シン・ウルトラマンのレビュー・感想・評価
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強大な「個」の物語か、「ウルトラマン」の物語か。
○作品全体
『ウルトラQ』から『ウルトラマン』へと続いたように、『シン・ゴジラ』から『シン・ウルトラマン』のタイトルへ変わるところから始まる本作。おそらく、『シン・ゴジラ』の世界から地続きであることの示唆だと思うが、これを見た瞬間から『シン・ゴジラ』を前提としながら本作を見始めた。
『シン・ゴジラ』は日本の総力を上げてゴジラと対峙する物語だった。ゴジラに蹂躙される現代日本
が日常生活の一部であるオフィスビル、新幹線、電車が反撃の狼煙をあげる。作戦の立案から準備まで各省庁が、各個人が役割を担う姿が印象的だったし、言うなれば本作で神永が口にする「群れ」の力にスポットを当てた作品だったのだと思う。
本作はそれに対になるような「個」の物語だと感じた。ウルトラマンという圧倒的な個の力は、群れでは叶わない相手にも悠然と立ち向かっていく。今まで諦めなければならなかった怪獣の後始末も、ウルトラマンがすべて解決してくれる。
一方で浅見や滝が味わう無力感にもカメラが向けられる。この無力感はウルトラマンの存在が群れの戦いで戦果を挙げてきた禍特対にも及んでいて、それぞれの自尊心に傷をつける構図にもなっていた。ウルトラマンが敵に回ると地球人が思わされたザラブ戦はその前触れのようでもあって、「個」の強さの危険性を感じさせる。『シン・ゴジラ』から続く「群れの強さ」の物語の系譜が下地にあったから、「個」に対しては信頼と畏怖が入り混じったかのような感情を物語に散りばめているのだと感じた。
しかし終盤に改めて気付かされた。この作品は「個」・「群れ」という概念的なものではなくて、「ウルトラマン」が主役なのだと。人間としての神永と、外星人としての神永。その2つを併せ持つ稀有な存在となった「ウルトラマン」が、性質の異なるそれぞれにどう向き合うのか。終盤に焦点が当たるのはここ一点。
中盤、多くの時間を割いたメフィラスとの対話も外星人同士の「腹を割った話」のような空間を作って、ウルトラマンはどう考えるのか、という方向へ舵を切る布石だったのだろう。
しかし、「ウルトラマン」が主役だとすると禍特対の登場人物の描写は少なくてもいいと思うし(最序盤の禍特対の成り立ちを描くシーンは思い切った省略だったが)、2時間という上映時間ではどちらかに絞るという選択肢が必要だったのではないかと思う。『シン・ゴジラ』の巨災対の主たる面々に対して禍特対の面々は任務に対して明確な役割が明示されてないことが多く、なおさらそう感じた。
○カメラワークとか
・単純な実相寺アングル以外でもナメ構図が多い。序盤は特にそうで、登場人物の手と足の間から…みたいなものもあった。禍特対のメンツの濃さ、みたいな意味合いだっただろうか。
・ザラブ戦で上空から落下する浅見をウルトラマンが助け、ゆっくりと地面へ下ろすカットが面白かった。浅見を見るウルトラマンのカットはあおりのアングルなのに対して、ウルトラマンを見上げる浅見を正面から映すカットはほぼアイレベルの位置でカメラを置いている。本来であれば俯瞰にして「ウルトラマンを見上げる」イメージを強くするカットだが、ここは「神永を見ている」浅見にしたかったのではないだろうか。だから人間のアイレベルでカメラを置いたのでは、と感じた。
○その他
・ラストの残り時間表示の演出は「瞬間、心、重ねて」を思い出して笑ってしまった。時空の間で直立姿勢でクルクル回転するウルトラマンといい、ちょっとシュールに寄りすぎなところがチラホラ。
何故、ウルトラマンは戦うのか。
公開前からYoutubeなどで映像を確認していました。旧作との違いを感じたのは、映像の美しさやカラータイマーの無いウルトラマンのデザインでも無く、その姿のスケールです。
巨大なウルトラマンよりも、更に巨大な怪獣相手に命がけで立ち向かう。わざわざ、宇宙の彼方からやってきて、ちっぽけで役に立たない人類のために? なんでわざわざ? その疑問を改めて感じさせてくれたのはシン・ウルトラマンの映像であり、スケール感でした。そのスケール感があればこそ、身を挺して戦うウルトラマンの姿に、ほんの僅かな公開映像で泣けてくる思いがしました。そして映画本編もまた、その疑問に応える内容であったと思います。
ダメキャラかと思った滝君でしたが、終盤の活躍で見事にキャラ立ちしてました。巨大・長澤まさみの映像も、アナクロいっていうんでしょうか。お色気の前に笑えて仕方がなかったw そして、なんということでしょう。一兆度のゼットンの素晴らしいリメイクは必見。ゾフィー役に声優である山寺さんの登場に感動。見所一杯でした。
思えば、庵野監督はずっとウルトラマンを撮り続けてきたようなお方ですよね。あべのハルカスの美術館で公開されている庵野秀明展でも実感しました。果たして、ご本人にとって納得いく出来映えだったのでしょうか。願わくば、むしろ心残りがあることを願いたい。それは勿論、次回作も是非!という理由です。
ウルトラマン愛を形にした庵野秀明の凄みを感じるファンムービー
