劇場公開日 2022年6月3日

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「正義を貫き通すことの難しさと尊さを訴えた力作」オフィサー・アンド・スパイ ありのさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5正義を貫き通すことの難しさと尊さを訴えた力作

2022年8月6日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 己の正義を貫き通すことの難しさと尊さを真摯に訴えた力作だと思う。

 ここで描かれているドレフュス事件は、フランスでは大変有名で、世界史的に見ても国家的冤罪事件としていまだに語り継がれている出来事である。

 自分は、本編にも登場する作家エミール・ゾラの半生を描いた伝記映画「ゾラの生涯」を観ていたので、この事件のことは知っていた。ただ、「ゾラの生涯」はゾラの視点で描かれた物語だったこともあり、事件の経緯や内情については詳しく語られていなかった。本作ではそのあたりが事件の当時者を含め詳細に語られている。改めてこの事件を別の角度から知ることができ、冤罪の恐ろしさを思い知らされた。

 そして、本作で忘れてならないことはもう一つあるように思う。それは事件の背景にユダヤ人差別があったということだ。ドレフュスに容疑がかけられた理由の一つに、彼がユダヤ人だったということがある。軍内部はもちろん、主人公のピカールさえ反ユダヤ主義であり、おそらく当時のフランスではこうした風潮が相当に強かっただろうと想像できる。後にナチスの台頭でユダヤ人の弾圧が強まっていくが、その片鱗はすでにこの頃から欧州全体にあったということがよく分かる。

 冤罪、人種差別、体制の隠蔽体質等、この映画には様々な問題を見出すことが出来る。そして、これらは何もこの事件に特有のものではなく、現代にも通じるものであると気付かされる。本作をただの史劇と一蹴できない理由はそこにある。実に普遍性を持った作品だと言える。

 監督、脚本を務めたロマン・ポランスキーは、自身もホロコーストの犠牲者であった過去を持っている。それだけにユダヤ人として差別されたドレフュスの悲劇には一方ならぬ思いがあったのだろう。
 と同時に、彼はアメリカ在住時に少女への淫行容疑で逮捕されたことがある。本人は冤罪を主張し、アメリカを追われ、いまだに入国できないでいる。自己弁護ではないが自らの黒歴史を清算すべく本作を撮った…と捉える人もいるだろう。

 こうしたスキャンダラスな意見が出てきてしまうのは仕方のないことだが、作品そのものの出来について言えば、映像、演出、ともに完成度が高く、改めてポランスキーの熟練した手腕には唸らされる。

 ただし唯一、終盤が性急で今一つキレが感じられなかった点は惜しまれた。このあたりは物語のバランスの問題だと思うが、ピカールの捜査に重きを置いた結果という感じがした。

 ともあれ、製作当時ポランスキーは86歳。この年でこれだけパッションの詰まった作品を撮り上げるとは、正直驚きである。残りの人生であと何本撮れるか分からないが、いまだに衰え知らずといった感じで頼もしい限りである。

ありの