劇場版「鬼滅の刃」無限列車編のレビュー・感想・評価
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満足感の高さが、映画としての欠損を覆い隠している
動く列車を舞台とした活劇というのは、カメラの置き所が難しいものです。
カメラを車内に据えれば、ただ室内で戦っているに過ぎなくなりますし、
車外での描写に終始すれば、列車である必然性が希薄になってしまう。
本作では車外に据えたカメラから車内を想起させるという演出が取られていて、走る列車から伊之助が顔を出すシーンや、禰豆子の危機に駆けつける善逸の描写など、「外から見た『車内』の想起」という手法に工夫が見られました。特に後者、原作では善逸が禰豆子の前にカットインしてくるだけのシーンを、アニメオリジナルの演出で膨らませている。電瞬の速さで車内を移動しているであろう善逸の迸る雷光が列車の窓を次々と震わせる・・観客は車外からの視点で列車のスピード感を感じつつも、それ以上の速度で疾駆する善逸を同時に想起し、より強いドライブ感を得るわけです。この辺はさすがufotableですね。
で、今更ですが本作は原作のエピソードを劇場版としてそのまま扱うという、アニメ映画としては極めて異例な(TVだけ見てる人には話に穴があいてしまう)体裁を取っています。そしてそれゆえに映画としての(脚本的)完成度は低いです。
杏寿郎vs猗窩座(あかざ)こそが本作のメインであり、観客はそのごちそうの期待感があるからこそ、やや平板な前半戦を行儀よく見る、という作法を守れる訳ですね。
さてその猗窩座と杏寿郎の戦闘は・・これはまあ、多くを語るのも野暮というもの。
「俺は俺の責務を全うする!!」
今、リアルでこのセリフを言える人がどれだけいるでしょうか。おふざけではなく、命をかけて、という意味で。「鬼滅の刃」は美麗な作画や壮大な楽曲に目がいきがちですが、原作からの「言葉のチョイス」が実は極めて巧みなんです。
本作の構図は、初の柱との共同ミッションでいきなりその柱が死ぬという、「鬼滅隊の柱<上弦の鬼」の力関係を語るものとなっており、そこだけを抜き出せば杏寿郎はやられ役の業を背負わされている。にもかかわらず、見て分かる通り、その「やられ役」という印象が綺麗に消えているんです。
誰も杏寿郎を出落ちのやられキャラとは思わない。凡百の作品なら、そう思われても仕方がない構図なのに、それがそうはなっていない。杏寿郎の覚悟の言葉の数々、炭治郎の逃げる猗窩座へむけた心の叫び、回想に現れる杏寿郎の母親の台詞・・これらを丁寧に積み重ねる事で全ての意味が逆転し、「柱の精神>上弦の鬼」という印象づけに成功している。
少なくとも、読後感はそうなっている。
これはちょっと凄い事ですよ。そうそう他の作品ではみられない。
個人的な見解を言ってしまえば、ストーリーの骨格やバトル描写だけならば、「鬼滅の刃」はそこまで突出した作品とは思えないのですが、それがここまで商業的成功をする・・その要因として、原作者の吾峠さんが紡ぐ言葉の力、スクリプトの魔力とでも言うものが少なからずあるのかもしれない。そんな事を考えさせられる劇場版でした。
最後に、大画面で見る「奥義 煉獄」。眼福でした。
あと吾峠さんの描くお母さんキャラってずるくないですか?
