたとえ違くても、人間の美しい繋がりによって愛が守られればそれは良いと感じたし、だからこそ改めて支え合いについても大切だと思った。
タイトルなし(ネタバレ)
レディースディーにて鑑賞、とても期待して見に行きましたが、終わってからザワザワ感か、とても気分の悪い映画でした。バレーのシーン新人さんの女の子がとても綺麗で良かったですし、何故か草なぎ君とのシーンは涙が出ました。自然に…なんでだろう?ジェーンダーさん達への映画としても、とても悲しく、辛く、昔自殺した芸能人の方を思いだしたり、今の日本では、まだまだ暮らしにくいというメッセージの映画だったのでしょうか?また見たいという映画でもありませんでした。人間人間ですかね。
エンディングで興ざめ
小説と同様、エンディングは海で終わったほうがよかったと思う。
イチカの演技がよかったので残念。
私はイチカは海で死んだ と思っていました。
友達は自殺し、なぎさは半死人状態となり、イチカは生きる気力を失い
海に入ったものだと。。。。
自殺を想像させないため映画ではエンディング追加してしまったのかな~
タイトルなし
エンドロールで思い出し泣きして、帰り道もなんでか涙が勝手にこみ上げてきて困った
ジェンダーの話だけでなく、持っている者、持たざる者の話だった
イチカはみんなの光で憧れだった
愛なんてものは綺麗じゃないのかもしれない
自分の自己肯定感のために娘を溺愛する母
娘に罵声を飛ばし、だけど守らなければならないはずの存在の娘に依存し甘える母
大切なのは本当だし愛してるけど、毎日の自分の辛さに必死になってしまって、イチカにあたったりないがしろにしちゃうんだろな…難しい
ナギサも母になりたい願望と、イチカの才能や魅力に自分の憧れを重ねたのかもしれない
りんもお金持ちで愛されてるようで満ち足りてなくて自分をないがしろにすることで心を保って、怪我してバレエできない愛されない自分と比べて才能あってまぶしいイチカがきっとうらやましかった、応援したかった気持ちは本当だけど、同じタイミングで踊って自殺するのは一種の歪んだ愛と呪いみたいだなって思った
娘が怪我して「バレエできなくなったら他に何のとりえもない」とかよく言えんな!って思った
そんなの聞いたら死にたくなるわ!娘は自分の願望具現化装置か飾りかよ!
犬と同列に「大きくなったね〜」って言ってくる親族の描写も胸が痛い
踊ってる画面がとにかく美しい
絶望の淵でもとにかく胸打たれるほど美しい
美しいすぎて涙がでる
持ってない者はいつだって選ばれる側で、搾取される側で、自分で自由を選択できず自立できずなりたい者になれないんだろうか
女性になりたい、バレエで才能が欲しい、愛されたい、幸せになりたい、なりたい私になりたい
それを叶えるのが困難な人、こんなにも切望してるのに手に入らないこと
それでもどうにか変われないかと男の格好で仕事することを選び、母になることを選び手術をし、それでもうまくいかないナギサ
だけれど、二人の関係性は特別で、りんもナギサも先生もいなければきっとイチカは羽ばたけなかったんだよ
しんどい中でも出会った全てをかけて、みんなの希望を背負って輝くイチカ
持たざる者が自分の足で突き進んでいく姿はきっといろんな人の希望になる
(まあ才能は持ってるんだけれども)
ジェンダーとか関係なく、なんで自分だけって思うことあるよね
全然違う境遇でも、どうしようもない気持ちを抱えるあの気持ちはわかるよ
生姜焼きを作る所、二人の合言葉みたいなハニージンジャーソテー、野菜も食べなよと言う所、バレエのやり方教えてよって会話するとこ、嫌じゃって言うイチカ
何気ないとこに愛と願望と家族とが混ざり合ってそこにあって泣いてしまった
なんだかすごく美しかった
最後の海でのシーンの余韻がすごくて、とっても美しくてずっと胸に残った
とても悲しかったけど、生きようって思えた
今ある環境の中で何を選んでいくのか、得られなくてもどう進んでくのか、人に出会って思いがけず人生が変わったりするんだよ
草彅くんの演技力に星5
上映してからだいぶたっての鑑賞。
終始地味に暗く終わったあとにスッキリ爽快感を与えてくれる映画ではありませんでした。
でもだからこそこの映画の良さがあって心に残るのではないかと思いました。
草彅くん演じる凪沙はリアルに思えて、日々戦ってすり減らして生きているのが凄く切なかった。
一果という自分以外に大切に思う存在を得てからの凪沙は母性も加わり綺麗に見えた。一果の為に昼間男として働く姿が草彅くんではなく凪沙でした。凄い。
一果を失ってからの凪沙は痛々しいがドキュメンタリーを見ているようで良かったと思います。
変に感動させようとか、トランスジェンダーを理解させようとか、そんなあさはかな映画でなかったです
草彅くん以外にはこの凪沙は演じられないと思います
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