さよならテレビのレビュー・感想・評価
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タイトルの意味?
どうしても深読みさせるタイトル。狙いはどこにあったのだろう。セシウムさん騒動で有名かつドキュメンタリーの秀作を多発する東海テレビが「これまでのテレビのあり方ではもうダメだ、変わらなければ」という意気込みを世に問う、という意味かと思ったが、そこまで追い込んだ作品ではなかった。このタイトルであるがゆえにハードルを上げてしまい、ラスト近くのシークエンスもまだなにかあるのではと期待してしまったが何も起きなかった。作品が自分にとって高評価でなかっただけに、スポットライトを浴びる3人が皆いい人間であったことで救われた。
ドキュメンタリーとはなんなのか
結局、ドキュメンタリーも現実の一部を切り取ったもの。
それは現実なのか?!制作者の意図に従って「真実」として見せられる怖さを痛感する作品だった。
澤村記者の「ドキュメンタリーは現実ですか?」の問い、ラストシーンへの導入も同じ問い。この作品は、この問いに集約されるのだな。
そしてラストの編集シーン。編集マンの雑談にドキュメンタリーも受けを狙った作品と気付かされる。これが現実だと見せられたが、それも編集されたもの。もう何が正しいのかわからなくなる。
局の事故、不祥事の件にも触れる中、また大きな事故が起こる。混乱、蒼白のアナウンサー。仕込みかと思うような展開も。
日本映画専門チャンネルで観たので土方監督のインタビューが観れたのはよかった。一部、ネタばらしもあり納得できた。
面白かった。観てよかった。
テレビ局の日常を描いた良作
現職のテレビ局社員がテレビ局の闇に迫るというタブーを犯して撮影しただけでも一見の価値あり。監督が身内という安心感からか、かなり深部にまで食い込んでいる。この映画にエンタメ要素を期待して低評価をつけているレビュアーの意見には惑わされないように。そもそもこの作品はそういう人に見せるために製作されたものではない。ただひたすら、テレビ局の内情を淡々と暴露する…そういうことに興味を持てる人だけが観るべき作品。制作に関わった全ての人に敬意を表したい。
テレビは終わるのか?
見る前はもっとジャーナリズムとは?
みたいな骨太の自己批判映画なのかと思いました。
前半は焦点が合わないような、
新入社員としてこの職場にやって来て、
右も左も分かりません、
みたいな感じでしたが、
少しずつ部内の様子が分かってきて、
メインキャラが3人に絞られてきて、
グッと話しが引き締まって行きます。
福島アナと渡辺君の話は、
私にとっては意外なテレビ局の内実として、
面白く見ました。
ジャーナリズム云々の前に、
テレビ局で働く人も色々だなあと、
私の中にあった勝手な「テレビマン」像が
崩れました。
一番の見どころは、最もジャーナリスト的な
澤村さんのシーンではないでしょうか。
理想と現実。
メディアの責任と営利追及。
にしても、東海テレビかこの映画を撮れたのは、
すごいと思いますよ。
他にやるテレビ局ありますか?
ラストのネタバレにあるように、
どこまで本当か分からない。
監督にストーリーを誘導されている部分は
あるでしょう。
東海テレビにしても自社ブランディングに有利と
踏んだのかもしれません。
それでもこんなチャレンジができるのは、
いい局だと思いますよ。
最後のネタばらしは、
ほんとのこと言ってるか分からないぞという
警告であり、誠意でもあり、
最後にどんでん返しするサスペンスのような
エンターテインメントでもあり、
やっぱり東海テレビシリーズ好きです!
自浄作用は働かない
はい、分かってますよ。テレビは今、批判に晒されていることを。それでも批判は真摯に受け止めます。一生懸命やってます。常にジャーナリズム精神は持っているつもりです。弱者に寄り添って権力監視してますよ。
そういう気持ちを持って(腹の中で舌を出しながら)製作に取り組んでいることは伝わってきました。
でも影響力が増すごとに特権意識が芽生えて、結局自分たちも第4の権力という座に胡座かいちゃってるんじゃないの?だからなにも変わらないのでは?
もう構造的な問題なんだろうな、不祥事を繰り返してしまうのは。予算削られ少ない人員で時間に追われて番組作って、そりゃ色んなミスは出ますよ。で、現場のせいにしちゃってるんでしょ?
だから本当にこうした体質変えたかったら、このドキュメンタリーに出て来なかった上層部の人たちを取材した方が良かったんじゃない?