あんなお母さん出てきたら普通泣きますよね。
鬼との闘い
映画一回目。
鬼という不条理の、それも突然の強大な暴力によって愛すべき家族を一夜にして失ってしまった炭治郎という少年の選択(一介の炭焼きから訓練を経て超人少年剣士へ)をまず理解する必要はある。コミック版、もしくはAmazonプライムやFODなどのTVアニメ全エピソードを見てから観るのがベストな選択なのだろうが、見てなくともある程度は楽しめると思われる。私はアニメ第一話のみ見ただけで映画版を鑑賞しました。(映画版をいきなり見たけど何が面白いのかわからなくて私に聞いてきた人もいます)
夢を見ることの価値をちゃんと描いている一方で、夢に逃げ込んでいるだけでは自分さえも守れないことを示した秀作になっている。漫画の世界ではあるけれど、目覚めろ炭治郎、ほかのだれかひとりでも!と呼びかけたくなる展開なのだ。
よく言われる様に本編は、TVアニメの続きだ。列車に飛び乗ってほぼ列車の近辺だけで完結する。
この作品は、単純な鬼退治の話ではないと思う。
当たり前だが、桃太郎、新撰組などの日本的な古典はベースにあると思われる。嫌いな人には、暴力的表現が多いので暴力を増長するのではないかとの懸念もあるだろうが、きちんと生死のありがたみ、悲しみ、痛みを描いていると私は感じた。
とことん漫画的なキャラクターであるさまざまな種類の鬼がでてくる。主人公の炭治郎、半鬼の禰󠄀豆子、文盲であるが超人的身体能力をもつ伊之助、気弱でバカすぎる善逸などの特殊な能力と性格に思わず笑ってしまう。
多分、コロナ禍のこの時代に必要とされるのは、漫画的なエネルギーなのだろう。昔否定してしまった自分を肯定できる映画にようやく巡り合った気もする。(もちろん三密を避けるとかマスクを忘れないとか医療従事者につねに感謝するとかを守りながらなんとかやってゆくしかない)
漫画、アニメという表現の自由さによって、そしてコロナの時代に生まれたことによってこの作品は稀有な力を得たようにおもう。
原作の最終回をあっさり終わらせてしまったことも好感は持てる。
私は遅ればせながら、この「鬼滅の-」世界を知りどこか懐かしさをも感じさせるストーリー展開やキャラクターたちに自己投影や現実投影をしている自分を見た。
全体的に血なまぐさく、漫画的な動きや展開が多い。一部、野暮ったい心理描写(心の声)やストーリー進行を感じるものの、徐々に面白さにハマってゆく。
匂いと音に敏感になり、炭治郎に同化し、顔が猪の猪之助にさえ応援してしまう自分がいる。
映画版には、鬼の血液を採取して、鬼と対抗しようとする美人医者と少年の鬼コンビはでてこなかったが、やはり、原作コミックかTVアニメは一通り一回は見るべきだと思う。いいエピソードがたくさんある。
私はまだTVアニメシリーズを見始めたばかりなので、時間はかかるが生きる気力を思い出してゆくだろう。アニメを全て見終わったら映画版をまた観ることになるだろう。
●二回目を2020.2.10に見る。IMAXにて。
Amazonプライムで、全てのアニメシリーズを見終わって、しばらくたってからの、IMAX。
なんと二子玉川は、まだまだお客さんが入っておられました。
IMAXは、なんといっても迫力があり、ここで見て良かったと本当に思いました。
アニメシリーズを全てみて、映画二回目の私には、映画単体としては比較的単純な話だと思う。
しかし、四人の剣士が夢から目覚め、乗客の命を守りながら走っている列車そのものと闘うまでの展開などよくできている。とにかく迫力がある。
汽車がめちゃくちゃになり、全て終わったはずのもうすぐ夜明けの時間。
どーんと怒涛の第二部が始まってしまう。
初めての上弦の鬼で、しかも参で、徒手空拳のみの闘いというあまりにもストレートな鬼。
これとアニキが闘うのは、たしかにハマる。
二度三度見る人がいるのもわかります。改めてIMAXで見て、映像表現のクオリティはかなり高いし、声優陣も力が入っているのもわかるし、いわゆる弛んでいるところがほぼない。
私は鬼滅のコアなファンではないが、できたら、もう一度見たい。
人生でなかなか出会えない作品です
この先、こんな作品に出会える日がくるのだろうかと思う映画でした。
観終わったあと、湧き上がる感情が抑えられず言葉にならなくなるなんて、想像もしていませんでした。
物語の最後、とてつもなく悲しい事が起こります。でもだからこそ伝わることがあり、命懸けで受け継がれる事とはどう言うことなのか知ることができました。
煉獄杏寿郎が実在の人物であったかのような錯覚をするほど、映画を観たあとでも悲しみが押し寄せる瞬間がありますが、その悲しみ以上に煉獄さんの志しに胸打たれて熱くなります。
できる限りたくさんの方に観ていただきたいです。
原作知らないからか・・?
