劇場公開日 2020年2月21日

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「きどりとおごり」Red 津次郎さんの映画レビュー(感想・評価)

0.5きどりとおごり

2020年7月11日
PCから投稿

しあわせのパンとぶどうのなみだを見たことがあります。劣悪な荻上系でした。思い出すだけでも反吐がでます。
作風が、幼な子われらに生まれでシリアスに変わりました。パンやワインでは監督としての箔がつきません。
どっちにしても下手でした。下手ですが、気取っています。
日本の映画監督の特徴的姿勢です。つたない映画なのに、絵が「わたしはすべてをわかっています」みたいな主張をしてくるのです。本気な裸の王様風の態度が日本の映画監督には共通しています。

中肉、近視、寡頭身、リーチの短いひとがボクシングジムやってきて、ボクサーになりたいと言いました。
プロには向かないが体力づくりならお手伝いしますよ。と、受け容れ10年経った。──とします。
どんなに向かなくても、一定期間を経て、立脚点を確保すると、もう向いてないからやめろとは言われません。

誰だってそうです。
若いころは、きみはこのしごとに向いてない──と過分な気遣いをされることもあります。しかし時が経てば、そんなことを考えているのはじぶんだけです。
とはいえ、壮年に達している人間に、ぼくはこのしごとに向いてないんじゃないかと思う──と吐露されるのはキツいことです。
おとなにとって、向いているか向いていないかは、モラトリアムな次元の話になってしまうのです。

ただ、属性について自認していることは重要なことです。
じぶんが適切な仕事に就いていると感じるのはラッキーなのであって、多くのひとびとが、生かせていないことを感じながら生きています。
いっぽうで、もはやわたしにできるのはこれだけだ──とも思っています。大人とはいわばその諦観のような自認です。

自認しているとき、ひとは謙虚です。

日本映画界がせめて謙虚だったら、わたしも腐そうとは思いません。
この田舎の映画部の部員たちが、時間が止まった裸の王様たちの収容所──日本映画界にいることを自認し、後塵を拝していることを知って、学習しようとしているなら、ぜんぜん腹も立ちません。でもそうじゃない。

ところが「世間」はかれらの「才能」を認めています。
厳密にいうと「どこかの世間」がかれらの「才能のような権勢」を認めているのですが、食えるなら、おなじことです。

そう。食えるなら、おなじことです。
好きに生きて、好きに創っていいのです。
リーチが短いのにボクサーになれたなら、むしろ立派です。
なんであれ、しがみつき、その立脚点を確立したことは立派なことです。同意できますが、映画はえてして費やした時間とは関係がないのです。職人的手腕とは大いに関係しますが、費やした時間によってもたらされた自負心と映画は関係がありません。

こけおどしの闇。子供じみた低回。思わせぶりな台詞。awkwardな空気感。不愉快な疑似性交。被害者意識。映画が呈しているのは「この気持ち、分かるよね」という、でれでれに擦り寄ってくる同意です。ほぼ、それしか見えません。もちろん気持ちなんて分かりません。
陰影礼賛?谷崎潤一郎も草葉の陰で泣いています。

小説は知らない。ただ、映像になったそれは日本映画の典型を平常運転していました。

カメラはいい。すごくいいと思います。
が、しょせん劉備にかしずく諸葛亮です。とうてい制御しきれません。
とりわけ、性描写のくどさと長さ。
ドラマが希薄なのに、シュミレートセックスがあるばあい、それは自己プロモーションのリールパートと見ていいはずです。観衆にとって何の意味もないのですから。要するに「わたしは性を扱うことのできる映画監督です」という、出資者向け履歴書の自己アピール欄です。
エクスタシーの顔芸を強要された役者たちの受難ははかりしれないものでした。

なぜポンジュノは濱口竜介監督の寝ても覚めてもを誉めたのでしょうか。
パラサイトが賑わっている渦中で、寝ても覚めてもを、ポンジュノはわざわざ公的に誉め、対談もしています。
ポンジュノに人の映画を誉める資格があったから、くわえて同作品が濱口監督のデビュー作だったから──でもあります。でも、大きな理由は寝ても覚めてもが典型的な日本映画ではなかったからです。
典型的な日本映画ではないこと。世界のポンジュノをしてさえ、そんな珍しい現象はまたとない。だから誉めたのです。
また、この件でわたしたちが知り得る重要なポイントは、少なくともポンジュノは人の映画を見ている。──ということです。

スウィングキッズがFree as a Birdを使っていたのには腹が立ちませんでした。むしろ主題曲のごとく合っていました。しかしこの映画がハレルヤを使っていることには、心底腹が立ちました。しかもJeff Buckleyのカバーバージョンです。煮えくり返りました。そもそも絵にまったく合っていません。

我慢しながら日本映画を見ると、すごく大人になれる。──気がします。長く辛い二時間でした。0点です。

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津次郎