すばらしき世界のレビュー・感想・評価
全601件中、521~540件目を表示
社会に溶け込む事の意味
二回目の鑑賞
この原作の映像化、その心境が分かる気でいる。反社でも半グレでも無い人間も、“彼は私だ”との思いで、心握りしめられたカットが幾多あるだろう。その切り取る視点のセンスに惚れ込んで以来、西川美和監督の新作を待ち侘びながら日々を過ごしているとは、決して過言では無い思いだ。時代に即した、社会の片隅で人知れず耐える生活者の心理を投影した、「映画だから問いかけられる人の葛藤と温もり」を、絶えず根底に宿した仕事に共感を重ねてきたからだ。今作でも、都市に内在する新旧の価値観と普遍性、淘汰する事だけで正常は測れない社会の真相。意図的に差込まれるスカイツリーと東京タワーの対比には、その様な心理も掻き立てられる。外の“空は広い”と言う…重ねる辛抱こそ堅気の条件とも人は言う。彼は、最後に耐え抜き、触れた優しさに涙し、希望を抱いた。社会への順応と約束を胸に、嵐を楽しむ筈だった。やがて、心身は耐え切れず八切れとなり嵐は去った… この一連の描写に、社会の一端が濃く注ぎ込まれていると受け止めた。あぁそれでも…無頼で愚直な人生の最期の幕切れには、側で悲しみ俯く人間達が囲んでいた。
介護士の芝居がリアルすぎて…
いつの時代もマイノリティの援護や擁護をする映画があり、それは映画の一つの役割だと思う。LGBTや障害者に焦点を当てた映画も数多く作られてきた。この映画の三上という男もマイノリティには違いないが、彼の場合、殺人という罪を犯しており、手放しで擁護していい相手とは言えない。
それなら劇中で三上が社会から妻弾かれる様は、全て自己責任で妥当であると片付けていいのかというと、、、
社会で生きていくには、矛盾に気付かないフリをするような小器用さが必要で、三上はそれに抗う。三上が小器用な人間に向ける軽蔑の目は、自分たち観客の心をえぐってくる。
でも、小器用に生きることは悪いことじゃない。ただ、その大多数の小器用な人間の枠から外れた人はどこで幸せになれば良いのだろう。
映画を値段以上に楽しむコツは、120分を終えた後も、頭と心で吟味し尽くすことにあると思います。
役所広司、最高でした。。
【希望のある世界】
この作品は、佐木隆三さんの「身分帳」が原作で、三上正夫の人物像など原作のイメージ通りだが、ストーリーは結構異なるし、補遺の「行路病死人」の要素も加えた物語となっている。
そして、この身分帳には実際のモデルがいる。
西川美和さんが、この文庫「身分帳」の復刊にあたり寄稿を寄せ、このモデルの方が存命の頃、ドラマ化の話が出たことがあって、佐木さんが、俳優は誰がいいかと聞いたら、高倉健さんと答えたらしいと、そのエピソードを紹介していた。
そして、今回の映画化で、高倉健さんも既に亡くなっているが、西川美和さんは、役所広司さんという随一のキャスティングをしたと胸を張っていた。
今回の作品は、西川美和さんの「ゆれる」や「永い言い訳」が、僕の心の闇や弱さを、キュッとつまみ出すような感覚を覚えたのに対して、アウトサイダーに対して社会がどう向き合うのかを考えさせられる。
(以下、ネタバレ)
物語は、出所後の三上正夫が、自分の置かれた生活保護を受けているという惨めな気持ちや、なかなか入り込めない社会システム・好奇の目に対する怒り、弱者に寄り添おうとする正義から生まれる暴力で解決しようとする衝動と向き合いながら、周囲の協力を徐々に取り付け、社会に溶け込んでいく様が描かれる。
ヤクザ稼業の衰退を目の当たりにし、自分の選択肢が如何に少ないのかを感じ取ったり、幼少期の辛い思い出に触れ泣き崩れたりする様子も、内面の微妙な変化をよく伝えていると思うし、ライターの津乃田と、スーパー店長の松本、ケースワーカー井口との交流が三上正夫の背中を押す様は、胸が熱くなる。
