「元気づけられる作品」大コメ騒動 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
元気づけられる作品
「色の白いは七難隠す」という諺がある。それだけ色白の女性は美しく見えるという訳だ。しかし本作品の女優陣は、日焼け顔のスッピン風のメイクで登場する。女性が美しく見えないメイクである。引き受けた女優さんたちの覚悟にまず脱帽だ。最初のほうでは、予告編で見ていた井上真央以外は誰が誰なのか判らなかった。その後夏木マリは地顔がきれいなので早めに分かったが、鈴木砂羽はしばらく判らなかった。
井上真央は好演だったが、開き直った女優陣の振り切った演技に支えられた部分も多かったと思う。特に室井滋が演じたおばばは、妖怪的な迫力で強気な浜の女たちをまとめる。井上真央が演じたいとさんは、頭はいいが気が弱い。おばばに引っ張られているうちに、次第にリーダーシップとは何かを学んでいく。
本作品の舞台となった1918年は、1914年にはじまった第一次世界大戦が11月に終結する年で、その前年の1917年にはロシア革命(二月革命)でロマノフ王朝が倒されている。しかし十月革命で臨時政府が倒されると、戦争をやっている場合ではないということでロシアは第一次大戦から離脱する。共産主義を嫌っていたイギリスはロシアの弱体化を突こうとして、1918年、同盟国であった日本にシベリア出兵を要請する。大隈重信の後を受けて総理大臣となっていた寺内正毅は、イギリスの要請を断りきれず、8月2日にシベリア出兵を決めてしまった。その翌日の8月3日に起きたのが、本作品で扱われた富山の米騒動である。
何故そんなに早く米騒動が起きたかということ、機を見るに敏な商人たちがシベリア出兵を見越して、随分前から米を買い占めるなどしていたため、米の値段が急騰していたのだ。折しも鉄道が開通して、浜の女たちの主な収入であった艀の仕事が激減していたこともあり、賃金が減る、米の値段が上がる、亭主は戦争や長期の漁で不在というトリプルパンチで女たちは生活苦に追い込まれていた。米騒動はそんな女たちの止むに止まれぬ行動だったのである。病弱だった寺内正毅は責任を取って内閣総理大臣を辞任した。
本作品では識字率の低かった当時、学校での成績がよかったいとさんが新聞でシベリア出兵が決まったというニュースを読んで、危機感でいっぱいになった女たちが行動を起こすというシナリオになっているが、当時の新聞が前日の出来事を翌日に伝えられるほど通信や交通は整っていなかったと思う。
女たちが実際にやったことは、艀での米の積み込み阻止や役所や米問屋に大勢で行って掛け合うという、比較的おとなしめの行動である。しかし似たような行動が全国で起きたものだから、寺内内閣が退陣するまでの影響力を持つに至ったのである。
明日はどうなるかわからない。ただ今夜の米がほしい。そういう切実な状況だったことがわかる。米の値段が上がるのは国家による構造的な問題であることはなんとなく察することが出来たから、今夜も米問屋にみんなで押し掛けるのだが、中には米問屋から懐柔されている女もいた。必ずしも女たち全員が一枚岩でなかったという設定はリアリティがあってなかなかよかった。
庶民は軍隊ではない。いろいろな事情があって、遅刻もすれば欠勤もする。権力者や有力者に対する抗議は、ゆるくていいのだ。不満や主張があれば、それを表明することが大事なのである。後ろ指をさされたり村八分にされることもあるかもしれない。それでも意見を言い続けるのだ。いつ権力によって言論の自由が侵害されないとも限らない。そうならないように言論し続ける。富山の女たちが勇気を出して集まったように、個人として意見表明を続けるのも、ひとつの勇気である。元気づけられる作品だった。