オリジナルのウルトラマンについては何となくしか知らない。庵野氏が関わった作品は「シン・ゴジラ」のみ鑑賞済み。NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」庵野秀明回と、庵野秀明展は観た。
そんな私だが、十分楽しめた。序盤の怒涛のテンポと、「シン・ゴジラ」を踏襲する独特の早口な台詞回しで、最初のクライマックスが早い。禍威獣もたくさん出てくるし、ウルトラマンとの対決シーンはリアリティと特撮っぽさのいいところ取りで見応えがある。劇中曲はほとんどオリジナルの空想特撮シリーズのものだったのだろうか?懐かしいようなわくわく感があり、とてもよかった。
オリジナルと比べてどうこうとか、それを踏まえた小ネタは私には語れないが、相当に作り込まれたファンムービーなんだなというのはビシビシ伝わってきた。
僭越ながら自分の視点なりに物足りなかった部分を言えば、有岡大貴と早見あかりの台詞回しが早口で言うことにいっぱいいっぱいな感じで、学者に見えなかったのが若干のノイズだった。「シン・ゴジラ」ではあまりそういうことが気になる場面がなかった。
それと、長澤まさみの巨大化に一人で笑ってしまったのだが、私が観た箱では周囲がほとんどしーんとしていたので、笑ってよかったのか自信がなくなった。彼女にお尻を叩かせたりして繰り返し体をアップにするのは、今時ちょっと微妙な表現だし、ゴジラの流れで軟派な表現が排除された物語を期待していたので、残念な部分だった。
島本和彦の自伝的フィクション漫画「アオイホノオ」に、彼の大阪芸術大学の同窓生である庵野秀明が、講義の課題フィルムでジャージ姿のウルトラマンを演じて以降「超時空要塞マクロス」制作に携わる直前までの姿が描かれている。これを読むと、彼のウルトラマン愛や「動き」への強いこだわり、完璧主義な性格がよく分かる。また、島本氏の健全な嫉妬心とともに、庵野氏の才能が学生の頃から飛び抜けたものであったことも仔細に描かれている。私がゼットンを知ったのは、何を隠そう(?)この漫画の中で赤井孝美氏(現米子ガイナックス代表取締役)がゼットンの物真似をしていたからだ。
また、上記のフィルムは庵野秀明展で実際の映像を見ることが出来た。本作で庵野氏はモーションアクションアクターもやっているが、経緯を踏まえるとそりゃあやるよな、やりたくて仕方なかっただろう、と思う。
島本ファンの私は、そっち経由で庵野氏のウルトラマン愛の歴史に触れていたので、彼の作品やウルトラマンシリーズをコンプリートしてもいないのに、本作が形になったことに不遜にもちょっとした感慨を抱いた。
好きなものへのこだわりを長年貫いて形にする。それを成し遂げたクリエイターの凄みも、本作の魅力のひとつなのかも知れない。
おまけ追記:ムビチケ特典映像の話
その後知人に、オリジナルの「ウルトラマン」全編と「ウルトラファイト」のDVDを借りて鑑賞。
ムビチケ購入特典映像「シン・ウルトラファイト」を観た。
特典映像の方は撮り下ろしではなく、映画本編の禍威獣との対決シーンに、山寺宏一のちょっと楽しいナレーションを当てたものだった。オリジナル「ウルトラファイト」のユルさを期待していた私には肩透かしだったが、オープニングや映像の終わり方はそれらしく作ってあるし、本編の対決シーンをもう一度楽しめるので、まあ乙なものではないでしょうか。
ウルトラ世代には堪らない!
ウルトラQ、ウルトラマン、ウルトラセブンを食い入るように見た世代には、堪らない作品。まさかウルトラQのオープニング、怪獣からウルトラマン初期の禍威獣を科特対が中心となって倒すところから、これ見たよねーって心を鷲掴みにされる。ウルトラマンと人類との関係性、人間は野蛮で未完成ではありながらも、自らの命さえも犠牲にして人を助ける素晴らしい部分をウルトラマンが信じるという基本姿勢がこのシン・ウルトラマンでも生きていて、良かった。
ネロンガ→ガボラの背後にザラブ星人がいて、ウルトラマンとの対立を利用する狡猾なメフィラスがいるという、込み入ったストーリーも複雑で現代的でよかった。「シン・ゴジラ」など、最近の日本映画に見られる国際社会を意識した安全保障上の制約、官邸の動きなども細かく描かれていて、より具体化されていた。
メフィラスが、ウルトラマンとの戦いで、ウルトラマンを殺してまで、この地球に興味がないという理由で手を引いたのは疑問符が残った。であれば、最初から戦う必要がなかったわけで、少なくても条件を提案し合って、妥協策を見出す等があっても良かったかも。
また、ゾフィーが、ウルトラマンの働きで人間巨大化計画を阻止したにも関わらず、その計画が地球外生命体の知るところとなったから滅ぼそうとするのは???余りにも短絡的すぎて、理解不能だった。
というように突っ込み所はあるけれど、よく練られたストーリーで、長澤まさみの巨大化、旧作品のオマージュ、再現性の高さ、ウルトラマンの犠牲的な精神と人類の未来と可能性への信頼等が組み込まれていて、ウルトラ世代には、やはり堪らない作品となった。
真実と正義の美の化身
まず一言。
この現代にシンの初代ウルトラマンを蘇らせてくれてありがとう。
自分はコッテコテのウルトラオタクなので、今回何が再現やらオマージュやらされるのかとワクワクして観に行ったら早速!!アバンタイトルが現代技術で再現されてるじゃないですか!!!