そして、介護施設で疎外されたり、イジメにあっている同僚が、忍耐強く、前を向こうとする姿勢は、三上正夫の生きる最大のヒントになったはずだ。
コスモスの花束。
久美子からの電話。
三上正夫は確信したはずだ。
自分もやっていけると。
帰路、雨の中、一生懸命漕ぐ自転車のペダル。
エンディングは悲しい。
だが、三上が未来を見ながら、こときれたのだとしたら、それは救いだ。
三上正夫の見たのが、「すばらしき世界」だったことを願わずにはいられない。
このモデルになった方も、故郷の福岡に帰ったものの、アパートで病死している。
自然死、孤独死だった。
欧州の一部の国では、再犯を防ぐ目的もあって、収監中の服役者を、完全に塀の中に閉じ込めるのではなく、日中は、受け入れてくれる施設や会社で働く機会を予め与え、社会復帰をスムーズにすることと、社会の側にも出所した人間を受け入れやすくさせるという試みがポピュラーになってきているという話を聞いたことがある。
日本でも小規模だが試みられているはずだ。
暴対法の適用が厳格になったことを考えると、アウトサイダーの更生の方法にも柔軟性や多様性が確保されるべきだと思うし、行政の側が出所後の生活が成り立つようにより積極的に関わる必要性があるのではないかと考える。
そして、それこそ再犯の減少に繋がるのではないか。
アウトサイダーの社会復帰が容易になるのではないのかと思ったりする。
西川美和さんは、「身分帳」で「山川一」だった主人公を「三上正夫」とした動機も語っていた。
もし、興味のある人は、復刊した原作も読んでみて下さい。
六角精児の凄さについて考えてみた
才能と美貌に恵まれた西川監督の最新作。ポスターを観ただけで傑作の予感。アニメと漫画の実写化と子供騙しの恋愛映画しかない?日本映画界の希望の星✨しかし、役所広司は上手すぎるのが欠点、いつ、ぶちギレて周りの、ある意味ごく普通の汚れた我々一般人に牙を向くのか緊張感が凄かった😬六角さんみたいな親友が欲しいなと心の底から思わせる最高の演技を見せつけた。ラストシーンは神目線で大空に上がっていく所が堪らない😭今は亡き名匠、今村昌平の[うなぎ]と韓国映画の[シークレットサンシャイン]を見直したくなるような、傑作しか作らない西川監督に拍手🍻
高倉健に見えました。
西川監督作なので、封切り初日に観にいきました。
とにかく、号泣しました、そして笑いました。
役所広司のいっちゃってる時の目つきが凄い、高倉健を彷彿とさせるような、凄い演技でした。
人の温かみがわかる、素晴らしい映画。
コロナでギスギスとしたこの世界も「すばらしい世界」なんだ。
愛すべき存在、三上正夫
本作は今の社会を炙り出した傑作。
三上正夫、彼は幸せなのか、不幸なのか。。
三上の生い立ちは不幸である。結局母にも会えぬままだった。人生のほとんどを刑務所の中で過ごし、まともに社会で生きたことがない人がやっと、やっとまともに生活できそうになったところのラスト。
ーーシャバは我慢の連続よ
社会は不条理で溢れている。長澤まさみ演じるテレビ局社員、介護施設の職員、あぁいう嫌な奴いるいる、あるある。
劇中の言葉通り、シャバは我慢の連続である。
そしてレールに乗って生きている人もたいして幸せでわない。だから皆んな適当に流して、そこそこ適当に生きているのだ。
私生児として生まれ母親とは生き別れ、施設で育ったという三上。本作では「愛着障害」についても触れられている。
三上正夫は優しくて真っ直ぐでいい奴。なのに暴力性、カッとなっるとすぐに手が出るなどの性質の二面性を持ち合わせている。
この悪い部分は幼い頃の環境が要因であるようなことが劇中でも出てくる。
三上も「愛着障害」によって社会にうまく適応できなかった一人であるのだ。
この世は三上のような男には生きづらすぎる、むしろ刑務所の中の生活の方が性に合っていたのかもしれない。
だけど、世の中悪いことばかりでもなく三上の人懐っこさや憎めない性格に周りの人は気付き、手を差し伸べる。
