2人のローマ教皇のレビュー・感想・評価
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さりげないVFX
キリスト教徒のすくない日本では法王にたいして、えらい人という以上の主体的な感想はない──と思う。ましてスポットライトを見ていれば聖職にいい印象を持っていない。わたしもそれである。
ぜんぜん知らない世界ではある。ぜんぜん知らない世界なのに、聖職者による性的虐待は、むしょうに腹の立つことだ。それは、おもてむきでは説教をたれる人が、抵抗のできない子供の性をもてあそぶことの卑劣さを思うからだろう。
聖職者と信者とその子供は、泣き寝入りや箝口に至りやすい位相構造を持っている。そもそもキリスト教が歴史からして死屍累々の宗教なのもあって、あくまで雑感ながら、いい印象はない。
これは学校と教師に対する庶民感情にも似ている。
わたしはかつてよく殴られたので教師にいい印象はなかった。ただ年を食って、同級や知友として教師を持ってみると、ほんとに彼らは苦労されている。まともな教師と話すほどに、世間の論調がうそのようだ。とうぜん今となっては、教師を教師だというだけで貶す気にはなれない。
すなわち世論によって、あるいは一部の不埒によって、もっとも迷惑を被ってしまうのは、まじめな聖職者たちだろう。もし聖職者を知っていたら、かれらの苦労を共有できると思う。
ただこれは非キリスト教の雑駁な感慨であって、信者やヨーロッパ諸国人の感じ方とは異なるであろうし、もとよりぜんぜん知らない世界ではある。
この映画の敷居が高いのは、非キリスト教であることに加えて、法王とはいえ、ひとかわ剥けばご老人の話だからでもある。よくこれを配信したなと思う。
Netflixに関する余談ながら、──わたしが設定をよく解ってないからかもしれないが──、おすすめでも新着でもない奥深くに、とんでもない良作が隠れている。これもそんな映画だった。
とはいえわたしとて見たのはふたりの法王がレクター博士とサムラウリーだったからだ。とりわけジョナサンプライスはわたしにとって未来世紀ブラジルの人で35年経てもまだそれが抜けない。
役者に演じさせているにもかかわらず、映画はドキュメンタリーの構造をしている。人物の撮り方も、エイジングを施した挿入シーンも、感情/感傷を出さない演技も、滞りなく見られるが、裏に相当な特殊技術を感じた。巷間の人々も、バチカン広場を埋め尽くす観衆も、完全にシームレスに映画と融合している。
懺悔として教区内の性的虐待を看過したという件があった。そこで倫理的に解釈が別れるかもしれないが、映画はすごく良かった。
どの世界にもある正反対の2人だが流石は司祭。
面白かった!
「テリーギリアムのドンキホーテ」のキホーテ役の俳優さんがフランシス教皇役!