最後マスコミが報道してくれたおかげで無罪になったとか、MCの最後を和気藹々と送り出しているとこ見せられると、俺たち頑張ってんだぜぇ〜アピールしてるみたいで興醒めするよ。
だから良くも悪くもこのドキュメンタリーはテレビ批判でもないし自画自賛でもないわけだ。
みんなこれがテレビの裏側の実態だけどどう思う?って言う問題提起にはなってるから製作した甲斐はあったのではないのでしょうか。
でも結局何も変わらないよ。
まんまと誘導させられる
あなたはこれを観てどう思いましたか?と制作側に問いかけられている気がしました。
観ているうちに主な登場人物3人に感情移入したりするのですが、最後に「あなたこういう風に見てましたよね、こういう風に思いましたよね」って言われた感じでなんかすごく恥ずかしいです。
私たちは気づかないうちにまんまと誘導させられているんだな、テレビ局側の意向に乗っかってしまってるんだな、というのがよく分かります。
途中まではなんてことない話なのですが、その辺の部分もしっかり色々考えてあーでもないこーでもないって観てると最後のビンタがより効いてくると思います。
澤村さん推し
予告編での中学生が「権力を監視」とか言ってたのに驚き、絶対に観なければならないと思っていた。しかし、そのシーンはほんの僅か。期待していたものが飛んでしまった気がした。また、小学生たちにも報道の使命とは「事件・事故・政治・災難を知らせる」「困っている人(弱者)を助ける」「権力を監視する」とレクチャーしていたので、かなり広まっていたのかもしれませんね。
このドキュメンタリー作品はおおまかに分けて、看板アナウンサーの福島智之氏、契約社員である渡辺正之記者、ベテラン記者の澤村慎太郎氏の3パート構成。福島パートでは過去に起こった「セシウムさん」放送事故やモザイクかけ忘れ事故の自己反省が描かれ、渡辺パートは新人らしく契約打ち切りの不安、澤村パートでは共謀罪について描かれる。
共謀罪については、マンション建設を一人で抗議していた男性が逮捕されたことに憤りを感じる澤村さん。「テロ等準備罪」という正式名称ではあるが、これらの法案をまとめて「共謀罪」と呼ぶ。しかし、メディアによってはこの「共謀罪」という言葉を使っていない。使うのはむしろ少数派という現状。そして、この法案が通った際の東海テレビでの報道にまさしく「テロ等準備罪」というテロップが入り、澤村さんは愕然とするのだ。悲嘆にくれる彼の表情が忘れられない。
モザイク事故などかなり深刻な出来事も包み隠さず猛省し、、ある意味自虐的になっている姿勢には共感できた。特に冤罪事件のドキュメンタリーで素晴らしい作品を世に送り出している東海テレビさんだけに、今後もいいドキュメンタリー作品を作ってくれることを期待しています。
さよならといえるあいだに
かつて絶大な権力を監視するために絶大な権力を誇ったテレビが、絶大な権力を誇るだけの組織になってしまって久しい。
そんなテレビが、こんな映画を作れるいまのあいだに「さよなら」と言ってあげたい。
この映画が単なる「映画」ではなく「ジャンル」としてそれなりに波及したらいいなーと、個人的には思う。
人々が右往左往する様というのは、こんなに滑稽でおもしろく、ほんのちょっとだけ愛おしい。
面白くはあるけど軽いとこで止まってる
楽しく拝見した。面白くはあったけど、それは最後に種明かしされてしまう契約社員とキャスター人たちのキャラクターによるもので、それは単に地方テレビ局の実態の中の悲哀でしかない。
テレビ局の本体、まさに「闇」の巣窟にもなりそうなのは現場ではなく、その後ろにあるもほなのかもしれないが、とにかく、いよいよそこへ、と思うとそこには踏み込まずヒューマンで終わる。
これは序章、というか、プロローグというか、予告編というか、要するにさわりでしかない。
いま、確かにテレビは面白い現場だと思う。
見たかったものはなかった。
自らにカメラを向けた東海テレビの勇気と覚悟
テレビは世の中のあらゆるものを批判するが、
スポンサーと自分のテレビ局だけは批判しない。
そんなタブーを打ち破って自らにカメラを向けたのがこの「さよならテレビ」。
普通なら絶対に隠したいであろうテレビ制作現場の嫌な裏側にこそスポットを当て、これでもかと内状をさらけ出していく。
報われない登場人物たちに観客が共感したその先に、この映画はテレビの身も蓋もない本性を告白する。
東海テレビはマジだ。
本気で既存のテレビという枠組みから脱却して、あらたなテレビの姿を模索している。