死ぬほどみた黄色と青の絵具のぐるぐる!そしてシンジャパンヒーローズユニバースの初代、シンゴジラからのシンウルトラマン!!東宝と円谷が名を連ねてるだけですごい、、。既にここでテンションはぶち上がり。
からの!!「ウルトラQ」だッッッ!!
BGMがっ!ゴメス!マンモスフラワー!??ペギラ!!ラルゲユウス、!カイゲル(ゴーガ)!?パゴス!!多すぎる、開始10秒で無事死亡。
てかマンモスフラワーとかぶったまげすぎるし、ゴメスは元々ゴジラの着ぐるみを改造したものだからCGモデルもシンゴジラのを流用してて細かすぎるっっ!って見ながら暴れてた。
長くなるのでウルトラマン登場まで飛ばします。
ここで予告と違ったのはまず体の赤ラインが無く完全な"銀色の巨人"になってたこと。
それよりも!!顔が!!マスクが!Aタイプになってるじゃないですか!!!しわしわの顔!サプライズ!!
BGMも当時のと合わせており股下アングルまで盛り込む変態さ。
胸板バリアも決めてアホ威力のスペシウム光線。
さすがIMAX。迫力が違う。
IMAXでウルトラマンが観れるという今後一生あるかないかの貴重な経験をありがとうございました。
上記のゴジラ→ゴメスの着ぐるみ改造の件もそうだけど、パゴス→ネロンガ→ガボラも着ぐるみが改造されているんですよ。
予算削減の為の着ぐるみ改造を「生物兵器のアタッチメントを付け替えたみたい」と設定にもってくるのは変態過ぎじゃない???敢えてCGモデルも流用してるのも変態。
ガボラとの戦闘シーン。ウルトラマンが飛ぶ時のポーズが当時の飛行人形(昔はCGがあまり使えなかったので飛んでるポーズの人形を作り、吊るして飛行シーンを撮影していた)の形そのまんまなのは予告でわかってたけどまさか着地するシーンのバックで飛んでくるとこまで再現するとは思わなかった、、!!(当時は上記の飛行人形を使っていたので着地シーンの直前、降下してくるシーンは飛行人形を逆向きに進ませて着地に繋げるシーンがあった)
これは変態すぎる。
しかもガボラは着ぐるみが重くて自力では立てなかったからワイヤーで吊るして四足歩行→二足歩行にして撮影してた。それをシンでは尻尾のドリルを使って山にブッ刺し引っ張り上げるようにして二足歩行へとしていた!こんなニッチなネタ誰が気づくんでしょうか!
さらにザラブ星人の登場。体の裏が透明で中が透けて見えるのはCGならではの演出で良い。そしてしっかりニセウルトラマンまで!!見た目が原作よりわかりづらくなってる!
長澤まさみが捕まるのもビルをぶち壊して登場するのも原作を再現していると思ったその矢先、!なんとここだけ!アクションシーンが忠実に再現されているではないか!!!!子供の時から死ぬほど見ていたニセウルトラマンとの戦闘シーン。構える両者のカットを見た瞬間に体の向きや手の微妙な動きが完璧に再現されているのに気づいた自分も相当変態であろう。
腕掴みからの目ん玉チョップで手を痛がる。さらに飛ぼうとするニセウルトラマンにスペシウム光線を打ち込み(威力が増し増しでカッコ良すぎた)ビルに突っ込み変身が解けるザラブ星人。ザラブ星人の変身が光学迷彩みたいに解けるのも良い。ザラブ星人の怪音波が可視化されてたのも面白い。そこから空中戦へ。ここでBGMが切り替わるのも完全再現!
撃墜されても飛行人形ポーズを崩さないのはこだわりだろう。CGだからいくらでも体勢は変えられるが敢えて飛行人形のポーズのままにしているのは多大なるリスペクトを感じる。
次にメフィラス。デカ長澤まさみも再現しており現代らしい影響も描かれていた。メフィラスは当時1人の子供に地球を受け渡すよう要求していたが今回は国のトップに要求するという、より説得力のある侵略方法になっていた。
ザラブ星人は当時のままの侵略方法で問題なかったがメフィラスはたしかに子供にそれ言わせてもなぁという感じもあったので良い改変であったと思う。
あくまでもスマートに侵略を完成させようというメフィラスだが、いざ戦うとなるとウルトラマンと互角かそれ以上の戦闘力があるのも当時からある彼の魅力だ。今回も変わらず。光線の撃ち合いは相変わらずの迫力だ、!
