「ここにリアルを求めたらいけないのだろうか」すばらしき世界 MJさんの映画レビュー(感想・評価)
ここにリアルを求めたらいけないのだろうか
劇場公開はちょうど1年前だったんですね。つい先頃Blu-rayで観ました。
一言で言ってちょっとピンとこなかった。そもそもこれ、ミスキャストなんではないだろうか。
主演の役所広司サンは言わずもがな、そりゃもう誰もが認める名優であって大変お上手なんだけど、彼は言ってみれば優等生。とにかく監督の要望に応える、いや、常にそれ以上の演技をするのでしょう。でもそれは “監督の要望” の延長線上にあって、決してそれを逸脱して突飛なことをするわけでもなく、役所広司はあくまでも役所広司然としているということ。もとより、最近は知性的で地位のある役柄が多く、やはり所作の一つひとつが上品に収まってしまう。その点では「安心して見ていられる」のだけれど反面、残念ながらそこにハラハラするようなスリルはない。
また、思い出したように取って付けた付け焼刃的なシーンが多く、無駄や無理も目立つ。
「そうか、ここはかっとなってチンピラに絡むんだっけ」とか「ここは声を荒げて怒鳴るんだっけ」とかいうように、「本当は優しいキャラ」という設定においてはそれぞれが不自然で唐突に映る。
「母探し」も何か本筋からは浮いているし、教習所のシーンもただ滑稽でしかない。車の運転は、例え10年15年のブランクがあっても忘れないものだ。この場合、脱輪に自らイラっとして(腕が鈍っているとか、いささか不甲斐なく思える自分に対して)、八つ当たり的に車を蹴飛ばすくらいの方が流れとしては納得ができる。
とにかく主人公においてはもっともっと様々な葛藤があるはず。挫折感、疎外感、絶望感、あるいはそれに対する開き直りやジレンマ。自暴自棄になることだって多々あるだろう。
映画では描かれていないが、例えば「出所したらおいで」と言ってくれていた友人や知人が居たとして、いざ実際にその場になってみれば何かと理由をつけて拒まれ忌避され、そうして裏切られる。結局受け入れてくれるのは同じ釜の飯を食ったムショ仲間。それが世の中の常道である。
外に出れば腫れ物に触るようなよそよそしい周囲の目、そして直面する差別。
また「母親探し」をネタに接触をしてくるテレビ局やマスコミ。本来テレビ局なんていうのはそれこそヤクザな存在で、主人公の三上正夫をとことん食い物にしてやろうとあの手この手を弄して執拗に付きまとい、実に無遠慮で狡猾極まりないもののはずである。決して長澤まさみ演じるプロデューサーのような可愛げはない。
一方、捨てる神あれば拾う神あり。親身になってくれる弁護士夫婦然り、若手ディレクターの津乃田(仲野太賀)などがその役回りなのかもしれないが、この場合、スーパーの店長(?)は不要で、例えばそれが介護施設の所長だったりした方が現実味があったのかもしれない。
何れにせよ、そうした紆余曲折をリアルに、「明」と「暗」とを鮮明に描き分けた方が映画、物語としての説得力があったように思う。
この映画の本題は、こうした主人公の境遇を、主人公自身がいかに乗り越えて克服して行くかにあるのだろうから。
また元来、主人公はもっとがさつで不器用で、言わば品性に劣る粗野な面があるはずだ。いみじくも原作者の佐木隆三が言ったのかどうか「横山やすし」とは言い得て妙だが、まさにあのイメージなのだろう。
例えば主人公の三上正夫にはむしろ香川照之あたりを据えた方が良かったかもしれない。彼の「怪演」にはすさまじいものがある。随分とスリリングで面白い作品に仕上がったのではないだろうか。
ここで結論を言えば、本作は業界人に持ち上げられただけのマスターベーション的な作品にしか思えないし、演出が上手いとは言い難く、もとより取材が不充分で練りが足りない。仮に丹念な取材を重ねたとするなら、消化不足とともに思慮不足であるのは否めない。
オフィシャルのホームページを見れば著名人の美辞麗句にちりばめられたコメントの数々が見られるが、そりゃ “お仲間” としてコメントを求められた側からはネガティブなことは書けないでしょう。どなたかが「役所広司×西川美和?そんなの傑作になるに決まってるじゃん」などと仰っていたが、それもあなた達にとってはね。(例え本心ではないとしても、忖度することが美徳であり、それが不文律となっている世界なので。)
さておき、過激な表現を避け、最大公約数的に無難なところで「こんなもん」と手打ちをして自画自賛。業界内では仲良し小良し、お約束の “予定調和” にさえ思える。
結果、シリアスなドラマでもなく、かと言ってエンターテインメントにも収まってはいない、実に生ぬるい中途半端な作品になってしまっている。
どうせならとことん醜態を曝して “本当の意味での”『問題作』として話題に上るくらいの方がインパクトがあって良いのでは?
本作で評価できるとすれば皮肉を込めた『すばらしき世界』というタイトルと映像に見る画面構成、そして丁寧なカメラワークというところだろうか。
西川美和監督の「ゆれる」もいまいちピンと来なかったが、同監督作品では唯一「ディア・ドクター」が良かっただけに非常に残念である。今後に期待。
従って、テーマを考えさせるに及ばず、それ以前にせっかくの逸材をこんな料理の仕方で良いのだろうかと考えさせられた作品で、勿論、印象には残っているが故のこうしたレビューではあるけれど、「もう一度観たい」とは思わせてくれなかった。