2つの話が、関連性も無く、ぶつ切りでくっついてるような内容だと思った。何だかもったいないなぁと思ってしまった。
原作があるみたいだから、原作に口出しすることになってしまってあれだけど、1つ目の方をもっと展開に深みや広がりを出して、鬼をやっつけたと思ったら、実はまだ生きてて復活して、ハラハラドキドキという展開とか、せっかく夢の中に入るという内容なら、もっと深みや広がりを持たせられる内容になるのになと思ってしまったり、又は鬼は鬼で人の夢を作り出すのは、実は鬼の夢にも何か深い理由があったりとか、流行ってるからこその理由が何かあるのかと、期待してしまった。。。
又は1つ目の内容の中に、もう少し2つ目に続く伏線を張っておいて、2つ目の話の中で、そう来たか~っ!って思うような内容なら、つながるのにと思った。
原作知らないからなおさらだけど、残り20分~30分どうなるかなと思ったら、別の話になってしまって、何だかとても残念だった。
煉獄さん、とても良かったです
映画がアニメの続きとのことだったので、アニメを全部見終えて見に行きました。
初めて映画で見た人も面白いと聞くけれど、やはり内容を知ってる方がより楽しめると思います。
今回は煉獄さんが主役なの?と言うくらいの大活躍!熱く、まっすぐで、思いやりがあって、何より強い‼️
走っているSLの中での鬼との戦い、迫力があって手に汗握りました。ちょっとAKIRAを思い出しました。
ちょっとした隙に助けるシーンとかかっこいいです。
楽しい夢の中に閉じ込められて、炭治郎のそこからの覚醒にドキドキして、無意識はとても美しかった。
最後の結末には泣けてしまいました😭
えー、そんなことになるの?
続きが気になります…。
何故ここまで高評価なの…?
流行ってるから観に行こう!…なノリなら
観に行かない方がいいと思います。
原作未読のアニメ視聴済です。
評判の良さに期待があがっていたのもありますが、
エンドロールまで観て唖然…えっこれ映画ですか?
ufotableさん映像は、アニメ同様美しかった。
声優さんの演技も素敵でした。
なのに、なんだろうこのぶつ切り感。
無限列車の魘夢の話までは良かったのに
猗窩座さんの登場。
何故いきなり登場?
せめて冒頭で、登場のフラグあればまだしも
唐突すぎて、置いてけぼり。
そして、煉獄さんの見せ場だから分かるけど、
炭治郎よ、重症すぎません?