ここでまさかのゾフィーかと思いきやゾーフィ笑
これは笑わざるを得ない。
ウルトラオタクはゾフィーやゼットンくらいは予想していたと思うがまさかゾーフィがくるとは誰も思わなかっただろう。
当時のガバガバだった児童誌の誤植を使うかね?????
かなりコアなネタだろ。これ。
知らない人に言うと当時はゼットン星人なるものが地球侵略のために送り込んだ怪獣がゼットンであり、ゾフィーは光の国、ウルトラ兄弟の長男。ゾフィーは決して敵ではない。
しかしどこよりも早く怪獣図鑑を発売したかったある出版社が急ぎに急いだ結果、どこかで情報が歪み名前とイラストはゾフィー、説明はゼットン星人というキメラが誕生したのだ。それが宇宙人ゾーフィである。(良かったら画像検索してみてください)
今作ではまさにゼットン星人+ゾフィーの役割をゾーフィが担っており(ゼットンを送り込む→ゼットン星人、ウルトラマンに光の国に帰るよう説得→ゾフィー)はじめはウルトラマンも「ゾーフィ」と呼んでいたが、後半のゾフィー役のパートではしっかり「ゾフィー」と聞こえるように呼んでいたのも面白くて笑ってしまった。ゾフィゾフィゾフィゾフィーー
ゼットンの火球も二つが合わさって一つの赤球になる出し方になってて細かい。
そしてやはり最後はやると思っていた変身バンク!これがあってこそウルトラマンでしょう。
と思ったら人間と分離する時のちっさくなっていく逆バンクまであってやっぱり変態だったわ。
ウルトラマンが飛んでいくシーンのソニックブームやゼットンの一兆度の火球は太陽系が蒸発する温度とかいう演出は"空想科学読本"から持ってきたのかな?とか思ってニヤニヤしていた。小学生のとき読んでたなぁ。
言葉は話せないが身を挺して人間を守ることで信頼を得る姿。アイコンタクトで少し優しく微笑んでいるように見えるウルトラマン。ウルトラマンに頼り切ってしまう人間の過ち。ウルトラマンは決して神ではなく、地球は人類自らの手で守ることが大切ということ。これこそがウルトラマンであり、ウルトラマンの真髄である。
完璧に"シン"ウルトラマンであった。
人間賛歌
冒頭、ウルトラQの怪獣が姿を現しシンゴジラのテロップが改まりシンウルトラマンとなり始まるこの映画
いろいろとウルトラシリーズのオマージュが多く子供のころビデオで見て育ったから「こんなだったな」と懐かしい気持ちになる一方、ザラブ星人が人間をだまし殲滅をもくろむ狡猾さ、メフィラス星人の「人間は我々高度な外星人に従うべき」という考えの押し付け、どうせ狙われるならば滅ぼしたほうがいいという光の国の決定に立ち向かうウルトラマンの姿もよかったけれど、太陽系を消滅させるような強敵ゼットンを倒すための術を発見し人間の手で解決する展開も良かった
初代のラストをしっかり踏まえている一方、絶望的な出来事を人間は乗り越えられるそんなメッセージは現代にも通用するなと思った。
ウルトラシリーズが好きだった方にもお勧めだけれどそうじゃない方にも突き刺さる映画だなと感じた
ウルトラマンは守りたい…ですか。
個人的にはもやもや感が残る作品だったな。庵野秀明のファンとか、シン・ゴジラやエヴァが好きな人は喜ぶのかな。
なんかジブリっぽくなってしまったなあ。という印象。
人類は愚かで弱い存在で、このままでは自滅してしまう。だからウルトラマンは地球を守りたい、という話。
庵野秀明が本作にどんなテーマや問いを設定したのかはわからないが、小生が鑑賞した感想としては、電力や原子力といった直接的な脅威もそうだし、外国からのさまざまな攻撃といったものがあって、人類は自らを滅ぼしかねない状況になっている。その危険を警告しているような印象だった。
本作では怪獣は日本にしか現れなくて、宇宙からの工作員やスパイみたいな存在がやってくる。これは現実には海外から来ているわけで、そういうメタファーなんだと思う。そういう連中をウルトラマンが身を挺してやっつけてくれるわけだが、現実にはウルトラマンはいないのだから、自ら身を守るか、破滅するか、ということになる。
そうですか…。という感じだった。やっぱりこういうストレートなテーマじゃないとヒットしないのかもしれないなあ。
正義のヒーローはどこいったの?
