「「被害」が「加害」に転じる時」プリズン・サークル Imperatorさんの映画レビュー(感想・評価)
「被害」が「加害」に転じる時
素晴らしいドキュメンタリーである。
最近、イランの少女更生施設を扱った「少女は夜明けに夢をみる」という映画を見たが、この作品はそれに勝るとも劣らない。
監督はもともと「虐待」をテーマにしていたが、探してみると虐待を受けた人間が刑務所にいることが分かったという。
6年かけて撮影許可をとり、撮影は、2014年から2年間。数年かけて編集して、ようやく日の目を見た。
アメリカの事情に詳しい監督は、「TC」というプログラムは、「日本でも有効なはずだ」という確信を持っていたが、今まで日本に無かったため証明ができなかった。
1クルー(3ヶ月間)あたりのTCの参加者は40名前後だが、この映画のメインキャストは4人。年齢は22歳、24歳、29歳、27歳。
罪状(刑期)は、振り込め詐欺(2年4ヶ月)、オヤジ狩りおよび窃盗の常習犯(8年)、傷害致死(6年)、親戚宅への強盗傷人(5年)である。
監督には、声かけ・接触等の、一切のコンタクトが禁じられているが、数ヶ月に1回だけ“個別インタビュー”が許された。
また、「顔」にはモザイクがかかったが、交渉のすえ、「声」は変えずにそのまま流すことができたので良かったという。
まず序章で、刑務所およびTCの概要が語られる。全国で4ヶ所あるという、“PFI”手法による半官半民の刑務所だ。
その後、10章に分けられ、メインキャストの4人にそれぞれフォーカスしたり、彼らのうち2人の対話の映像や、TC修了者で既に出所した人間のようすが描かれる。
映画の途中から、誰が誰だか分からなくなり、ややこしくなるのだが、やむを得ないだろう。
TCの参加者は、映像を見る限り普通であり、特に“凶悪”な人間には見えない。
みな、いったん話し出すと、意外とハキハキとして饒舌であることにも驚かされる。
それは、彼らが自らTCを選び、また、選ばれた受刑者だからだろう。
TCへの参加は「希望制」であり、初犯かつ“犯罪傾向の進んでいない”人間に限られるのだ。
話すテーマは自分の犯した犯罪、および、自分の過去など。
少しずつ心のうちを吐き出していって、「自分と向き合う」ことがTCの目的であるらしい。
しかし、“吐き出す”方法は、このような(a)“グループ・カウンセリング”だけでなく、(b)個別カウンセリング、(c)独りでノートに書き出す、などでも良いはずだ。
集団でやるということは、独りよがりにならず、社会性を担保して、恥をしのんで、言葉を選びつつ語ることが大切だということか?
語る方も語られる方も受刑者であり、彼らの間には、“犯罪”という深刻な共通項がある。
どうもこの辺りに、TCの“効能”がありそうだ。
ただし、集団で行うメリットはそれだけではなく、「リレー形式」で物語を作ったり、他の参加者が“被害者”の立場になって、加害者にもの申すという「ロールプレイ」がある。
驚いたことに、受刑者も“被害者”の立場でもの申す時は、自分のことは棚に上げて、実にもっともな“ツッコミ”をするのである。
善悪の基準を失っていない彼らを見ると、彼らにとって犯罪は“衝動的な病気”ではないかと思えてくる。
映画「少女は夜明けに夢をみる」でもそうだったが、TCあるいは個別インタビューで明かされるのは、4人の不幸な生い立ちである。
父に虐待され、母の記憶は乏しく、施設に捨てられ、そこでイジメを受けた男。
義理の父親が4人もいて、家族は他人のようで、自分をイジメる悪友から離れられず、自傷行為を繰り返した男。
母子家庭だが母の愛を感じられず、次第に暴力に魅せられていった男。
イジメを受け続け、「虐待される方がうらやましい」と語るほど、家庭でも疎外されて育った男。
「被害者」が、長じて「加害者」となっているという構図が、明瞭に見える。
結局のところ、TCは「再犯防止」効果があるのだろうか?
TC経験者の刑務所への「再入率」は、未経験者の「半分以下」というが、詳細は不明である。
窃盗の常習犯は、TCを通じて、自分の盗みが被害者の人生を狂わせるたことを理解したという。しかしそれでも、コンビニに入ると「再び盗みをやりそうで怖い」と語る。
欧米での実績があるとはいえ、もっと事例が集まらないと、何とも言えないというのが現状だろう。
だからこそ、法務省は「事なかれ主義」を排して、コストをかけて、もう少し“実験”すべきではないのか?
“実験”の無いところに、“実証”も無い。
受刑者は約5万人らしいが、TCは全国でたったこの“半官半民”刑務所の一ヶ所だけで、1クルーも40名である。
傷害致死犯は言う。「刑務官は自分を番号で呼ぶが、TC支援員は、自分の目を見て名前で呼んでくれる」。そして、監督との最後の別れでは、「握手をしても良いですか」と。
犯罪が、“幸薄い”生い立ちからくる“病気”の一種である場合は、有効であると思われる。