痛くない死に方のレビュー・感想・評価
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最後まで平穏がいい
非常に興味深い内容でした。
タイトルも秀逸です。
少し主旨は違いますが、
ぽっくり地蔵とやらもあり、
老齢の皆様がお参りしている風景もテレビで拝見しておりますし、
延命措置はされたくない!と言い切る介護士の知人おります。
わたしも、「痛くなく死にたい」と思っております。
いろいろひっくるめて、平穏に死ねたら良いと思います。
そんな願いに寄り添ってくれる
人間味のある素晴らしい医者に出会いたいと切に思いました。
痛い医者から痛くない医者へと成長した河田、
暗から明へ場面も転換し、
坂井真紀さんから、奥田英二さんを通過して、
宇崎竜童さんと大谷直子さんご夫婦
とても素晴らしかったです!
もちろん、柄本佑さんも!!
カルテじゃなくて人間をみて下さい
「カルテじゃなくて人間をみろ」と、長尾先生をモデルとした長野先輩は河田に言う。
すべての医療従事者の方に、心からそうお願いしたい。
自分の経験範囲では、症状自体を診て下さる医師よりも、カルテや検査結果のみで判断する医師比率の方が高かった。
最たる経験は産婦人科だった。「人間を診て」下さる医師を求めて3回転院した。
TVのロケにもよく使われていた最新鋭機器を備えた大病院の新人医師は、リビングウィルならぬバースプランについて相談したところ「初産婦は誰でも当たり前に例外なく100%ハサミを入れる」とほざいた。とんでもない無理解だと転院したが、その病院を信頼して出産した友人はカルテしか見ない姿勢が招いた医療過誤の為に母子共々死にかけた!(破水後、46時間放っておかれたのだ。カルテに記入された時刻が間違いだったそうだが、患者の体調を一目見れば「何かおかしい!」とわかるはずだ)
最終的に私のお世話になった医院は母体と赤ちゃんの準備が整うまで、医療介入をせずに「待ってくれる」医師が揃っていた。
おかげでまったく自然に、痛みも最低限で、ほとんど苦痛無く出産出来た。
しかも出産直後からほぼ普通の日常生活に復帰出来た。
「自然の摂理」に従えば「誕生」に大きな苦痛は伴わないと強く確信した。
本作の中でも長野先輩は「待てる医者になれ!」と語っている。
おそらく「終末」も「自然の摂理」に従う事が大きな苦痛を避ける正しい方法だと信じる。
本作を観て、我が子達に介護の負担はかけられないな、と改めて思った。
今のうちから健康に留意し、万が一介護が必要になった時には、延命ではなくて緩和ケア用の施設に入所かなぁと思う。その為にもリビングウィルは書いておかねば。まぁ、まだ先の話ではあるが。
あまり期待せずに観たが、個人的には「けったいな町医者」よりも本作の方が響いた。(おそらく監督の力量の差の為でしょう)
前半・後半の対比が非常に良く、現代医療の問題点と、人間の尊厳について強く訴えかける良作であった。
宇崎竜童演ずる本多さんの川柳モドキノート、全部見てみたい(笑)
最期の決断は何よりも難しい
この世に生まれた瞬間から死に向かっていることを
再認識させられた。
痛くない死に方、いい枯れ方、生きることは食べること
どのセリフも頷けるものばかり
でも、頭では理解できたが自分はどうするのか?
すごく大きな宿題を突きつけられた。
それは、受験や就活などとは比較にならない。
在宅医療の先生や看護師さんがどう寄り添ってくれるのか
だけでも理解できたので、怖さが少し薄らぐ
最後に何が原因で死ぬか分からないけど
自分と向き合い決断できる覚悟を持ちたいと感じた。
主演 柄本佑の演技に嫌味がなく、患者に寄り添うことを
一所懸命学ぶ姿勢が心地よかった。
この映画は、在宅介護とか死をどうするかということより
家族も患者本人もどう生きるかという自律を気づかせてくれる。
人の死に触れる作品だが不思議と涙することもなく、前向きになれた。
尊厳は、痛みとボケで、忘れ去る
良い映画だったなぁ~。
現在65歳の私は92歳の母親との二人暮らしということで、いくら母親が元気な方だと言っても、その老いと毎日向き合っていると“死”という言葉をいつも心の何処かに感じて生きなければならず、勿論、母親だけでなく私自身の死についても向き合わなければならない年齢でもあります。
人は誰でも平等に死にますが、死に方だけは平等とは限りません。
死に方を大別すると、自然死、病死、事故死(災害死や戦死も含む)と3種類で、大半は自然死か病死でしょうから、その覚悟だけはある程度しておくべきなのでしょうが、覚悟していても中々ままならないという事を本作では語られていました。
本作の大筋は若き在宅医療の医師の成長物語になっていますが、ひょっとするとそういう人達のお世話になるかも知れない私達全ての人間に対して“覚悟”を促すための映画であり、誰でも出来れば痛くない死に方がベストではあるけれど、そればかりは自分の力ではどうしようもないし、誰のせいでもないということを理解し覚悟を持つための作品だと受け止めました。
しかし、私も含めて今後は益々独居老人が増えて行く社会になり、看取る縁者もいなくなると、更に違う形での介護士や在宅医療の医師が増えて行くと思うのですが、私が死ぬ頃にはどうなっているのか全く想像できませんでした。
この作品では2件の人生の最後が描かれていましたが、後20年後くらいになると、この2件どちらの最後も凄く幸せなケースになっているかも知れません。
追記.