社会の不条理と矛盾とほんの少しの人々の優しさで成り立っているということを描いた作品である。
それにしてもキャスト陣が実力派ばかりだ。役所広司はもちろんのこと、伊藤太賀の演技が素晴らしかった。お風呂のシーン、あれは泣ける。
そして現在公開中の『ヤクザと家族』にヤクザとして出演中の北村有起哉、今回は反社を拒絶する役所の職員として演じていることにちょっと笑ってしまった。
劇中曲が不要
刑務所を出所した者の生きづらさを表現した
どちらかと言うと、ありきたりなストーリーで
構図も普通
間近で撮りたいのか
引きで撮りたいのか
俯瞰で撮りたいのか
あっちこっちしていて見づらい
最後も
凡庸な結末でした。
序盤の劇中曲を差し込む意味(センス?)が気になり
その後も免許試験場の時など
とにかく意味のない音楽が
作品の雰囲気に水を出しました。
西川美和版「時計じかけのオレンジ」
本編は煮え切らぬまま、対局にそれと同重量の題名を置き、その釣合いでテーマを浮き彫りにする作者の狙いは成功。
この題名を付した勇気は評すが、西川美和だからこそ婉曲ではないパンチを求めたくもなる。
「時計じかけのオレンジ」「ビッグ」などと題名を変えて噛み締めてみるのも楽しい。
福井コロナシネマワールドにて観賞。 今回、まさかの映画館一人占めで...
福井コロナシネマワールドにて観賞。
今回、まさかの映画館一人占めで大変贅沢な思いをしたのですが。
ここは、シネコンながら、儲からなそうな良作も上映してくれて、本当にありがたい。
福井に自称映画好きが何人いるか知らんが、何しとんねん。
西川監督ってだけで、とりあえず観に行けよ!
あとはネタばれ含みます。
主人公が周りの助けを受けて更正していく流れに、こいつは絶対裏切る(映画的にも)、とスキャンダラスな展開を期待している自分がいた。結局、私の凡庸な期待は裏切られるのだが。
最後、きっと彼は幸せを感じて…と思ったとき、歎異抄の「善人なおもて~」が頭に浮かんだ。
そして彼の社会復帰を手伝った人たちもまた、自分の中の悪や弱さを知っている人たちなのではと。
これは映画の中の世界で、現実は…と思ってしまうが、その現実を作っているのは、私を含めた一人一人なんだと。
同時期に上映中の「ヤクザと家族」と、多くの共通点がありながら、これほど観後感が違うとは。
監督の一作一作にかける情熱、力量を感じた。
私の場合、期待して観に行くと、たいてい失敗するのだけれど、西川監督の作品に期待するなと言うのが無理な話で、なおかつ、いつも期待を裏切らない。
次も楽しみだが、何年後か…
醜悪な世界
タイトルのすばらしき世界という言葉には、裏を返せば残酷で醜悪な世界というものがある、という監督の意図があるのかしらと思いました。
確かに、辛い経験があるから幸せをかみしめたり、普段優しくて穏やかな人ほど笑って人を刺したりするのかなあ、と。
以前西川監督のインタビューを読んだんですが、少数派である人間を描くことで社会の縮図が見えてくる、的なことをおっしゃっていたんですが、まさにこの映画では(これまでの西川監督の映画では?かしら)そこが見え隠れする。
そしてそういう視点を持って一つの作品を仕上げることが、すばらしきことなのでしょうね。
マイノリティってそこに意識集中するのって、私がこれまで意識的にも無意識的にもマジョリティの側に席を確保してきたからかもしれないけれど、ものすごく体力使うし、それが正しいのかスタミナが保たない(結局体力か。)。
撮影の笠松さんの画が安定感あり過ぎて、それがまたすばらしき世界というピンボケした世界で、ほんと世界ってすばらしくって美しくって、って錯覚させられて役所さんの演技に没入することができました。
最後が正直よくわからなかったんですよね。なんで監督はこういう結末にしたんだろう。誰か意味を教えてください。
#14 タイトルと真逆な世界
塀の外に出たかったのに実際出て見たら以前とは全く違う世界になっていて生きづらさを感じる主人公。