さて。
謙虚で質素で親しみやすく、サッカーとジョークが好き。ダンスも踊る。
弱い立場、貧しい人たちに寄り添いながら、考えを実行する行動力と、大きな組織に対しても臆せずNOと言える人物。今までのやり方にただ従うのではなく、その体制を切り崩し、階級制度を変えようとしている。
「祈り」とは、悩みや心配ごと、喜び、悲しみをそのまま神に伝えることだ。
願わくば、涙を流すなら悲しい涙より嬉し涙がいい。
傷付いた者がこれ以上傷付かないように。傷はシミではない。癒されるべきだ。
自らの良心の声に耳を傾け、決して裏切らない姿は、カトリックという宗教を超えて人々の胸を熱くさせる。だからこそフランシス教皇は稀代のロックスターと呼ばれるのだろう。
ベネディクト16世は、自分は神学理論家にすぎず、今日のキリスト教徒の現実の生活をほとんど理解していなかったと言う。彼とフランシス教皇との間に「内なるつながり」があることが、とても嬉しかった。
アンソニーホプキンスだからこそベネディクト16世の人間臭さもまた魅力的だった。
手ぶれ風のカメラで臨場感を煽らず、固定カメラで二人の演技を観たかった気もする。
保守と革新の対立と友情
サン・ピエトロで撮影するなど、かなり贅沢でNetflixがここまでの作品が作れるようになったと感じさせられる作品。途中までは完全にベネディクトの保守的で排他的な側面を多く見せ、誰からも好かれるベルゴリオ(現在のフランシスコ)の建設的な立場に誰もが共感し、もどかしさ、悔しさを感じたのではないだろうか。一方最後には2人の友情に繋がるハッピーエンドになるのだが、あまりにもベネディクトが可哀想で絶対的な悪としては見れなくなった。時代の変化についていけなくて、もがき苦しんでいただけ。もしかしたら、共感すべきはこちらだったかもしれない。
日本人としては宗教はかけ離れたものに感じるが、教皇であっても感じている問題は近く、2人の関係性にも同じような境遇に出会したことがある。かなり宗教が身近になった瞬間だった。
カトリックとしては最高のPVじゃないだろうか。
キリスト教とサッカーの話
【”思想信条の違い”を、相手を思い、敬い、そして赦す事で乗り越えていく崇高さを描き出した作品。永く記憶に残るだろう作品でもある。】
ー今作品が素晴らしいのは、ローマ教皇を聖人ではなく、世俗の垢を拭いきれない一人の悩める人間として描いているところである。-
冒頭、2005年のコンクラーベの場面から物語は始まる。
ここでは、3回目の投票で教皇(ベネディクト16世)に選出された(白い煙・・)、ラッツィンガー枢機卿(アンソニー・ホプキンス:保守派:ドイツ)を始め、ベルゴリオ枢機卿(ジョナサン・プライス:改革派:アルゼンチン)らが、同じカトリック教徒ではあるが、思想信条が違う事がさり気無く描かれる。
そして時は過ぎ、ベネディクト16世に”ある事”が起きる一方、ベルゴリオ枢機卿は辞職を申し出るが、逆にベネディクト16世からバチカンへ来るように連絡を受ける。
―この、タイムラグの妙味が後半明かされる。-
ーベネディクト16世(以下、教皇)とベルゴリオ枢機卿の教皇の別荘での二人きりの会話ー
ベルゴリオ枢機卿の若き日の自らの告解のシーン。”神は全てお見通しだ・・”そして、教皇がピアノでスナメリの曲を弾くシーンで若き日の恋を思い出す・・。
”イエズス会ジョーク” 祈りながら喫煙するのは許されないが、喫煙しながら祈るのは許される・・など、楽し気な会話も交わされる。
(■この部分、あるレビューの方からの鋭い指摘で修正しました・・、すいません・・。)
そして、教皇の口から出た言葉。”いつも独り・・”
”ある出来事”のため、急遽バチカンへ戻る二人。
そして、”私を戒めて欲しい”と潔く身を引こうとする教皇。教皇は終身制だと言って引き留めるベルゴリオに”君なら教会を改革できる”と言う教皇。
ベルゴリオは苦々しい、過去のアルゼンチン軍事独裁体制時に自らが取った行動を告解するが、教皇はベルゴリオの頭に手を乗せ、“赦し”を与える。
