劇場公開日 2021年12月3日

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「失踪事件にまつわるスリラーだと思ったら、黒魔術と偶然と欲望と愛が絡み合うどエゲツないトラジコメディでした」悪なき殺人 よねさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0失踪事件にまつわるスリラーだと思ったら、黒魔術と偶然と欲望と愛が絡み合うどエゲツないトラジコメディでした

2021年12月5日
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鑑賞方法:映画館

フランスの山間にある町で富豪の妻エヴリーヌが失踪する事件が発生。路肩に放置された車以外に何も手がかりがない中警官のセドリックは雪の中を聞き込み捜査に奔走、母を亡くしたった一人で農場を営むジョゼフ、同じく農場を営むミシェルとその妻アリス、休業中のキャンプ場に独りで宿泊している女性マリオンを訪ねるが何ら情報が得られない。しかし彼らがそれぞれに抱えた問題が失踪事件と密接な関係がありそれはコートジボワールのアビジャンにあるホテルの一室でのやりとりに端を発していた。

という話なのでてっきりスリラーだと思っていましたが、これが全然違って凶悪なトラジコメディでした。だいたい上記のようなあらすじに黒魔術が絡んでくる展開なんて全く想定外。コピーにある“人間は「偶然」には勝てない“というのはホテルの一室で怪しげな儀式を行うサヌー師の言葉で、正に偶然に翻弄された男女が辿る悲劇の連鎖が作品の肝ですが、より重要なのはサヌー師が語る“愛とは、ないものを与えることである”という言葉。すなわち“あるものを与えるのは欲望に過ぎない”わけで、それが執拗に繰り返される様が滑稽でありながら痛々しくて観客は得体の知れない居心地の悪さを味わうことになります。終盤の展開は昨年東京国際映画祭で観たトラジコメディの『デリート・ヒストリー』が提示したものと同じトーンの絶望感を纏っているので結末は終盤で何となく判ってきたのですが、それまで散々観せられた悲劇とほとんど無縁なそれが無造作に投げつけられてストンと落ちる終幕に何じゃこれ!?と呆気に取られました。ちょっとこの辺の感じはポール・トーマス・アンダーソンの『マグノリア』に似ていて、決して不快ではなくむしろ痛快です。

個人的には『レ・ミゼラブル』で理性的な警官ステファンを演じていたダミアン・ボナール扮するジョゼフが印象的。唯一理解し難い行動を取る彼の抱える心の闇がなければ全然違ったトーンの作品になっていたと思います。

よね