「嘘と真実の戦い」オフィサー・アンド・スパイ 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
嘘と真実の戦い
本作品は、嘘を吐いて他人を貶める人たちと、真実に忠実な人たちの戦いの物語である。原題はエミール・ゾラの「私は告発する」という弾劾文書のタイトルで、邦題もそのままのほうがよかったと思う。
大抵の人は、嘘を吐くのはよくないことだと教えられて育っている。そんなふうに教えるのは、子供に嘘を吐かれると大人が困るからだ。だから嘘を吐くことには子供の頃に刷り込まれた罪悪感が伴う。世界のどこでも同じだと思う。嘘は悪いことだというパラダイムがワールドワイドに続いている。
ところが、嘘を吐くことにまったく罪悪感を感じない人間もいる。自己愛性パーソナリティ障害でおなじみの元総理大臣がその典型で、国会で118回も嘘の答弁をしても反省も何もなく、総理大臣を辞めたあとも「日銀は政府の子会社」などという嘘を平気で吐いている。彼と仲よしのトランプもプーチンも嘘を吐いて世界に大きな被害を与えている。どうやら嘘を吐いても平気な人間でなければ権力者にはなれないようだ。
権力を支えるのは役人と軍人である。それぞれ、役所と軍隊の利権を守るのが仕事だ。組織を守るためには、間違いは認められない。つまり組織ごと、自己愛性パーソナリティ障害に陥っていると言っていい。
しかし中には自分は嘘を吐けないという役人や軍人がいる。そういう人は強要や脅迫の被害者となり、場合によっては左遷や減俸の憂き目に遭う。日本では公文書の改竄を命じられて自殺した赤木俊夫さんがいた。本作品では主人公のジョルジュ・ピカールである。彼は軍律に従いながらも、真実に忠実な毅然とした態度を崩さない。この難役を、映画「アーティスト」で米アカデミー主演男優賞を受賞したジャン・デュジャルダンが見事に演じている。
虚偽を排して真実だけを口にする人は、心が穏やかな日々を送ることができる。しかし嘘を並べ立てて虚偽に生きる人は、常に不安である。本作品で描かれる裁判のシーンでは、落ち着いた表情のピカールに対して、将軍や大臣の不安そうな顔が強調されている。この演出は上手い。
軍の名誉などといった意味不明の概念のために、世界中でどれだけの嘘が積み重ねられているかを想像すると、軍そのものが嘘で塗り固められていると感じる。
第二次大戦中の日本では、軍の名誉のために一億玉砕というスローガンまで生み出され、国民はお国のために死ぬことが善であるという嘘を信じ込まされた。何より恐ろしいのは、2022年の現在も、死んだ兵士を「英霊」などという嘘の概念で祀り上げていることだ。あの戦争は全部が嘘だったと認めなければ、日本に平安が訪れることはない。