「一代限りの戦場ワンカット体験」1917 命をかけた伝令 kazzさんの映画レビュー(感想・評価)
一代限りの戦場ワンカット体験
全編ワンカットというふれ込みだったが、ワンシーン毎ワンカットなんだろうと勝手に思い込んで観に行ったら、本当に全編ワンカットだったので驚いた。
勿論、ワンカットに見えるように作っているのだが、これにはとてつもなく緻密な設計図が用意されたのだと思う。
さらに言うと、実際にかなりの長回し撮影は行われていたと思うし、主演のジョージ・マッケイは文字通り出ずっ張りだったので、緊張感の高い撮影現場だったのではないかと想像する。
特に、出発地点と目的地の両方にあった塹壕の場面は、休息する兵士たちと戦いに突入しようとする兵士たちを見せる対の構成になっていて、圧巻の長回しだった。
このプロジェクトを指揮したサム・メンデスが監督賞にノミネートされたのはうなずける。
肝心の物語りも面白い。
1970年代以降、戦争映画には明確な反戦メッセージが求められ、兵士は被害者か、さもなくば犯罪者のように描かれてきたような気がする。
しかし、今なお最も人気の高い戦争映画だと言われている「プライベート・ライアン」は、過酷なミッションに挑む兵士たちの姿をとおして、英雄的な兵士の正しい描きかたを示した。
本作で描かれるミッションは、当初こそ主人公は受けるべき命令ではないと迷うのだが、その目的は明確で、誰かがやらなければ甚大な被害を被ることになるのもだった。最初は相棒として自分を選んだ親友に恨み言を言ったりしていたが、たった一人になっても、1600人の部隊を救うため、親友の勇気ある最期をその兄に伝えるため、諦めることなく任務を遂行する主人公は、紛れもない英雄だ。
戦場だから命懸けは当たり前かもしれないが、途中で断念して安全圏に逃避することもできたはず。敵の罠に見方たちが突入していく様を目の当たりにしても絶望するのではなく、決死の手段にでる姿に目頭が暑くなった。
こんな戦場のヒーローを示したのも、本作の評価に値するところだと思う。
そして、彼に次々と危機が襲いかかるアクションの構成が気を抜けさせない。これらの仕掛けも周到に練られていて、戦場サスペンスとしても見所は充分だ。
また、「…ライアン」には観客に戦場を疑似体験させる技術革新もあった。これ以降、戦争映画のリアリティは飛躍的に増していく。
戦場の恐ろしさを映像のリアリズムで表現できるようになったことで、ストーリーに幅を持たせられるようになり、戦争映画のテーマも広がってきている。技術革新の効果はそこにもあった。
本作では、進化した技術を裏付けとしたワンカットというアイディアによって、観客は常に主人公の間近にいるという演出がなされる。
戦場のスペクタクルを彼の肩越しに見るという、新たな戦場疑似体験だ。
全編ワンカット映画は、ヒッチコックの「ロープ」が恐らく最初の試みで、80分程度の本編で物語がリアルタイムに進行する画期的な企画だった。
考えてみれば、ワンカット映画はリアルタイム進行が当然なのだが、大抵はいつの間にか時間が跳んでいるもので、本作もそうだ。
そもそも編集という技術が開発されるまでは、シネマトグラフはワンカットだったはずで、劇映画の監督は多かれ少なかれ、その原点回帰本能で長回しに挑戦するのではなかろうか。
後世の戦争映画において、この手法はどんなにアレンジしても二番煎じになってしまう一代限りのものだろう。
そういう意味で、我々観客は歴史に残る一作を「体験」できたのだと思う。