那田蜘蛛山編の時、考えたら呆気なさすぎるし
ご都合主義。
煉獄さんの言っている重みは理解できるけれども、
こう…なんだろう感情移入ができない。
煉獄さんの背景を考えたら、良いお話なのになんなんだろう…。
猗窩座さんの登場でお涙頂戴にしているように、
みえて冷めてしまいます。
そして、終わり方。
原作通りで
炭治郎達の成長へのエピソードとして
素敵なんだけれど、映画として
子どもファンが多い作品なのに
この最後はどうなんでしょう。
そこもすごくガッカリです。
コロナ禍での映画業界の大貢献は
ほんっとに素晴らしいと思いますが、
映画として評価されるのは首を傾げます。
原作読んでいると、また違うのだろうか。
これから海外でも放映されるとのことですが、
どんな評価をうけるのだろう…。
原作未読の初心者に配慮がないがそれでも面白い
ジャンプで最終話まで読んでるので結末まで知ってる身からすると面白いと思いますが、原作未読、アニメすら見てない人には説明不足すぎるとは思います
特にレビューを見てても、アカザが来た理由や煉獄父がやる気を失った理由なんかがまったく映画だと言及されていないのでしっくりこないかもしれません
原作だと無限列車編はこのあと炭治郎は煉獄家に行き、アカザは無惨に叱責されるところまであるんですが、映画のラストで煉獄を殺したアカザが無惨に叱られて終わるんじゃ後味が悪いのでそこをカットするのは仕方ないのかもしれないですが、映画として作品を仕上げるにはカットされたエピソードも必要だったのかと思います。
千と千尋を超えて日本1の映画になることはほぼ確定事項なので、この映画だけで1エピソードが完結するようなロングバージョンの特別版なんかもあるといいですね
煉獄編
テレビアニメの続きであるこの映画のストーリーは鬼殺隊四人と鬼化した妹が列車上で鬼退治をしました。というわかりやすいストーリーです。主人公が水の呼吸壱の型と叫んで日輪刀を振ると水龍が走ります。どういう仕組みなのか、オーラか波紋かなどと考え過ぎてはいけません。戦闘シーンはよくできていてかっこいいので、それを大画面で見られたのはよかった。背景もすばらしく、テレビアニメの続編として自分は楽しく見ることができましたので、実写化などと言わずさらなる続きをテレビアニメ化して見せてもらいたいです。主人公は出来すぎなので、今後の黄色い電気の人の成長が楽しみです。
THE シンプルで感動的王道ストーリー
原作5巻程度止まり、アニメはこの前放送された総集編で初観賞。
社会現象なっていて、彼方此方鬼滅の話題で大盛り上がりで観賞した8割が「映画で初めて号泣した」や「史上最高の映画」など多く見られたので興味本位で見に行くことに。
これでハマったら漫画買っちゃうんだろうなぁーと思いつつ、期待して比較的空いてる時間帯を狙ってソーシャルディスタンスも取りつつ観賞しました。
んーーーー
ハッキリ言ってしまえば普通!!!
スピード重視だったのかな??感情移入する時間もなかったし、泣きはしなかったけど感動はしたし、戦闘描写はアニメでここまで表現出来るんだと思ったし、音楽も壮大感があって良かったよ!!
けどいくつか腑に落ちない点がちらほら。
①上弦の参の猗窩座
ここまで行動と感情が正反対な奴は初めて見たよ。。
煉獄とは初対面でしょ??
あそこまで煉獄に執着する理由なんなの?
それに腹貫けさせといてめちゃくちゃ焦って相手の死を心配したり、既に朝日が近いって分かってるはずなのに何故来たの???
正直言って要らなくね?って思ってしまった。
②煉獄について
これは初見の人から見ても煉獄という人物の物語なんだなと思ってた。
だからこそ煉獄の父との確執が取れないまま終わってしまったので、そこを放ったらかしたままなの!!?
後々原作を知ってる友人に聞いたらその後の話でちゃんと描かれるって笑
おいおい笑
これが煉獄の物語ならそこまで描くべきじゃないのだろうか。
申し訳ないが、ラストのラストの竈門の泣いてる描写は蛇足感があったので、そっちを描いて欲しかったよ。
多分そっちの方が煉獄に感情移入が出来て泣けたと思う。
③音楽とセリフの釣り合いが合っていない
壮大過ぎてキャラが技名を言うところが殆ど何て言ってるのか聞き取れなかった。
ただえさえキャラ名が難しいのに、技名も結構凝ってるのにせめて字幕があった方が良かったんじゃないかって。。
個人的には最高の映画とは程遠いし、それならもっと感動的で泣ける映画があるからやっぱり面白いかつまらないなんてその人次第であってそのことに対して「人生損してる」、「価値観が無い」なんて過剰に反応して言ってくる時点でその時の時間分の人生を損していて、価値もくそったれも無い。
鬼滅が好きでも鬼滅から何も学んでないってことになるね。
愚痴になってしまったが、今の時代にぴったりじゃないのかな?笑
TVでもやってたが、最近の若者は難解な話や2時間程度の映画をまともに見れないらしいじゃん?
