「ナチスドイツが作り出した「ゴースト」からの脱却。」ジョジョ・ラビット すっかんさんの映画レビュー(感想・評価)
ナチスドイツが作り出した「ゴースト」からの脱却。
◯作品全体
作品を見終えたとき、「ゴースト」という単語が心に残った。
主人公・ジョジョと壁の中に隠れ続ける少女・エルサは、それぞれ「ナチス」、「ユダヤ人」という化けの皮を被っている。それが自分の意思であれなんであれ、国家に被らされているのには違いない。そんなジョジョを見て、母は「ゴーストを見ているみたい」と話す。「ナチス」という化けの皮が剝がれたジョジョは、本当はもっと優しい人間であったはずなのに、今はその姿がうっすらと伺えるだけだ。
「ナチス」という化け物の被り、本当の自分の姿を亡霊のように消した存在…それを作中で表現すると「ゴースト」なのかもしれない。
エルサも「ゴースト」のような存在だ。自分の存在を知られないように生き、生活する場所は壁の中しかない。そして彼女を見るとき、大半の人間は「ユダヤ人」という(彼らにとっては)化け物の象徴を背後に見る。エルサという輪郭がぼやけた存在は、まさしく「ゴースト」だ。
「ゴースト」という存在から脱却するのは、シンプルだが難しい。互いが相手を一人の人間であることを理解し、それぞれの持つ肩書を外して接することができれば、ゴーストでない人物と対話できるかもしれない。けれど、国家的に差別が進む全体主義の社会ではとても難しいことだ。
「ゴースト」というモヤのかかった人物とは対照的に、街並みや家具、自然の景色は彩度が強い映されていたのも印象的だった。石畳の美しい街や母と一緒に過ごす川沿いの緑色、カラフルな家具たち。人と人との衝突の裏で、世界はこんなにも綺麗なのに…と画面から訴えかけてくるようなコントラストの演出だった。
母が絞首刑にされてしまったシーンは特に強烈で、白が基調の広場の美しさ、鮮やかな蝶の青色があって、濁ったような紫色に染まった母の足首を映す。世界は変わらず綺麗なのに、人だけが汚れていく…そんな印象を受けた。
ラストシーンでは爆撃や瓦礫で汚れた世界の中で、今度は人が輝きを見せ始める。
「ナチス」、「ユダヤ人」という「ゴースト」ではなく、ジョジョ本来のもつ優しさとエルサへの想いによって、それぞれの本当の姿を見つめる二人。
立場の変化が難しいことを描き続けてきたからこそ、「ゴースト」を脱ぎ去った彼らが、なおさら輝いて見えた。
〇カメラワークとか
・ビビッドな色味がとても印象的だった。ジョジョの行動が自然と軽やかな感じに見えてくる。第二次世界大戦末期のドイツっていうどこからでも悲劇につながりそうな舞台で、意図しない悲劇を作りたくなかったのかもしれない。
・手りゅう弾で怪我をしたときの主観カットも良かった。時間の流れるスピードも主観的になるっていう。
〇その他
・イマジナリーフレンドのヒトラーの存在。ヒトラーは「ゴースト」ではなくて、そもそも実在しない、ジョジョの頭の中で作られたヒトラーなんだっていう設定が面白い。だから解決策を提示できないし、ジョジョ以上の思考ができない。心の中の「世論の常道」というナチスズムが、ジョジョの良心のような感じで顕在化していたんだろうな。
・エルサ役のいつでも居なくなってしまいそうな儚さの芝居が良かった。声質もそんな感じ。
・ジョジョの親友・ヨーキーがやけにマッチョなキャラクターで面白かった。見た目とはかけ離れた漢気っぷり。
・振り返るとベタだな~とは思うんだけど、ジョジョを逃がすクレンツェンドルフ大尉のシーンは良かったなぁ。