劇場公開日 2021年2月11日

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「タイトルとは裏腹の「重々しい世界」」すばらしき世界 talkieさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0タイトルとは裏腹の「重々しい世界」

2025年1月17日
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鑑賞方法:DVD/BD

罪を犯してしまった人の立ち直りについては、政府(法務省)も、マスコットキャラクターを作るなど、力を入れています。

「更生ペンギンのホゴちゃんとサラちゃん」がそれで、「立ち直ろうとしている人をいつも温かく見守り、犯罪や非行のない幸せな社会を願う心優しいペンギンです。チャームポイントは胸の「生きるマーク」。更生保護のマスコットキャラクターとして、法務省保護局の公式ツイッターやパンフレットなどの資料に登場したり、各地の“社会を明るくする運動”の行事にも参加するなど、様々な場面で活躍しています。」(法務省ウェブページから引用)

彼・彼女らの更正には、別作品『手紙』(2006年・生野滋朗監督)にも鮮やかな描かれているように、周囲の人々との繋がりと見守りが必要だとは思われるのですけれども。
(そのことは、三上の生活保護の相談に乗っていた市役所の職員・井口からも、図らずも語られたところでした)

しかし、現実は、どうだったのか-。

本作の場合、テレビディレクターの津乃田はともかく、プロデューサーの吉澤は三上の人別帳(の手書きの写し)をネタとして、結局は三上を「取材対象」としてしか見ていなかったようですし、三上の兄弟分の「あきちゃん」こと下稲葉も、渡世人の見栄でしか三上を見ない。

豪勢な料理で三上をもてなすかのように見えても、他に「本業」での用事ができると、何の躊躇もなく三上をさておいて、さっさと出かけてしまう。
(三上には声をかけなかったのは、ようやく出所したばかりの彼をを巻き込みたくないからと弁解したのは、下稲葉の妻が、夫の立場を取り繕っただけだったのだろうという印象が、評論子には捨てきれません。)

むろん、服役のために更新できなかった運転免許証の取り扱いについても、警察は、お世辞にも親身とはいうことができない。

最初は、誤って万引きの嫌疑をかけてしまったスーパーの店長と客という、三上にとっては誠に不本意な間柄ではあったものの、同郷であることが分かり、結果としてはやや親(ちかし)い関係性を築けたといえば、件(くだん)の店長・松本と、最初は取材対象としてしか三上を見ていなかった津乃田が、少しずつながら三上との関係性を築いていったことが、救いといえば救いだったでしょうか。

そう考えると、本作の題名は、かなりの皮肉に満ちみちているというべきだと、評論子は思います。

本作は、評論子が入っている映画サークルが、2017年の年間ベスト作品に選んだ作品でもありました。

犯罪者の社会での更正-その重苦しい現実の一端を見事に浮き彫りにした一本として、その選定に狂いはなく、佳作の評価が相応しい一本だったとも、評論子は思いました。

(追記)
出所にあたって三上は、刑務所の医務官の診察を受けていたはずでしたけれども。
しかし、三上の疾患は、結論から言えば、すっかり見落とされていました。

結局のところ、三上の疾患は、市役所のロビー(?)で倒れたことをきっかけに、救急搬送された病院の検査で判明したようで、そうだとすれば、出所に際しての健康診査で、刑務所の医務官は、何を診ていたのでしょうか。
(問診して血圧を測定する程度の簡単な健康診査だけでは、それも宜(むべ)なるかなとも思いますけれども)

医療体制の面では、その貧弱さが敬遠されてか、医務官(もちろん医師免許が必要)へのなり手が少ないとも聞き及びますけれども。
本作の西川監督は、作品の本筋ではないのではありますが、そんな刑務所の実態にもクギを刺したかったのかも知れないと思いました。

(追記)
お役所の対応は、いわゆる「お役所仕事」として、けんもほろろに描かれがちですけれども。

それでも、本作の市役所職員・井口の対応には、評論子は、感心します。

三上との対応中に、井口に電話がかかってくる。
面倒な対応に困惑する職員は、往々にして、それを口実に接客の場を離れるということが多々ありますけれども。

しかし、本作の井口の対応はどうだったでしょうか。

本当に電話がかかってきたからなのか、同僚職員から声をかけられた井口は振り返るなり「(電話を)折り返します」と端的に切り返して、また三上と正面から向き合っての相談を続ける-。

役所の中では、そこまで一人の対象者に入れ込んでいることを知られるのが憚(はばか)られたのか、わざわざ三上の自宅まで出向いて、介護施設への就職をあっせん。

お役所に、こういう対応のできる職員は、そうは多くはないだろうとも思いました。

(追記)
作中でも、満期釈放になる受刑者の再犯率の高さが津乃田のナレーションて語られていましたけれども。
このままでは、三上も同じ運命を辿るのかと、正直なところ暗澹(あんたん)たる気分で観ていました。

