「ささやかで慎ましい人生」マロナの幻想的な物語り 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
ささやかで慎ましい人生
犬を飼う人は犬が齎す幸福感を享受し、犬の世話をする義務を引き受ける。人間は勝手だから犬に飽きて幸福感が減って犬の世話をする煩わしさの割合が増えると、犬を誰かに譲ったり、そのへんに捨てたりする。しかし大抵の飼い主は犬によって脳内に増加したオキシトシンの働きによって、犬の世話をすること自体も幸せに感じるようになる。それが犬を飼う醍醐味なのだと思う。
本作品は擬人化された犬のモノローグ映画という珍しい作品で、主人公の雌犬マロナは、犬にとって何が幸せかをいろいろな場面で話して聞かせてくれる。動物学的な見解とは乖離しているが、その世界観は豊かで非常に美しい。ときに太陽系全体を見せられ、ときにミクロの世界を見せられる。想像力はどこまでも広がり、映像は凄くきれいである。
人間は愚かで不完全で移ろいやすい。マロナは犬だから飼い主のすべてを許す。捨てられても傷つけられても、マロナが人を傷つけることはない。理不尽な猫の怒りは理解できないが、柳に風と受け流す。諸行無常のこの世の中で何人かの飼い主と出逢い、そして別れる。マロナにとってそのすべてが肯定されるべき邂逅なのだ。
最後にはマロナが犬ではなく、かつて存在した聖人のひとりに見えてくる。そうか、これは犬の物語ではなく人の歴史、そして地球の歴史なのだ。無名の犬、無名の聖人、ささやかで慎ましい人生。とても美しい作品だった。
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