反社会勢力を世の中から排除しても、別の意味で他人を傷つける人はいなくならないし、そういう人たちは法律で縛ることもできない。
真っ直ぐな気持ちを持ちながら幼い頃に受けた心の傷のせいでまともな生き方が出来ない主人公は、一見平和で素晴らしく見える世界では生きていけないのだ。
西川監督作品はいつも社会に対する切り口が鋭いなあ。
あと役所広司さんの九州弁、もっと聞きたいなあ。
役所広司の圧倒的存在感
人生の多くの時間を反社会勢力の組織と刑務所で過ごした三上(役所広司)が刑務所を出て再出発する様を実話を参考に描いた作品。
三上が幼い頃に生き別れとなっている母を探している事を知り、面白そうだとテレビディレクターの男(仲野太賀)とプロデューサーの女(長澤まさみ)が近づき、テレビ番組を作ろうとする。
しかし、困っている人を見ると放っておけない性格で、すぐ暴力で片付けようとするためトラブルを起こしてしまう三上は・・・という話。
これも元暴力団員が刑務所から出て、なかなか社会に馴染めず、という先日観た「ヤクザと家族」の様な作品だが、組に戻ったりせず、保護司や役場の生活保護担当の人などの支援で頑張り、その姿に周りの人達も応援していく所が見所。
仲野太賀、橋爪功、梶芽衣子、六角精児、北村有紀哉ら、出演者が良かった。
それにもまして、主演、役所広司の圧倒的存在感が凄い。純真無垢な心を持ち、世間知らずの子どもみたいな主人公を熱演してて素晴らしかった。
ヤクザと家族観た後に観た
役所広司さんよ
出る映画間違えたな
アナタはヤクザと家族に出るべきだった
主役ではないけどアナタのあるものを限界を超えて出せたはずだ。
本当に悲劇だ
素晴らしき世界を卑下するつもりはないが同時期に配給したらこれはいけなかった
この映画で女子供は泣いてもオッサンは半分くらいしか泣かない
いや悪い映画じゃないんだ
丁寧に作られてるし面白かった
他につまらない映画を数えた方が圧倒的に簡単だ
ただただ、悲劇なんだ
相手の殺気が尋常じゃないんだ
配給会社よ。
どんな期待を持って同時期に似たような部分の多い映画を上映した?
映画に愛を持っているのか?
狭いジャンルで名作と良作をぶつけるな
失礼極まりない
この世が〝すばらしき世界〟かどうかを決めるのはあなたです
エンディングに浮かび上がるタイトル。
『すばらしき世界』
あのラストで、そう来るのか❗️という衝撃。
勿論、解釈は受け手側の自由。
嵐の前に花を摘む障害のある青年の純朴さも事実。
その障害の為に、介護でミスが起きたのも事実。
三上が人を助けようとしたのも事実。
そのための手段が行き過ぎた暴力であったのも事実。
三上が娑婆(一般人の社会)に溶け込もうとするあまり、焦り気味であったのも事実。
ソーシャルワーカー(正式名称として正しいかどうか自信ありませんが)が制度利用にあたり、それなりの段階、手続き(時間)を踏まなければならないというのも事実。
生活保護が制度として必須なのも事実。
生活保護の受益者が社会や世間に対して胸を張れない、肩身の狭い思いをしているも事実。
反社会的勢力の構成員と見做された人が金融機関に新規の口座を作れないのも事実。
人それぞれが〝良かれ〟と思ってしていることが、思いもよらないところで、誰かをスポイルしていたり、傷付けているのも事実。
〝世間〟という視点から見れば、前科者が生きづらいのは事実。
一方で、少数派かも知れないが、偏見に惑わされずに、ひとりの人間として、受け入れようと努力している人たちがいるのも事実。
私たち一人ひとりが〝世間〟の構成員として存在しているのも事実。
身元引受人の弁護士や役所の人やスーパーの店長の側のような人間になれるか、それは自信があるかどうかではなくて、我々の覚悟のほどが一体どれほどのものなのかを問うているのだ。
と宣言されたような映画でした。
全601件中、521~540件目を表示