カイジュウと日本が戦っていた。
そんな中ウルトラマンが現れ、カイジュウを倒した。
日本がほかの生命体に脅かされたり、ウルトラマンの同族が地球を破壊しようとしたという内容だった。
ウルトラマンという概念が覆られました。
正体がすぐにばれたりしているし、地球外生命体が交渉にくるし。
昔のウルトラマンって感じはしなかったです。
ウルトラマンの同族が地球を破壊しようとしている所で、正義のヒーローではなかったのかと思いました。
前半は好きだが…
ネロンガ・ガボラ戦はスピーディに、ザラブ星人も細かいネタを入れつつほぼ原作通りでよかった。
長澤まさみが巨大化するまでは原作通りでだったが、そこからメフィラスに変な設定付けたり、ベーターシステムで誰でも巨大化出来たり、光の国の掟でゾーフィがゼットン持ってくるとかやりたい放題。
本来なら地球の事で宇宙人同士が争っても意味がないって撤退するのに、あれじゃメフィラスがただ逃げただけになる。
ベータカプセルを点火したあとまた点火って意味がわからない。
それにゾーフィが命を持ってこないから結局リピアは神永に譲って死亡したし。
後半の改変が酷かった。
ウルトラマンのネタバレにがっかり
ガキの頃からウルトラマンもウルトラセブンも、正体は誰か分かっているけどはっきり明かさない製作者と観客の阿吽の呼吸感。あっさりと紳士協定が崩れて何となくシラケモード。
面白かったのは長澤まさみさんのガリバー化かなあ。
山本耕史さんとのやり取りもうざくて。
シンゴジラの感動はなく、個人的には残念。
恐るべき特撮作品
物語や映像については好みが分かれる作品だと思う。
だから、酷評も絶賛も、どちらも頷けるものが多い。
私的には最高だったが、この最高が最低に感じた方も多い。本作は、つまりはそういう作品なのだと思う。
ただ一点。
本作の「ウルトラマン」知識について難癖をつけている方が散見されるのだが……それだけは「見識が甘い」とはっきり言っておきたい。
既に識者の多くが解説しているので、本レビューでは詳細は省くが、本作はウルトラマンのメジャーな要素から、それこそ雑誌に掲載されたたった一文の木端設定まで、広く深く掘り下げて物語へ巧みに取り込んでいる。
主なものは、何故一般的に「ゾフィー」として名の知れる彼が、違う姿・名前で登場したのか? という点だろうか。
識者による解説を読んだ時はひっくり返ったものだ。
庵野秀明とは実に恐ろしいオタクなのだ、と再認識させられた。
万人が楽しめるのでなかろうか。しゅわっち。
ネタバレあり
映画館にて
ウルトラマンの知識
・三分で効果が切れる
・しゅわっち
以上
全く知識ないけど楽しかった。
明らか中心人物なのに今あなたが助けに行く!?
って思ったら案の定。
真剣なしゅわっちわろ。
片腕上げて地上に降り立つシーンや飛び立つシーンがシュールで好き。
ウルトラマン力持ちだし敵のビーム跳ね除けるしつよつよ。
長澤まさみが大きくなる、スーツかなんかのCMは見てたけど、
まさか本編でも人間の姿形のまま大きくなると思わんやんw
宇宙での戦いでウルトラマンが盾持って戦うシーンはエヴァみ。
時空の狭間?のぐねぐね感がいい感じにウルトラマンみあってよかったと思います。
昭和のアニメ感。
おもしろかったです。
シンモスラ期待。
22.5.29 映画館
この二日後映画館休業すると思わんやん・゜・(つД`)・゜・
お願いだから復帰してほしい
日本人だからこそ生み出せるウルトラマン哲学
空想と浪漫。そして、友情。
生粋のウルトラシリーズファンです。
現行の最新作トリガーまで鑑賞しております。
2022年の邦画に於いて最も待ち望まれた作品ではないでしょうか?
公開前に総監督が庵野秀明ではなく、樋口真嗣と聞いて少しだけ不安にもなりました。
樋口真嗣は特技監督としての手腕は信じてます。
しかしかつてシン・ゴジラが、あれ程までの傑作になれたのは、庵野秀明が邦画のテンプレを破壊する為に俳優陣に忖度しなかったからこそ。
樋口真嗣は優しすぎるので邦画の悪い癖が出てしまうのではないかと疑ってしまいました。
しかしそれは全て杞憂でした。
樋口真嗣監督の元、スタッフ・キャストの皆様の熱意は充分に伝わって来ました。
以下、本作の良かった点と悪かった点を。
【良かった点】
○何よりも作品の方向性が素晴らしい
私的にゴジラとウルトラマンは戦争を体験した日本人が生み出した人類哲学の総括に位置する作品だと思ってます。
ウルトラマンは「人類とは何なのか?」を常に説いてきた作品です。
PVにも映っていた「野生の思考」が正にそれです。
ここでウルトラマンを構造主義的観点で描こうとする部分に庵野秀明の熱意が伝わって来ました。
ウルトラマンの精神面から観測した人類。
人類の精神面から観測したウルトラマン。
ウルトラマンを見続けてきたあらゆる疑問への解答が心地良いです。
特にウルトラマンとメフィラスの問答は、必聴かと思います。
我々、人類の視野の狭さに忸怩たる思いを抱きました。
○禍威獣と言う名の美しさ
長らく我々が「怪獣」と呼び、書き続けて来た言語が更新された。
既存の言語が変化する事は国の文化が豊かである証左だと思っています。
ここに日本文学と禍威獣の双方の密接性と美しさが現れている。
ゴジラが現実の国難の度に真価を発揮するようにウルトラシリーズの禍威獣が、新たな語彙を獲得した事に意味があると思う。
○圧倒的なCG・VFX表現
日本では優秀なCGクリエイターがゲーム業界に流れていく傾向にあります。
それ故に国産ゲームの映像は世界トップクラスなのに対して邦画は、大きな変化が見られない現状。
しかしそんな不安を払拭する見事な表現でした。
ウルトラマンを筆頭にネロンガ、ガボラ、ザラブ星人の映像が素晴らしい。
レジェンダリーのモンスターヴァースに劣らない生物の躍動感が表現されていました。
又、破壊描写も圧巻!