そういう人達なら全然面白いと思うし楽しめるんじゃないかな?
けど今後もこういうシンプル且つ王道的な話の映画しか作らなくなってきてしまうと思うと映画好きからしたら心寂しいって思ってしまった。
そういう色々と考えさせられる映画でした。
※個人の見解です。
よかったけど…
内容については既に漫画で読んでるし、結末も知ってるからなぁ…と観に行くのを渋っていましたが友達に誘われて観に行った結果、ハンカチを持って行かずに行ったことを後悔しました。
シリアスなシーンが多めだけれど、ちゃんとギャグシーンも合間に入れてきていて十分楽しめました。
絵も声優さんの声も、全てに力を入れている感じがして良かったです。
ただ一つ、BGMが大きすぎてキャラクターの声が聞こえず何を言っているのかわからないシーンが所々…
原作を読んでいる人なら何と言ってるのかは分かると思いますが初見の人だと聞き取るのが厳しいのでは…
いいけど まあふつうでしたね・と思った話をします。
なぜか敵の鬼が、その首切っても死なないよ もう僕は列車とドウカしちゃってるからね〜・て親切に白状しちゃうの、ホントどうかしちゃってると思いました。
お子さま向け説明ですかね、でもそこを折り込むとしてもコレ 観客ナメてますよね、て感じです。
熱烈ファンはここ好意的にスルーなんでしょうけど そんな都合いいわきゃないと思ってます、説明してるか説明してないかと云えば間違いなく前者なので 映画の演出としては落ちるわけです。
あと炎柱死んじゃうとこ? まあ なんというか、主要人気キャラを「死」でもって退場させちゃうことで涙を誘う演出は極めて王道で、なので「ふつう」でしたね。
キャラクターが死んでショック・なんてのは人の心を動かす方法としては安易なんです、死んだら悲しいの当たり前ですからね。
しかも敵に大した設定がない。 この映画の前に登場してた蜘蛛の子のように、鬼になった側にも人生があってそれなりに説得力があると怖さも深みも増していいと思うんですが なんでもない、今回はただ悪を悪としてしか描いてない感が残りました。
たとえ次回の伏線になるかもしれないとしても・です。 気力を失くした炎柱の父親の経緯と併せてこの先何かあるかもしれませんが、でもこの映画のみで云うならそこにドラマはなかった。
後半登場した格上の鬼は 前半の夢オチ鬼とは無縁で、でも意外と、人間の命の虚しさの本質をついててやや期待もてたのですが、結局は朝までしゃべり続けただけで、ふりかえると ただ炎柱が退場するためだけに登場した、そんなやり方あるかよ? と思ってしまいました、残念でしたね。 てなわけでふつうによかったです、よかったんですよ ふつうにね。
・
煉獄杏寿郎の言葉と生き様に胸打たれる。
漫画をすべて読んだ上での鑑賞。
まず、映像について、漫画を映像にしたときに、思っていた以上に戦闘シーンが映像映えしていてとても良かった。作画がとても丁寧にされていて、漫画の雰囲気を壊さないという意味も含めてアニメとして完成度が高かった。特に炎の呼吸は見ごたえがあった。
煉獄杏寿郎の名言が胸に突き刺さる。
「心を燃やせ」
「老いることも、死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。老いるからこそ、死ぬからこそ、堪らなく愛おしく、尊いのだ。俺はいかなる理由があろうとも鬼にならない。」
煉獄杏寿郎の正義感や最後まで皆を守ろうとする責任感に、尊敬の念を禁じ得ない。
実際の世の中にも煉獄杏寿郎のような自己犠牲をできてしまう人が稀にいて、自分はちっぽけだなぁと思うことがある。他人のためにどうしてそこまでできるのか、煉獄杏寿郎が夢の中で見た過去の人生の歩みを見て少しわかったような気がした。
自分にはできない煉獄杏寿郎の生き方にいろいろ考えされせられた映画でした。
気が早いですが、次映画化するとしたら猗窩座と炭治郎・義勇の戦いの映画を見たいです。
前情報なしで鑑賞
1ヶ月遅れで鑑賞。
1ヶ月遅れで、レイトショーで見たので空いているかと思いきや、まぁまぁひと入ってる。
すごい。。。興行収入はアナ雪を抜いて千と千尋を抜かしそうなとろこまできているとか…!