関係ないけど、“なんちゃって俳句”私も老後の楽しみにちょっとやってみようかな…「死に際に、誰がいるのか、枕もと」「死んでから、どうなるのやら、家とゴミ」
おそまつ
自分の最後を決めるのは…?
今まさに介護中の身なので、私的感情が入らざるを得なかった。
これは親が終末期であり、病院での治療を拒む家族の話。
この映画の2家族とも、親も子も自宅での看取りを了承しているため、なんだかんだ有りながらも思った通りの最期を迎えた訳だが、家庭の事情により、子が介護することが困難(親子の軋轢があったりして)な場合は、こんな風な終わりにはならない。
自分で自分の最期を決めるのは自分だろう。だが、結局は自分以外の誰かの手を借りなければこんなに美しい終わりは迎えられない。
この映画だけを観ると、そこは触れないようにわざとしているのかなとすこし穿った見方をしてしまった。
ただこれからの自分の最期についての課題に目を向けるいい機会にはなった。
どう生きるか。どう死ぬか。
在宅医療、自宅での看取りの難しさを痛感した。正直私はあまりこのことに肯定的ではない。自宅で死にたいと望むことは理解できるし、理想的だろうが支える家族の負担は計り知れない。
医師の河田。開業への近道だと助言され進んだ道だが全く身が入らない。担当する患者が不本意な形で亡くなってもまるで他人事。そんな浅はかな考えをその娘に見透かされる。「父を殺したのは誰ですか」と。
後半。そこには患者にもその家族にも信念を持って向き合う河田の姿が描かれる。まるで1人2役かのような河田像を見事に演じた柄本佑が素晴らしかった。
宇崎竜童扮する余命わずかな本多とのやり取りは時に微笑ましく、そして時に残酷で、人の死は決して綺麗事ではないと思い知らされる。結局、最終的にその死と向き合うのは他でもない本人とその家族。在宅医師が寄り添える限界点。
そしてこの先も生きてゆく家族の悲しみや絶望を癒すことができるのはきっと医師ではない。
多種多様な生き方が認められる現代。その中でどう生きて、どう死ぬか。家族はどこでどう死んでほしいと願うのか。
生きることも、死ぬことも意味がなくてはならないような難しい社会。
さしあたって私の場合は痛くない死に方より、まずは痛くない生き方を学びたい。
連投で見るなら、「けったいな〜」を後に見た方が良いです
シネスイッチ銀座さんで、「けったいな町医者」と連投鑑賞。
だけど、「けったいな町医者」は、「痛くない死に方」の後に観たかったかな。僕は、その順番でご覧になることをオススメしたいです。「けったいな〜」の方が僕は印象が強かったから。
良くも悪くも、「痛くない〜」はドラマとして出来過ぎな感じを受けてしまったんです。
なんとなくですが、この二本は補完し合うような作品のような気がします。
ドキュメントで語りきれなかったところを痛くないで語る、その逆も。
ただですね・・・あくまで僕の好みのお話ですが秀作ドキュメントを観た後だと、どうしても力が弱いんです、圧倒的な絵を見てしまったので。どうしても比較しちゃってる自分がいるんですよね。
また、「痛くない〜」は、メッセージが多すぎというか前面にですぎな感があるんです。
確かに説明、主張の解説的なものが必要なのはわかるんですが、どうにも説明セリフに聞こえて仕方なかったのです。
思うのですが、「けったい〜」と併映前提で作ればよかったのでは?って思いました。
そうすれば、もっと描くべき、フォーカスすべきポイントがクッキリ見えてくるのでは?と思います。
僕は原作未読なのでどのように描かれているかはわかりませんが、河田先生の葛藤をもっと描いて欲しかったし、達成した境地はなんなのか?の描き方が弱いと感じました。
きっとそこには長尾医師が経験したことが反映されるべきだと思ったのですが、長尾医師(本作内の長野医師)の教えである言葉がただ言葉として流れていくだけな感じで重みが感じられなかったんです。
前後半のコントラストも良いのですが、前半の部分がヘビーな割に、ちょっと影を落としきれていないところも、綺麗になりすぎている気がしました。