しかし、本作の結末は、また別のところに。

案外、この結末は、結果的には三上にとっては必ずしも不幸な転帰とは言い切れなかったのではないか-評論子は、そんな思いも、どうしても払拭できません。
「暴力では何も解決しない」と言葉では教えられはするものの、その生い立ちから、暴力で問題を解決することしか理解できなかった三上にしてみれば。
(出所者の更生には人と人とのつながりが大切と前記したところではありますが。しかし、人と人との関係か「必要条件」であることは論を俟(ま)たないまでも、ただそれだけで、暴力(犯罪)でしか問題を解決することを知らない本人を果たして(本当に)矯正できるのか―本人の性格や更生に向けた意識・意欲のいかんなど、この問題を解決するための「充分条件」が必ずしも分からないこと。そして、それが出所者の個々人によって区々(まちまち)に異なること―が、この問題の最も難しいところではないでしょうか。)

(追記)
身元引受人の庄司が出所祝い(?)として振る舞ったのは、すき焼きでしたけれども。
ちゃんと牛肉を焼くという料理法でした。
実は、評論子の住む北海道でのすき焼きは、最初からすき焼きダレで牛肉(や野菜)を煮て食べる料理ということにになります。

北海道(旭川)の刑務所で服役していたという三上でしたけれども。

その身元引受人の庄司は、道外(東京?)に住んでいる人だということが、評論子には、すぐに分かりました。

(追記)
刑務所というと、とかく「迷惑施設」と言われがちですけれども。
異常気象の故か、最近は都市防災簿の観点から、その役割が見直されているとも言われます。

建物自体が、無駄に(?)頑丈にできているので被災しづらい/受刑者の運動のため、別作品『塀の中のプレイボール』で「野球ができるほど」という訳でもありませんが、十分に広いグラウンドを備えているので、救援ヘリの発着ポイントとして利用できる/人を閉じ込めておく施設だけあって、災害などで交通が途絶した場合に備えて、最低限の食料がストックされていて、被災者への炊き出しに活用できる。しかも、炊き出しに必要な労働力も豊富にある(おまけに、みんな「通い」ではなく「住み込み」で働いてくれる)

レビュアーの皆様の自宅のお隣にも、いざ災害というときのために、誘致しておいて、ご損はないように思います。

talkie
talkieさんのコメント
2025年1月20日

ゆり。さん、コメント&情報ありがとうございました。
煮るスキヤキが、着々と版図を拡大しつつあることは、北海道人としては嬉しく思います(北海道発祥かどうかは分かりませんが)。
市販のすきやきタレのボトルには、調理法として「肉(と長ネギ)を焼いてから本品を注ぐ」とあるので、その名のとおり肉を焼いて食べる料理であることの命脈は保っているようですが、「美味しければ、煮てもいいじゃん。」というのが北海道人としての偽らざる発想です。
(私の社会人振出の地である北海道旭川市で初めて食べた「焼くスキヤキ」のお店も、たしか本店は京都だったと記憶しています)

talkie
ゆり。さんのコメント
2025年1月19日

talkieさんは細かい所まで見逃さずに考察されるので、勉強になります。
東北でもすき焼きは煮る調理法です。今は千葉に住んでいますが、前に入ったすき焼き食べ放題の店が煮る方式でしたから、関東でも焼かないのが主流になったと考えていいみたいです。肉は牛と豚どちらもありましたが、私は豚の方が美味しいと思ったので豚肉をおかわりしました。

ゆり。
talkieさんのコメント
2025年1月18日

もりのいぶきさん、コメントありがとうございます(いつも、いいね!もありがとうございます)。
北海道以外でも、すき「焼き」ならぬ、すき「煮」で食べている地方があるようで、驚きました。
北海道は基本的に開拓地で、いろいろな地域から、いろいろな習慣をもった人たちが入植してきているので、その中から合理的な習慣だけが生き残って風土になっているようです。
最初に焼いた方が牛肉の香ばしさが立つというのが、すき「焼き」のルーツだと思うのですが「そのまま煮ても、それなりに美味しい」ということになったというのは、いかにも北海道らしい合理的な風土だと思います。
ちなみに…牛肉は高いので、北海道では、豚肉もすき焼きにします(「ぶたすき」と呼んでいます)。

talkie
もりのいぶきさんのコメント
2025年1月17日

talkieさん、お邪魔します。・_・

>北海道でのすき焼きは、最初からすき焼きダレで牛肉(や野菜)を煮て食べる料理ということにになります。

北海道出身でも生活経験者でも無いのですが、私が子供の頃に
食べたすき焼きも、肉や野菜を煮て食べるスタイルでした。

食べながら「これはすき焼きでなくすき煮」と内心思ったような
記憶があります。もちろん、これはこれで美味しかったので何の
不満があったわけでは無いのですが。

作品内容に関係ないコメントですいません。。

もりのいぶき