東海テレビの開局60周年記念番組として制作され放送された今作。作り手と東海テレビの勇気と覚悟がどれほどのものなのかが嫌というほど伝わってくる。
自己批判と自己反省のその先に希望を見出して闘うその姿勢は、本当にすごいし格好いい。
最後の最後に…
ラストシーン、それまで観てきたものが何もかも信じられなくなって、心がざわつく。
ただテレビだけじゃない、日常生活でもそんなことは沢山ある。誰が真実を教えてくれるのか。
テレビだって誰かの飯の種、ビジネスだし、テレビが出来たばかりの時代は放送内容を真実だと思っていた人がどのくらいいたのか。
物事は多角的、操作をしていても、していなくても誰かが伝えられるのはその一側面でしかない。
2020年 8本目 ★★☆「ドキュメンタリーとは真実か?」
さよならテレビみた。メディアが担う「ニュースを伝える」「権力の監視」「弱い人を助ける」この3つを3人の登場人物に当てはめて構成されていたと思う。
さよならテレビは、登場する人も言ってるけど「ドキュメンタリーとは何か?」という感覚にもなる。テレビ局のドキュメントはどこまで、ホントなのか?ただ、登場人物たちの戸惑いや悲しみ怒りは伝わってきた。この映画、喜びのシーンがあまりない。
タイトルほどでは無かったが
ポレポレさんで鑑賞。タイトルほどでは無かったですが面白かったです。あと何年かするとテレビを無意識につけて見る習慣を持つ世代が減り、興味ある番組だけをコンテンツとして動画サイト等で見る世代が中心になると、高いスポンサー費用を払って出稿する企業が激減して、本当にさよならテレビとなるのかもしれないですね。若者はスマホとPCしか見ないし、私も無駄なCM跨ぎの演出やくだらないバラエティやクイズ番組中心のテレビには嫌気がして録画中心の視聴でリアルタイムではスポーツ以外には見てないですし。どこの局でも同じ話題、それも有名人の不倫とかスキャダルとかしかやってないですしね。情報一方通行のテレビだけ見てると白痴化する気がします。新聞や週刊誌の発行部数が激減している昨今、テレビはメディアとして生き残れるのか疑問です。
これはテレビ業界人の「自虐ネタ」のジャンルですね!
漫才や漫談の定番ネタに「自虐ネタ」が有ります。それは「上から目線」や「自慢ネタ」のように嫌われたり、批判されることがありません。なので「放送番組」にとっては安全ネタでもあります。
観ている時から「これはTV局の自虐ネタだな!」と感じていました。ここのレビューではでは多くの人が触れている「能力が無くて解雇?(契約延長無し?)される」若い記者ですが、報道記者としての能力と適正の無さが溢れ出ている若者を採用したいこと自体が、このドキュメンタリーのための仕込みと思えてしまって、観ているのが辛くなりました。
その若者本人も「自分はドキュメンタリーの仕込み素材として雇われた」ということに、解雇通告を受けた頃から気づいたのではないでしょうか。
「さよならテレビ」というタイトルにはこれからも下記の複数の意味が込められていくのではないでしょうか。
①テレビは報道機関としての存在意義はなくなった。
②テレビはビジネスモデルとしては終わった。
③心ある人はテレビを見限って業界から去っていく
④視聴者の多くがテレビから「さよなら」するだろう
⑤テレビに期待する人はいなくなるだろう。
看板キャスターと、契約二人といういわば特殊な立場の人間をメインにし...
看板キャスターと、契約二人といういわば特殊な立場の人間をメインにしたことで実質を追いかけてない印象。ラストでメタ的にはなっているのは自虐なのか自己批判なのか諦めなのか。契約社員二人の個性が用意周到感。それはいいにしても撮る側の何か、も、もっと見せてもしかった。
ほっほ〜
テレビ業界についても、映画の構成についても、
「あ〜こういうことか〜」と、しみじみ。
ひじ方さんは、細かく説明するとか、情熱的に話すとか、じゃなくて、
すごく客観的に冷静に利き手に回っているのが、すごく勉強になった。
こういう手法なのかな。
良作。もう一攻め出来る気もしたけど、それは評判の良さから私の中のハ...
良作。もう一攻め出来る気もしたけど、それは評判の良さから私の中のハードルが上がったのだと思う。笑いもしたし胸を締め付けられもした。ドキュメンタリーの定義は人それぞれだと思うけど、感情を揺さぶるというのは純粋に良い作品だということ。
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