ーベルゴリオの1983年軍事政権崩壊時の失権から1998年、彼が多くの民衆に法話を聴かせるシーンが描かれる・・。彼が時間をかけ、罪を償ってきた事が分かる。ー
そして、逆に教皇が”ある出来事”を宮殿の”涙の間”でベルゴリオに告解する。ベルゴリオは、驚き、叱責するが、矢張り教皇を“赦す”。
-街中のピザを二人で並んで食べるシーンが良い。それまで、食事は独りだった教皇がピザにかぶりついている・・。ー
そして、二人でゆっくりとお互いの手を肩と腰に回し、ステップを踏んだ後(ベルゴリオは恥ずかしそう・・)別れる。
2013年、教皇が大広間で重々しく何か喋っている姿がベルゴリオの部屋のTVに映し出される。
愉しそうにベルゴリオは言う。”教皇は言いにくい事はラテン語で言うんだ・・”
ーもはや、二人は思想信条を乗越え、お互いの立場、考えが分かる友人であることが良く分かる。-
そして、ベルゴリオはコンクラーベで新たな教皇になる。彼が教皇になった際、慣例の服装をやんわりと断り、民衆の前で”最初に”言った言葉。
”我が名誉教皇、ベネディクト16世に祈りを”
2014年、ワールドカップ決勝(ドイツVSアルゼンチン)を二人で並んでピザを食べながら、TVで一喜一憂しながら観戦するシーンも良い。
(絶妙に上手い、脚本だなあ・・。)
<清廉だが、人間味溢れる二人の教皇が交わす言葉の数々が心に沁み渡る。生きる上での”金言”満載の映画である。>
男同士の友情物語
いい映画だった〜
違うふたりが出会う。だからこその恩寵。
キリストだったり仏陀だったり、信じる対象は異なっても、宗教は生きづらさを少しでも助けたり支えたりしてくれる、人類に平等なものだと思います。
でも、全ての組織にいえるのかもしれないけれど、大勢の人が集まってくると、必ずパワーバランスや考え・感性の違い、そしてそれが軋轢や争い、闇も生みます。正しく堅牢にしようとすると、堅い殻の中で、何か空気が澱み、おかしな感じになっていく。
昔も今も、体制へ意見し風穴を開けようとすることは、キケンを孕みます。特に、自分が勝つことにこだわる人が上に立つと、違う意見は潰され、排除され、存在ごと消される。いつしか組織は、上に気に入られるかどうかが評価基準となり、不祥事が起きても蓋がされ、シモジモの声は置き去りにされていく。
意見する方も、諦め、離れることで生き延びようとする。
異なる意見=風を入れると体制が揺らぐかもしれない。きっと上に行くほど、不安は告解出来なくなる。本音での対話を避け、不信が生まれる。
「不信」は、感染するのが怖いですね。そして、人を信じられないのはやっぱり、気の毒だ。見過ごせない。教皇はいつも食事を、1人で、とっているのです。相当これは不信病、重症です。愛を説くのがキリスト教、そのトップがそういう事態になっている。
不信、それに対する予防や治療の術はあるのか。
教皇が云います。「神の声が、最近は聴こえなくなってしまった。」トップの、きっとはじめて吐く弱音。多分、神の声を聴くくらいの真剣さで、人の声を聴かないといけない。でもそれにはまず、本音を吐き出さないと。吐き出して、初めて人の声が入る余地ができるのでしょう。そしてそれは、教皇だけでなく、私たちも同じ。吐き出して、且つ、聴けたら。
私も努力してはいるけれど、もちろん、必ずしも、話せばわかりあえるわけではない。そんな簡単じゃないことも、生きていけばわかってくる。新たに教皇になる方も、辛い過去がある。人間らしく人生を楽しみたいだけなのにね、本当に。新教皇、応援してます。
教皇だって人間だもの
辞めたい。辞めないでほしい。
タイトル通り、2人のローマ「教皇」の対話を中心としたヒューマンドラマ。実話を元にした作品であり、彼等は実在、というかご存命だし、教皇今もやってるし。日本にもいらっしゃいましたね。
カトリックの信者減、幼児虐待、移民問題等等、社会情勢もかなり入っており、メッセージ性も強め。
