「すばらしいドキュメンタリー!」プリズン・サークル みげるこさんの映画レビュー(感想・評価)
すばらしいドキュメンタリー!
「TC(Therapeutic Community)回復共同体プログラム」。
刑務所の中でこんな取り組みがされてるって、そもそも知らされてないですよね。そう、精神科病棟と並んで”閉ざされた世界”である刑務所に2年間、カメラが入ってのドキュメントです。
黙々と作業し、厳しい規律に従ってただただ刑期を全うする、中では上下関係も出来ていていじめみたいなのもありそう、私語厳禁の静かな世界…そんな先入観で観に行くと本当にびっくりします、「これって処罰なの、刑務所なの、甘すぎない?!」と。でも観終わる頃に気づくのです、「犯罪者=処罰されるだけの存在と考えていたこと自体、私自身の無知と理解の浅さによる偏見だった」と。なぜなら加害の裏にある被害、そして両者に共通する”暴力”の問題、人は人によって変化する(させられても来る)といった真実に気付かされるからです。私だって、加害者になっていたかもしれない。”無視”することで、加害者になってしまう後押しをしていたかもしれない、と。
グループ療法であるTCの間、受刑者は「さん」づけの名前で呼ばれ、とにかく”対話”をします(なので「ここが刑務所?」って思うほど、賑やかなのです)。まずは心理教育から始まりますが、それはまるで”自分を表現するための言語獲得”のための時間のよう。自分の体験を表現する”言葉”を得た彼らは自分自身を語り、そして仲間・先輩の話に耳を傾ける。そのやり取りで得られる「一人の人として尊重され受け入れられる安心感」をベースに、継続的に行われる教育と対話の中で、やがて彼らは自分自身の傷つき(トラウマ)や罪悪感にも向き合うようになり、感情と共感そして葛藤が生まれ、真の意味での贖罪の感情が生まれてきます。その変化には”人間の可能性”という希望も見出せます。顔にはモザイクがかけられていますが、その声、手足や姿勢から、彼らのその時々の感情や変化が伝わってくるので、まるで自分もその場にいるかのようです。
プログラムの冒頭で軽く「罪悪感が無い」と語る受刑者の姿などは、観ていてハラハラするし正直憤りや絶望感も感じました。「いやー、この人には更生は無理じゃない?一生変わらないし釈放されたらまたやっちゃうでしょ」、と。しかしながらそこからその彼の生い立ちや語り、TCでの変化を観ていくとシンプルに「それはあなたの自己責任」なんて言えなくなってくるのです。彼らに私は何をして来たのか・して来なかったのか、今後彼らと一緒に社会で生きていく(≒更生して再犯せずに生きてもらう)にはいったい何が必要なのか。自分自身に突き付けらます。
こういった問いに対し、加害者を単なる「自己中のワガママ、責任感や罪悪感全くナシの全く共感できない異人種」「いやいやトラウマがあったってまともな大人になっている人も多いでしょ」と片づけてしまうと、単なる厳罰化推進といった”答え”にしか辿り着けなくなるのでは、と思います。TCの取り組みは、再犯防止やそもそも犯罪者を生まない社会のための議論への答えのひとつなのでしょう。TCを受けられるのは全犯罪者のうちほんの一握りである、と言うのがすこぶる残念ですが。ぜひTCを導入する刑務所が増えて行ってほしいです。
もちろん、加害をどう捉えるかについては、加害者/被害者、支援者/傍観者そして家族、友人といった自分の立場によって変わってくると思います。また、”赦す”かどうかについてはまた違った議論になるでしょう。しかしながら、まずは”こういうことがある・起きていたのだ”という現実を「知る」こと抜きには、そもそも考えたり話し合うこともできません。この映画はそのための稀有で貴重な時間を与えてくれます。本人の”語り”を彩る砂絵のアニメーションも、本当に素晴らしい。無駄な音楽が無いのも良かった。
坂上監督はこの映画の撮影許可を得るまでに6年かかったとか。ここまでしっかり刑務所にカメラが入ること自体、初めてのこと。撮影中も刑務官が常に2名つくなど、幾多に渡る困難を越えてこの作品を世に生み出してくれました。
「知る」そして「考える」「共感する」、さらには「話し合う」ためのきっかけとなるドキュメントです。ぜひ多くの皆さんに観て頂きたいです。先の映画『JOKER』で、救われない気持ちのままでいるあなたにも、ぜひ。