予告にもあった山を穿つスペシウム光線の他に建造物の破壊描写の緻密性も素晴らしい。
しっかり夜間の市街地、工業地帯とお約束の場所での戦闘シーンは最高です。
八つ裂き光輪が回避された後の工業地帯への被害描写なんて堪らない!
○鷺巣詩郎の音楽
エヴァやシン・ゴジラ同様に映像より目立たず、かと言って印象が薄くもない。
映像をより引き立てる素晴らしい役割を果たしていました。
又、劇中曲がオリジナルから引用して来たものばかりで終始ニヤニヤが止まりませんでした。
選曲をした人物は言わずもがな。
○登場人物の台詞
この言葉選び、語彙表現に関しては安定の庵野秀明脚本でした。
部分的に一般層が好みそうな台詞が組み込まれてはいるものの、
全体的に昨今の邦画業界のありきたりな台詞に媚びず、
観客の知性を信じ、引き上げる表現に好印象。
物理学、生物学などあらゆる専門学の単語の羅列は、シン・ゴジラを思い出して心地良い。
○感情移入と共感性の意義
昨今の観客は感情移入を人間ドラマによる登場人物への没入感を指し示す人がいるが、それは間違いである。
それは共感であり、感情移入とは総合芸術たる映画に於いてあらゆる要素に適用されるもの。
基本、日本人は無表情であり感情を爆発させながら会話はしない。
今の邦画は、役者が演技をし過ぎて逆に不自然。
だからこそシン・ゴジラでは、役者に演技をさせなかった。
それにより登場人物に共感出来なかった人々がいた。
それはそれでいいのですが、もう少し映画鑑賞のフォーカスを変えるのは如何でしょうか?
今回、フォーカスするべき点は
「ウルトラマンから見た人類」と「外星人から見た人類」、そして「禍威獣から見た人類」です。
ここを念頭に鑑賞すれば、この作品全体に感情移入が出来ます。
何より主人公はウルトラマンです。
ウルトラマンの気持ちを汲んで下さい。
○禍威獣のデザイン
いずれの禍威獣・外星人もオリジナルモデルを無理のないリアリティある造形に落とし込んであり、禍々しくも美しい日本の怪獣観が損なわれていなかった。
人間の発想は完全なる自由ではなく、現実世界と地続きのイメージの基に生物学的な成り立ちを露呈してしまう。
人間は形態学的感性から抜け出せないものだが、今回の禍威獣達は正に人間の感性への挑戦となっている。
私的にガボラとメフィラスのデザインが、とてつもなく素晴らしいと思う。
又、禍威獣達が放置された生物兵器と云う解釈も良かった。
何故、「ネロンガやガボラが酷似しているのか?」への解答でもある。
メタ的にスーツを改造して新規怪獣を生み出した先人達への敬意にも感じられた。
○禍特対
人間ドラマを省いてきたシン・ゴジラに似て非なる構成に拍手。
過剰な感情表現はなく、合間に然り気無い仕草や最低限の感情の暴露だけで友情を強く実感出来た。
シリアスとコメディのバランスも絶妙。
また出演者の中にシン・ゴジラの馴染みの俳優さんを配置する遊び心。
○冒頭の演出
ウルトラQ、ウルトラマンのあの演出が始まったらと思ったら「シン・ゴジラ」に笑ってしまいました。
また禍威獣第1号がゴメスだったのも最高です!
何からに何までウルトラマンファンを絶対に楽します気満々で良かったです。
○ゼットン
先ず誕生経路が、ウルトラマンを通じて哲学をして来た人々の答えが形となった事に嬉しくも切なくも感じた。
ウルトラマンはいずれの人類の敵となる。
否、正確には宇宙に害を成す人類が宇宙生命の敵となると言うべきだろう。
こうなるであろうファン達の考察通り、今作のゼットンはゾフィーによって生み出された。
天空のゼットンを傍目に日常を続ける風景は、現実世界と何も変わらない。
ゼットンのデザインも完璧であり、原典のゼットンの攻撃パターンを見事に再現している。
攻略法もウルトラマンファンならニヤリとする。
「ウルトラマンと人類が協力すれば倒せない敵などいない」。
ここはウルトラマンメビウスを観て来たファンならば胸に込み上げるものがあるかと思います。
○ウルトラマン
先ずはデザインですが、成田亨先生へのリスペクトが無ければ、完成しなかった完璧なるデザインです。
カラータイマーと覗き穴を無くしたのは英断。
成田亨先生が思い描いた「真実と正義と美の化身」たるウルトラマンをこうして拝める日が来ようとは...