ただ、2人の人間としての悩み・理解がメインなので、硬派過ぎない仕上がりです。踊ったりはしゃいだり、コミカルな部分も多いし。なぜ彼等がお互いを理解するに至ったのか、ふに落ちないところは多かったですが…
壁画の意味や2人の立場(世界的な影響も絶大なはず)など、宗教的知識があればより楽しめたのだろうな…
良作、ホッコリする良い話ではあるものの、キリスト教に特に思い入れがない(知識も乏しい)私にとっては、それ止まりの作品でした。
必要なのは壁でなく橋
81席シアターを独占鑑賞。淡々と進む展開で共感できるような内容でもなく退屈でした。それでも印象的なセリフがあり「必要なのは壁でなく橋」は心に響いた。
また最後に2人が繰り広げるドイツVSアルゼンチンのサッカー観戦シーンは心が和みました。
2020-32
よい人間ドラマ
宗教界のアイドル的存在”パパ” ローマ教皇ふたりの語り
ラテン語でヒソヒソ、共通語の英語、ベルゴリオのスペイン語と、ベネディクトのドイツ語と…ローマなんだからイタリア語もあったのかな〜(聞き取れない)
最初は保守的なベネディクト16世と革新派のベルゴリオの会話はまったくの平行線で
相容れない雰囲気だった…どこでその空気が変わったのか、もう1度見ようと思う
話が進み、見慣れてくると、ふたりともとてもチャーミングで微笑ましい
ここがこの「映画」の秀逸なところかな
宗教〜キリスト教〜カトリックのよくある質問的なタブーに生々しく切り込んでいると思う
神を信じる者として個人的にはヒエラルキー・組織的な教会には否定的だし、
ケバケバしいセンスにもひくし、イエズス会なんて善なのか悪なのかわからない
だけど、究極的なアイドルは存在してても良いのかな〜うちの(日本の)天皇さまとか
こんな映画が観たかったんだ!!
間違いなく現時点での2020ベスト映画!
ふたりのストーリーをずっと見ていたくなった。
これは対立の物語では無く、ふたりの罪と赦しの物語だったんだ。と後半ようやく気づいた。もうそこから涙が止まらなくて…
ストーリーも凄くわかりやすくて万人向け。
シーンのつなぎも面白い。ちょっとした言動がふたりのキャラクターを示しててそれがまた、真逆なのが面白いんだなあ。これが実話なのだから凄いよなー。
これだけシリアスで繊細で扱いづらい内容を、コメディ混じりに、でも真剣に作り上げたことに脱帽。
映画はこうでないといけない。笑えて、泣けて微笑ましくなる。そして最後には感動があり、私たちの明日を生きる糧となる。現実に戻す境界も映画に含まれる要素でしょ。そういう意味でも作品賞を絶対にとってほしい1本。今の暗い世の中に信じるべきものや信念を示してくれる作品だった。
実際に、2人の教皇がだいすきになったし、史実と、実際2人が歩んできた道や葛藤が見えて、きっとこの想いは庶民にも届くと思う。
この映画見ると絶対お気に入りのシーンができると思う。サッカーとダンスのシーン。あとピザも。
アカデミー、ホアキンが強いがジョナサンプライスが獲るべきだと思わざるを得ない演技。なにあのずっと泣きそうな感じの演技。目がうるうるしてて赤いの。しかも当人に激似。そしてリスペクトも感じました。
アンソニーホプキンズもなーーめちゃめちゃよかったのですよ。あの自然体な感じ。目の奥が笑っていない感じ。ピザ初めて食べたみたいな表情。そんで大声で怒るときにはもはや泣きそうになったよね。
作品賞もどうかとっていただきたい…
最近のなかではそれほど良かった作品。配信という形ですら、貧困社会で出来るだけ多くのひとが見れる形だと思う。
間違いなく脚色賞は取るんじゃないかな。
監督誰だろうと思っていたら、シティオブゴットの人だっだのね。絶対みます。
2人の名優による良質の会話劇が圧巻