アニメは見ていたので、これまでの流れは把握済み。
さすがにアニメ見てないひとはついていけないと思う。
炭治郎たちはなにと戦っているのか、全集中の呼吸とはなにかの説明は特に無しなので。
本当にアニメからきれいに続いてて、見やすかった。
初めての十二鬼月の鬼との戦い。
夢を操る鬼で、夢の世界からの脱出は夢の中で死ななければならず炭治郎が自分の首を何度も、何度も自分で切り落とし、なかなか子どもが見るにはえぐいとは思った。なるほどのPG12。
そして、柱の煉獄さんの指示のもと、炭治郎たちは3人プラスねずこでやっとのやっとで戦いに勝利する。
これでハッピーエンドかと思いきや何故か上弦の鬼が、やってくる。
ヘトヘトでもう戦えない炭治郎たちをよそに煉獄さんが戦う。
炭治郎たちは2人の戦いを目で追うこともできない。
柱と上弦の鬼の強さに戦慄する。
ベジータを倒したあとフリーザがきて、ベジータが震えてたのを思い出した。
そしてその戦いの最中、物語後半、煉獄さんは戦いの中で死んでしまう。。。。😭
鬼滅の刃を見ててなかなか推しキャラが見つからず煉獄さんが上昇してたのに、まさかの死…!
アニメの最後の数話出て映画に出てもう死んじゃうんですか!
(映画を見た日の数日後が煉獄さんの命日だったらしくTwitterで追悼メッセージが流れててトレンド入りしてて危うくネタバレするとこでした)
アニメを見てて、えっ、死んじゃうの、聞いてないと思ったのはなかなか初めて。展開はやい。
煉獄さんが死んじゃってからのテーマ曲の炎は心にささる😭
まだやらなきゃいけないことあったはずなのに。
このあとどうなるのー炭治郎たち弱すぎるけどどうなるのー。
衝撃の映像美、内容が濃いストーリー、漢・煉獄杏寿郎
とにかく映像が綺麗、特に背景などが綺麗で登場するキャラクターとマッチしている。
ストーリーが丁寧に描かれていて面白い。炭治郎の夢のシーンは内容が本当に濃くてすごかった。炭治郎が夢の中で自分の首を切って現実世界に戻るシーンは少し驚いた。無限列車での下弦の壱との戦いも迫力があったがなんといっても見どころは煉獄さんvs上弦の参のあかざとの戦い。煉獄さんの「炎の呼吸」がとても派手でとても綺麗でとてもかっこよかった。「炎の呼吸」はかなり細かいのでかなりの調整がかかっていたと思うがアレを作りあげた製作者さんには脱帽である。そして最後、煉獄さんがあかざの首を半分まで切ったところでは思わず煉獄さんを応援した。結果としてあかざには逃げられ、煉獄さんは死んでしまったが煉獄さんの考え方はとても共感できるものだと思った。最後のシーンはとても切なかった。
あっという間の2時間だった。スクリーンに引き込まれていた。ここまで夢中になった映画はそうない。
Fateと比べると・・・
自分はコロナを警戒して公開からひと月空いた平日昼の、閑散とした劇場でゆったりと見させてもらった
公開当日は満席の劇場の中で多くの人の感動の涙が流した事だろう
しかし私は、エンドロールが終わった後、なんとも言えない肩透かし感に疑問符を浮かべながら劇場を後にした
最初に言う、同会社がほぼ同時期に公開したFateHFが99点なら、この映画は70点をつけざるをえないと
決してつまらなかった訳では無いし、払った金額以上の価値はあったから不満がある訳でもない
ただ純然たる事実として、話が浅かった