圧倒的に美しいデザインに感無量です。
エンドロールに成田亨先生の名前が出た時は泣きそうになりました。
カラータイマー無しの活動限界をボディラインの色で表現したアイデアが良かったです。
スペシウム光線、八つ裂き光輪の表現も文句なし。
長らくファンの間で議論された「人格の主導権はウルトラマンなのか?ハヤタ隊員なのか?」についても今作はハッキリしていた。
○結末
続編も作れる結末ではありましたし、考察が捗ります。
ウルトラマンの自己犠牲、人類への想いに胸が熱くなりました。
ウルトラマンの期待を裏切りたくない気持ちで胸がいっぱいです。
仲間が見守りつつ、エンディングへの流れは余韻が残ります。
【悪かった点】
○ウルトラマンの戦闘時に於けるCG
シン・ゴジラ同様に意図的に嘘臭い表現している部分は分かります。
が、やはり偽ウルトラマンやメフィラスとの戦闘時は、明らかなCG臭さが目立っていました。
全体的に一般的な映画レビューではなく、小論文に近い投稿になってしまいました。
しかし冒頭に書いたようにゴジラと同様にウルトラマンとは人類学であり、現実に於いて思考する事のない複雑性を帯びた命題を投げ掛けてくれる素晴らしい作品です。
故に必然的にこのようなレビューとなってしまいます。
人類とは何者なのかと問われた時、怪獣を引用して解いてきたのが日本人。
それは戦争を経験し、戦後は荒廃した祖国の姿を見た人々だけが理解出来る哲学なのかもしれません。
しかし私は、このシン・ウルトラマンが提示してくれた疑問や哲学に深い敬意を表したいです。
ゴジラやウルトラマンを生み出した日本人だからこそ描ける普遍的な人類哲学があると再度知る事が出来て本当に嬉しかった。
最後に...
「空想と浪漫。そして、友情。」
このキャッチコピーに偽りなし。
長く続くウルトラマンをこのような形で生み出してくれたスタッフ・キャストの皆様に感謝を。
そしてウルトラマンと出会えた人生に感謝を。
誰もがほれてまうやろ
とにかくウルトラマンの金色こんじきに輝く肢体が美しく神々しく、広隆寺の弥勒菩薩を初めて見た当時の人々はこんな気持ちだったのでは、ま、現代の人でもわかる感覚だと思うので、とにかく序盤から登場する美しく愛と正義に金色なウルトラマン、見てしまったら誰もが惚れてまうやろ、という存在の危うさ美しさ。どのようにこのポーション、何人の心もつかむ造形動作表情をクリエイトできたのか、これだけでも観てよかった、と拝みたくなる。
斎藤工もなんかこの純粋な存在の、人間社会に地球社会中おける曖昧さをびったり表してよし。
本当に面白い?
シン・ゴジラは怪獣が現れた時、今の日本の法律等で想定出来る政治家の動向を滑稽に描いて面白みは有った。が、今回はそれの焼き直しでウルトラマンを当てただけだった。
「セブン」でも、宇宙人が子供に契約をさせようとする話しが有ったと思うが、劇場版で、しかも国家と宇宙人で契約って設定を出されてもなぁ。しかも、地球人を巨大化させれば兵器になるから、これから他の星からも目を付けられるって・・・・地球人しか巨大化出来ないの?
終盤、エヴァで散々見た良く分からん言葉の羅列で言い含める演出。
エヴァ新劇場版もエンタメを作ると言い始めたが、最後は旧作の焼き直しでエンタメとは言えない着地。
ジブリ・宮崎作品と言う事で面白く無いと言えない、面白いと思ってしまう空気になった頃の感じになって来たなぁ。
マニアックです
TVシリーズを観ていた世代としては、オマージュ満載で楽しめました。
それ以外の方にお勧めはしません。
長澤まさみの巨大化なんて、元ネタ知らない方は???ですよね。
全体の構成は、短編を数珠つなぎしたような作りが少し残念。
ジャミラやウーの話を深く掘り下げてみても面白かったかも。
(と言いつつ3回鑑賞 笑)
面白いヤツがてんこ盛りだったー
シンゴジラよりも、ニヤリが多く、ツッコミどころ満載‼︎
・ゼットンはロボット⁉︎しかもビグ・ザム風。弱さも似てる。
・ゾーフィーはゾフィー兄さんなんだろうけど、フォルムがねぇー。
・長澤まさみの巨大化は進撃の巨人
・斎藤工と山本耕史のブランコと居酒屋でのやりとりは、まさにモンスターエンジンの神々の遊び
・ゼットンを倒した後ののゾーフィとの対面時の背景は、完全にウルトラQのオープニングのカラーバージョン
アマプラで字幕もあったので、意味は別にして、しっかり話についていけた。
シン・仮面ライダーも楽しみ!
