「伝統という息苦しさ」ダンサー そして私たちは踊った sankouさんの映画レビュー(感想・評価)
伝統という息苦しさ
ジョージアダンスは上下の屈伸運動と膝を使った回転などの激しい動きが特徴で、バレエのような優雅さもありながら非常にダイナミックなダンスだ。
ジョージアダンス自体は知っていたけれど、深い知識はなかったので色々と考えさせられる内容だった。
冒頭で舞踊団のコーチが「ジョージアダンスにはセックスの介入する要素はない」とメラブに言うが、とにかく釘のように硬く鋭く男らしさを追及した動きが求められているのだと分かる。
メイン団という上のレベルの団体に所属出来れば、ダンスだけで生きていけるのだろうが、メラブはレストランのバイトをしないと生活することは出来ない。
客の食べ残しを持ち帰って夕食にするなど、あまり裕福な生活ではないのと、彼の家族が色々とトラブルを起こす人達であることが分かる。
ある日突然舞踊団に新人として現れたイラクリは身体能力が高く、あっという間にメラブからダンスのパートナーを奪ってしまう。
メラブが物心ついた時からダンスに明け暮れていたのに対して、イラクリは13歳になってからダンスを始めた。このことからもコーチはメラブに「お前はこの舞踊に向いてない」と何かと冷たく当たる。
そして、メラブの父親もかつてはジョージアダンサーだったが、今では市場で落ちぶれた生活をしており、メラブにダンサーとして生きることがいかに虚しいことかを説く。
メラブにとっては目の敵であるイラクリだが、自主練で顔を合わすうちに徐々に打ち解けていく。
そしてメイン団に欠員が出たために一人だけ審査に合格すれば入団できるという知らせが入る。審査対象に選ばれたメラブとイラクリは一つの席を巡ってライバルでもありながらお互いを励まし合って練習に臨む。
実はメイン団の欠員の原因は、ある一人の団員がゲイ疑惑でリンチを受けたからだという。
女性ダンサー達の「彼、修道院に入れられたんだって」「どうして?」「正常に戻すためじゃない」というやり取りが色々と先の展開を暗示しているのと、ジョージアにおいては同性愛に関してまだまだ偏見があるのだと思わせる。
予感はしていたが、メラブはイラクリに対して友情以上の感情を持つことになる。そして彼らが二人きりになった時にお互いがお互いを求めていたことを知り、彼らは関係を持つ。
そこから徐々に歯車が狂いだす。兄のせいでレストランの仕事を失ってしまった彼はイラクリと連絡を取ろうとするが、何故か繋がらない。
心の隙間を埋めるために彼はバスで見かけたゲイの男と夜の街に繰り出す。
酒のせいで重たい体を上手く使いこなせなかったメラブは、稽古中に足を捻挫してしまう。恋人でもあるマリーが彼の足を冷やして看護するが、イラクリからの電話に飛び付いた彼の姿を見て彼との関係性を察する。
案の定団員にも前夜の一部始終がバレていて、ゲイであることをからかわれたメラブは団員に殴りかかっていく。
「気づいてあげられなくてごめん」とメラブの肩を抱くマリーの姿がとても健気だった。
話はさらに展開して、メラブの兄が団員の女性を妊娠させてしまったことから、責任を取って結婚することになる。
この映画を観る限りジョージアでは家族の結び付きが強いと思われる反面、とても窮屈で世間体というものを日本以上に気にするのだと思った。
兄ダヴィドが結婚するのも半分は世間体を気にしてのことだと思う。色々と家族に振り回されるメラブも、家から出ていって一人で生活すればいいのにと思ってしまうが彼がいないと家族も生活が出来ないから無理なのだろう。
久しぶりに再会したイラクリも、父親が危篤で母親を支えられるのは自分しかいないので、故郷で結婚することにしたとメラブに告げる。
失意のうちに部屋に飾ってあるダンス関連のポスターを剥がすメラブ。(『千と千尋の神隠し』のポスターだけ剥がさなかったのは監督の好みもあるのかも)
ゲイであることを受け入れられないこの国と、繊細な表現を排除するこの国のダンス。初めてダヴィドはメラブに寄り添い、「お前は何と言われようと俺より才能がある。この国を出るんだ。この国に未来はない」と告げる。
ダンス審査の日にメラブはジョージアダンスを否定するような繊細で妖艶な動きを入れて挑発する。最後に彼はジョージアダンスの伝統的な衣装を脱ぎ捨て稽古場を去っていく。
全体的な感想としては、現状のジョージアという国に対する強い批判を感じた。
「ジョージアダンスに弱さはいらない」というコーチの言葉がとても残酷に聞こえたのは、単に動きのダイナミックさのことだけでなく、順風満帆な時はいいが、一度何かに躓いてしまったら、もうその人間は必要ないと言っているようでもあったから。
伝統というのはとても誇らしいものでもあるが、それは何かを縛り付けることでもある。
ジョージアの国の事情はほとんど知らないが、とても保守的な面もあるのかなと感じた。