Fateにはテーマがあった、「正義の味方から悪に染まった恋人の味方になる」というこれ以上無いくらい重厚なテーマがあったからこそ、見終わった後の余韻は抜け殻のようで、視聴に全神経を注いだ反動に疲労した
だけど鬼滅にはそれが無い
何故なら無限列車の主人公は竈門炭治郎では無く煉獄杏寿郎だったからだ
三部構成の中盤までは炭治郎の視点で炭治郎の物語で進んでいく
炭治郎の回想では感情移入し、「炭治郎の人の痛みが分かるこそ多くの物を背負ってきた」キャラクター性を理解し、だからこそ涙腺が緩んだ
だけど猗窩座が現れてからの終盤に、突如として、主人公は煉獄杏寿郎に変わる
そこからは杏寿郎をいかに綺麗に死なせるかの物語だった
薄っぺらい回想に、なんの説得力も無い言葉
「強い者は弱い者を守る」と言った母親の言葉には何の説得力もなく、私は脳みそお花畑の毒親の哀れな洗脳教育のせいで、漫画然とした天然で裏表の無い「欠陥」した人間になったのかと、その描写の薄っぺらさが虚仮にしか見えなかった
Fateにも同じように「欠陥」していて、自己犠牲が大好きな主人公がいた
だけど彼の行動の「根拠」となる「約束」は、納得するに足る深みがあり、綺麗事では終わらない、人に感動を与えるに足る美しさがあった
だからこそ、自己犠牲を肯定する事に疑問など感じず、すんなりと主人公の人間性を理解し、感情移入する事が出来た
だけど煉獄杏寿郎にはそれが無い、親の呪いのような洗脳が原動力となり、師や理想とする物は何も描かれず、どう見ても欠陥した人間であるのに、その癖鬼に人間らしさとは何かを語る皮肉さだ
だから私は煉獄杏寿郎が死んだ時も殆ど同情なんて感じなかったし、接した時間で言えば一晩の付き合いである炭治郎達も大して変わらないのに、どうしてあそこまで号泣しているのかも分からない
善逸にいたっては殆ど寝ていて猗窩座という脅威から命を拾ったという実感も薄い筈なのに泣く理由が分からない
そもそもだ、彼等は鬼殺隊という一介の「戦士」であり
愛する者や同僚の死を経験している人間だ
そんな彼等が、戦場で命を落とした上官に涙するのは「覚悟」が足りないと言わざるをえない
戦闘が終わって気が抜けたという演出であるのだろうけど、それでも普通の戦士は戦場で泣かないし、そこにはリアリティが無い
普通は「次は自分かもしれない」「もっと強くなっていれば良かった」「あんたの事は忘れない」であって「強くなりたい」は矛盾している、なぜなら彼等は既に戦場に立っていて、敵は強くなってくれるのを待ってくれないのだから
彼等はまだ子供で思慮が浅い、呼吸が使えるから鬼と戦っているに過ぎない、エヴァと同じで子供しか戦えない世界だから子供ながらに戦っているのかと思わされるし
炭治郎に至ってはそういった覚悟が足りないから腹を刺されて、その結果として煉獄対猗窩座の対決を伏して傍観するしか出来なかった
その事に対して炭治郎は自分の覚悟の無さを悔いるべきだったと思うし、代償としての煉獄の死も妥当なものだった
猗窩座が逃げた時に卑怯者と叫んだのも
鬼殺隊は常に数の上で有利を取って、一体の鬼を囲んで嬲り殺しにするのが常なのにどの口でそれを言えるのか甚だ疑問だった
少なくとも猗窩座は煉獄に対しては絡手も策も弄さず正々堂々戦って勝った
鬼が夜明けになったら逃げるのは当然なのだから、夜明けまでに倒せない時点でこっちの負けだ
そして結末は惨敗になっているのにも関わらず、太陽をチラ見せする事で「相打ちにできるかも」と希望を持たせる演出は寒々しく白けるものだった