天才かくありき⁈
ハッキリ言って、庵野さんのウルトラマン愛を最新技術と彼のコダワリで映画にしただけの作品。天才が過去の天才のアセットから生まれる事が良く分かります。庵野秀明展もみにいきましたが、最高でした。
あと、役者陣が素晴らしい!巨大化した長澤まさみを始め、斎藤工、山本耕史は出色。最近、2人の絡みのCMパロディが出てきたり… 西島くんはもちろん、有岡くん、あかりちゃんも良い。庵野さんの溢れる愛で、シン仮面ライダーも期待してます!
庵野秀明によるストーリー展開はとても秀逸で、俳優たちの魅力が十分に引き出されてもおり感心
樋口真嗣監督、総監修庵野秀明による2022年製作の日本映画。
配給は東宝。
万能の強さに思えていたウルトラマンが脅威に歯が立たない状況に落ち入り、彼が伝えてくれた数式等をベースに科学者である有岡大貴や月見あかりらが人類の英知を集めて策を練るという庵野秀明によるストーリー展開がよく出来ており、かなり楽しめた。
山本耕史演じる実は悪意持つ外星人メフィラスに圧倒的な力を見せつけられ、すぐに条約を結ぼうと動く日本政府の描写が辛辣で、その稚拙さにある種のリアル感を覚える設定もなかなか。また、外星人であるウルトラマンが斎藤工演じる子供を身を挺して救った神永新ニと合体するのはいかにも庵野的と思ったが、そもそもオリジナルの設定が人間との合体ということで、本家はそちらということの様だ。最後、ウルトラマンの命と引き換えに合体が解かれ、神永新ニが目を覚ますラストシーンが、実に鮮やかな印象であった。
長澤まさみ演じる分析官浅見弘子の巨大化はオリジナルの踏襲らしいが、タイトスカート姿にしたのは庵野らしい作為か。そのローアングルも含むネット画像の数々を、正常化してから呪う彼女の姿が何とも可愛く、それを全部消してみせるメフィラスの能力の描き方が今風でとても上手い。ウルトラマンが巨大化する装置をあさみの残香で追跡というアイデアはオリジナルの様で、よく考えたとは思った。ただ記憶のためウルトラマン斎藤工が風呂に入っていないと言う長澤まさみの匂いを嗅ぐシーンはかなり際どくて、良い意味で樋口演出に驚かされた。
今まさに旬な俳優と言えそうな斎藤工,長澤まさみ及び山本耕史の良さが存分に引き出されていて、傑作であったシンゴジラには及ばないものの、樋口真嗣による演出への不安を消失させる、とても面白い映画であった。
監督樋口真嗣、総監修庵野秀明、企画庵野秀明、准監督尾上克郎、副監督轟木一騎、監督補摩砂雪、脚本庵野秀明。
製作代表山本英俊、製作塚越隆行、市川南、庵野秀明、共同製作松岡宏泰、緒方智幸、永竹正幸、原作監修隠田雅浩、エグゼクティブプロデューサー臼井央、黒澤桂、プロデューサー和田倉和利、青木竹彦、西野智也 、川島正規、協力プロデューサー山内章弘、ラインプロデューサー森賢正、プロダクション統括會田望。
撮影市川修、鈴木啓造、照明吉角荘介、録音田中博信、整音山田陽、美術林田裕至、佐久嶋依里、装飾坂本朗 、田口貴久、スタイリス伊賀大介、ヘアメイク外丸愛、デザイン前田真宏、山下いくと、VFXスーパーバイザー、佐藤敦紀、ポストプロダクションスーパーバイザー上田倫人、アニメーションスーパーバイザー熊本周平、音響効果野口透、装置設計郡司英雄、VFXプロデューサー井上浩正、 大野昌代、カラーグレーター齋藤精二、編集栗原洋平、庵野秀明、音楽宮内國郎、 鷺巣詩郎、主題歌米津玄師、音楽プロデューサー北原京子、音楽スーパーバイザー島居理恵、キャスティング杉野剛、スクリプター田口良子、助監督中山権正、製作担当岩谷浩。
出演 斎藤工(神永新二)、長澤まさみ(浅見弘子)、有岡大貴(滝明久)、早見あかり(船縁由美)、田中哲司(宗像龍彦)、西島秀俊(田村君男)、山本耕史(メフィラス)、岩松了、嶋田久作、益岡徹、長塚圭史、山崎一、和田聰宏、高橋一生(ウルトラマン声)、津田健次郎(ザラブ声)、山寺宏一(ゾーフィ声)、堀内正美、小林勝也、利重剛、竹野内豊。
テンポ良くて面白かった
次々といろいろな怪獣や怪人が出てきて面白かった。
ゼットン戦がとてもアッサリだし、地上での肉弾戦を期待していただけに残念さはある
セブン以降にゾフィーが地球・人間のために戦ってくれるけど、ラストにウルトラマンがゾフィーを説得したからこそなんだろうなと思った
バルタン星人とかゴモラも出てほしかった
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