しかし、演者さんはみなさん見事でした。
患者さん役の方・・・見てて辛かったです。
#21 私も枯れて死にたい
最初すっごい痛そうに死んで行くから、タイトルと全然違うじゃんと思ったけど主人公の成長と共に痛くなくなった。
生きてるものはいつか絶対死ぬんだから、私も管につながれた状態じゃなくて枯れて死にたい。
でもそのためには介護してくれる人が必要で、誰にでも出来るわけじゃないし家族に負担をかけてしまうのが悩みどころ。
とりあえず今のうちにリビング・ウィルを書くか。
覚悟だったりエゴだったり
痛くなく、死なせてあげたい
【”リビング・ウィル” ”終末期の人間にとって、尊厳ある死とは何か・・”を考えさせられた作品。】
■感想<Caution! 下記、内容に触れています。>
1.序盤
・在宅医の道を選択した河田(柄本明)が、深夜にしばしば呼び出される生活と、彼自身の在宅医になった本位が、自分の立身出世であったことを妻に見透かされていた事もあり、家庭が崩壊し、自分が診察していた患者を”苦しませて殺してしまった・・”と言う事が描かれ、鑑賞するのが、可なりきつい・・。
それは、末期の肺癌患者(と病院で診断された)を演じた下元史朗さんの鬼気迫る姿に圧倒されたからでもある。
ー 厚生労働省は、在宅医療を数年前から推進している。今作で間接的に描かれているような、在宅医になった方が、その後の医師としての処遇が有利になるという話は、公にはない・・。-
2.中盤
・悩んだ河田が、在宅医のベテラン長野に相談するシーンで、長野から言われた事。
・病院のカルテを信じるな。患者の状態を自分の眼で見て、判断しろ。
・生きる事は、食べる事。
・病院は、患者の死を敗北と考える。だから、延命処置をする。身体中に、チューブを挿入されて・・。
ー 今までの、自分の中の常識がガラガラと、崩れ落ちていく。長野医師の名言の数々。-
・長野が担当していた、死を迎えたお婆さんの臨終の場のシーン。
老婆が、まるで生きているかのように、話しかける長野の姿。周囲に大勢集まった子供、孫たちの笑顔。
ー 河田の愕然とした顔。そして、”自分が殺してしまった”患者に対して、独り墓参りする河田の姿。複雑な思いで、供えられた花を見る患者の娘、智美(坂井真紀)。ー
3.後半
・大工の棟梁で、末期癌患者、本多(宇崎竜童)の在宅医となった河田と、本多や妻たちとの”川柳”を通した楽し気な会話。
ー 本多の明るいキャラクターと、自分の病を川柳に面白おかしく読み込む姿に、”不謹慎であるが”笑いが出てしまった・・。
そして、美しき月を愛でながら皆が、酒を酌み交わすシーン。
本多の男としての度量の大きさと、強がる姿。だが、隠しきれない死への不安を、宇崎竜童が飄々と演じている・・。
河田が墓参りを続ける姿を目にした智美が、河田の後ろ姿に対し、深々と頭を下げるシーンも心に沁みる。-
<今までの、終末期医療に対する私自身の概念が、大きく揺らいだ作品。
日本人の平均健康寿命の半分程度の年齢の自分にとって、終末期までは(飲み過ぎや、事故に巻き込まれない限り・・)マダマダあるが、両親の事も考えると、終末期医療について、自分のスタンスを真面目に考えなければいけないなあ、と思った作品。
更に言えば、終末期医療を自宅で受けるには、”相当の財力と近親者の理解がないと難しい”という事も分かった。
では、自分は今後何をすべきなのだろうかという事を、そろそろ考え始めなければいけないとも思った作品でもある。>
■最後に
・病院医療従事者、在宅医療従事者の方々の現況におけるご苦労、ご心痛には本当に頭が下がる。政府は、様々な支援金を打ち出し、経済活動の活性化に努力しているが、医療従事者の方々に対する支援を、もっと拡充するべきではないか?
医療従事者の方々のボーナスが減った病院とか、昇給率が低下した医療団体とか、そちらへの支援金をより強化するべきではないか、とこの一年ずっと思っている。
財源がないならば、どこぞの額に汗せずに株で儲けている輩から、取り立てては如何か?