当時のローマ教皇から次期教皇へと代替わりをするその時を描いたドラマということで、観る前は一体どんな作風になっているのだろうかと、予想もつかないような気持ちだった。観終えた印象でいうと、舞台戯曲×ドキュメンタリー×歴史ドラマというような不思議な感覚と言えばいいのだろうか。例えば、ジョナサン・プライスとアンソニー・ホプキンスのシーンは会話劇の要素が極めて強く、宛らそのまま舞台戯曲に展開できそうな佇まい(追記:こう書いた後で、この作品が戯曲原作だと知りました)。そしてホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿(当時)の回想として描かれるシーンは歴史ドラマや伝記映画の雰囲気。そこにニュース映像を模したようなドキュメンタリー風の(この辺はメイレレス監督らしい演出という気がする)世相を描き出したリアリティのあるシーン。という具合にそれぞれ別々の特徴を持った演出が与えられ、それらが複雑に絡まり合って一本の映画になったような。それでいてそれらが齟齬を起こすでもなくそれなりにまとまって見えるというのは、なかなか凄いことだと思うし、なんなら最終的にはハートウォーミング系の映画のように回収して締め括るものだから「この映画のジャンルは?」と訊かれても一言で答え切れないような、不思議な感覚のする映画だった。
それでも一番の見所はやはりプライスとホプキンスという名優の演技対決になるのではないかと思う。片や枢機卿を辞意を抱き、片や教皇の座を譲り渡したいと考えているという対極な二人が、それぞれの思惑を抱えつつ交わすやりとりと駆け引きを実に充足感の在る見応え魅せてくれて、かと言って主演のお二人とも力んだような大芝居を打つでもなく、さらさらと台詞を放っておきながらその一言一言にぐっと惹きつけられるパワーのようなものがあって、名優ってひたすら凄いなと思うばかり。『天才作家の妻』の時には堅物にしか見えなかったプライスが本作では実に柔和でキュートな人に見え、ホプキンスに至っては彼にとっての新たな名演と言える作品になったのでは?と思うほど素晴らしい演技だった。もう惚れ惚れ。尚且つ会話劇として非常に良く出来た内容で、前半でさらりと交わした会話が後半で立場を逆転させて再浮上したりといった技巧のほか、運動不足を報せるアラームがうまく場面転換を促したり、窮屈になりがちな会話劇に風を通して軽やかに魅せる。単純に二人が会話を交わすシチュエーションの美しさやにもうっとりさせられるし、いっそ全編に亘って二人の会話劇で映画を成立させても良かったのではないか?と思うほど。
というのも、途中で挿入される回想シーンがやや中途半端というか蛇足のように思えてしまったからかもしれない。もちろん教皇フランシスコの人となりというか半生や、現在のカトリックの信念に行きつくまでというようなその過程という意味では描かれて疑問のない内容ながら、あえてそれを映像化し視覚化させてまで描くほどの魅力までは導き出せておらず、いやはやジョナサン・プライスほどの名優ならば、もしかしたらわずか一言の台詞や表情のひとつでさえ、あの回想シーンの本義を物語ってしまえたのでは?など私なんか思ってしまった。事実、もう一方の名優アンソニー・ホプキンスはベネディクト16世の告解を余分な説明を加えることなく語りつくしていたわけだし。
それにしても、他国ではこの映画にしろヘレン・ミレンの「クィーン」にしろ、王室やカトリック協会のしかも存命中の関係者をメインにしたフィクション映画を作ってしまえるというのにいつも驚く。この映画も”Based on a True Story”ではなく”Inspired by a True Story”ということである以上、教皇を主人公にしつつも史実がどうこうというよりフィクショナルな面が大きいと思われ、かえって史実と違うとはっきりしていた方が安心するものの、だからこそフィクションを現教皇を主人公にしてやれてしまうっていうことが単純にすごいなと思う。日本に置き換えて考えたところで到底ないことだろうなぁと思う(別にやれとも思わないけれど)。
あと若干、現教皇のプロモーションっぽい感じが否めないでもないようなないような・・・。
間違いないやつ。コンクラーベの中はこんななのかー。 ほぼフィクショ...
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