そんな事なら煉獄は最期まで戦い抜いて、真っ白な灰になってくれた方が潔い
そうならずに無駄に長生きしていたのは一重に炭治郎に遺言を聞かせる為のご都合主義なのだろう
少なくとも生きているのなら、死ぬまで鬼を離すべきでは無いし、猗窩座を逃がした事により猗窩座は人を食らう訳だから、喋る力が残ってるのに「追え」の一言も出ないのかと呆れる
鬼を狩る役割よりも、物語を進行させる役割を優先した訳だ
物語上のご都合主義として、炭治郎達がいなくなったら誰も遺言を聞くものがいないから、その為に猗窩座を見逃したのだ
結局煉獄杏寿郎は何の責務も果たしていない
200人の乗客を守ったと言っていたがそれは魘夢からの話であって
初めから煉獄にしか興味が無かった猗窩座からは守る必要すらなかったし
猗窩座は今後、多くの隊士や民間人を手にかける訳だから、煉獄は猗窩座からは何も守れていないのである
猗窩座が奥の手である必殺技を使っていればあの場にいた全員死んでいたと考えると尚更滑稽に見える
煉獄はジャンプの伝統の噛ませ犬になったという感想しか出てこない
だから薄っぺらいし、虚仮にしか感じ無い
折角映画にするのだからもっと煮詰めて、新解釈を加えて作品として完成させて欲しかった
煉獄の父が浪人になった理由も触れられず
煉獄が柱を目指した理由も母親の言葉一つ
言動一つ一つに根拠も伏線も無い、だから寒い
この辺もっと掘り下げる事が出来たと思うのになぜしなかったのか
それはやっぱり煉獄が原作では大した役割を持たない脇役に過ぎず
そしてufoも原作改編してまで映画に1つの纏まりを作って作品としての完成度を上げようとしなかったからなのだろう
結論として言えばFateのような100年に一つのエロゲの最高傑作となった脚本と
週刊連載であるジャンプの漫画の脚本を比べるとこと自体が烏滸がましいものだった
鬼滅は作画と声優を楽しむ作品であって
脚本は凡庸でありきたりなものだ
ストーリーには何の捻りも伏線も無い
だから楽しめる大人は制限される物だった
そもそも子供向け映画を大人がケチつける事自体ナンセンスだろう
煉獄杏寿郎を薄っぺらいと言ったが
竈門炭治郎はとても魅力的で説得力のあるキャラクターだ
だから鬼滅の刃自体は面白い
ただこの映画はFateに比べるととても見劣りした
だから自分の中で70点である
映画じゃない
アニメ鑑賞。原作読みました。
観終って薄いな。映画にするほどでもねえなと思いました。
ヤムチャがサイバイマンをボコしたのち倒される如く、噛みつき犬的な映画だと感じました。この映画の展開や登場人物のやりとりは既視感があり、序盤から疲労が溜まってしまいました。
この映画の裏主人公の炎柱さんは鬼殺隊の中でも戦闘力も強く人望があり竹を割ったような、焼き増しなテンプレステレオ正義漢で見応えのない人物だと感じました。
極め付けは炎柱の母が蜘蛛男の叔父さんとおんなじことを言ってしまい興醒めしました。僕は大いなる力には大いなる責任が伴う論は嫌いです。そんな胡散臭いセリフを炎柱母が吐いた瞬間、僕の脳みそは観るのを諦めエンムのケッキジュツよろしく、深いまどろみの奥底に落ちてしまいました。
なんとか睡魔を耐えつつ、観ていましたが、若手3人のうちの誰とでも良いエピソードがないのにどんな最後までどんな感情で見ていいかわかりませんでした。
全278件中、101~120件目を表示