あと、内閣官房コロナ対策室で勤務する方々への、キチンとした配慮もお願いしたい。
・・すいません。会社モードになってしまいました・・。
<2021年3月6日 刈谷日劇にて鑑賞>
映画は都合の良いタイミングで逝けるけど
理想の死に方ではあるが、現実味がない
介護したことがある家族視点からしたら、いつか終わると分からない終末期を自宅で行うことは容易じゃない。
私の祖母も認知で自宅介護をしているけど、週に3回のデイケアにお世話にならないと風呂すら入れない。
家で完璧に最後を看取るなんて、本当に理想郷だと思う。
ひどい言い方かも知れないけど、生きている人の負担にならない最後ってあると思う。
病院で管だらけだろうが、自宅で介護疲れだろうが、最後を看取る家族の決断が優先されるべきだと思う。本人の意思よりも。
それでも自宅で死にたいというのなら、それなりの蓄えや手続きを頭のしっかりしているうちにするべきだし、家族の人生を自分の人生に巻き込めるだけの関係性を築いていないと難しい。
ましてや、共働き当たり前の世の中で、いったい誰が老人の最後を看取るのか。
最後まで命を長らえさせようとしてくださる医療関係者の方や終末期医療に関わる看護師さんや介護職の方々には本当に頭が上がらない。
映画のストーリー的には前半戦はかなりしんどい。
黙々、淡々と介護の様子が描かれる。
後半からは何故か陽気になんちゃって短歌とか詠み始めて、あんな生きるか死ぬかの瀬戸際で鉛筆なんか握れねぇよと思わず突っ込みたくなる。
我が家も一度、キチンと家族間で今後の話をしなくてはなぁ。とひと事とは思えない、なんとも複雑な後味が残る映画でした。
痛くない
観てよかった。
カタログ
最初の下顎呼吸、喘ぐ呼吸の画面は、見ていて苦しかった。そうだ、確かに死にゆく時の呼吸だった‥
人は誰でも死んでいくモノだ。銃で打たれて死ね瞬間、御臨終ですと、死んだ瞬間。
人が死んでしまった後しかメデアは見せてなかったと思う。こんな風に、病で死んでいくあり様を見せてくれた事は今様だとも思う。
国民の三分の一は、高齢化していて、国も在宅医療を推し進めている、週刊誌だって墓じまいとか、終活とか特集して、最後をどう終わらせていくのかが問われている様だし‥
この映画は、自宅で死ぬ事の見本、豪華なフルカラーのカタログの様だった。だから、介護力としての家族側の苦悩は意外とあっさりしていた。
カタログだから、こんな風だったらいいなぁ、こんな先生に看取られたいなあと、期待をしてしまう。自分の最後は、どう終わるのか自分でわからないけれども、予後が決められた場合だったら可能性ありかもと。もっとも、介護する側が確立していればって事だけれど😢
終末治療を拒否したおじいさん役は、熱演だった。全共闘世代の夫婦役の、大谷直子の台詞回しや、ちょっとした夫婦のやり取りが光っていた。
自分自身の終末医療について考えてしまう
人は自分が治癒の見込みが無いなら、自宅で穏やかに逝きたいと願う、その気持ちは解ります。でも、自宅はバリアフリーにして、介護用ベッドも必要だし、家族には介護の負担がかかるし、となるとけっこうハードルが高い。家族の同意は得られるか・・・家族は難しい選択を迫られ、またそれが正しかったのか、後々悔んだりします。もちろん、うまくいった例も描きます。しかし、都市部ではなかなか難しいでしょう。
本作では、病院を冷たくて機械的な所のように描写している感じが気になりました。それに、在宅医療と病院の連携って、全く無いものなんでしょうか。病院は基本的に延命したがるのかもしれませんが、病院だって患者の希望を聞いてくれると信じたいです、私としては。
「まず自助、そして共助、公助。」と去年政府の方針を聞いて、本当にがっかりしたんですよ。それ、言っちゃうの?って。自助なんてしたくても出来ない人がたくさんいるのに。共助なんて、分かるようで分からない、何をイメージしているんだか。経済状態、家族関係、環境で、格差は広がるばかりですよ。その上医師のモチベーションによって生死が左右されるなんて、どうすりゃいいのさ。
うーん、グチり出したら止まりません。あの先輩医師のような方が居てくれると嬉しいです。ただあのミーティングの患者の情報はあそこまで覚えなくてもいいと思います。スタッフが大変過ぎます(笑)
坂井真紀さんの演技は好きです。あと、父親役の方、すべてさらけ出しての熱演は迫力がありました。
ありがとう、下元史朗。
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