劇場公開日 2020年7月31日

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「まるで大林流『ユリシーズ』。彷徨の果てに辿り着いたのは…。」海辺の映画館 キネマの玉手箱 yuiさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0まるで大林流『ユリシーズ』。彷徨の果てに辿り着いたのは…。

2020年8月6日
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鑑賞方法:映画館

かつて大林宣彦監督作品に反発し、もしかして遺作となるかも、という一抹の寂しさと共に『花筐』(2017)を鑑賞したところ、力強く明確なメッセージと洪水のような映像に打ちのめされた観客による感想です。

被爆によってほとんどの団員が亡くなった実在の移動劇団、桜隊を扱っているということで、8月6日に合わせて鑑賞。

何度か予告を観ていたので、題名通り玉手箱のようにいろいろな技巧を凝らした作品なんだろうなー、と想像しつつ、「大丈夫、唐突に宇宙の誕生まで話が飛んじゃう、あの『ツリー・オブ・ライフ』(2011)を観ることができたんだもの!」という妙な自信と共に鑑賞開始。しかしぶっ飛んでいると思ってたあの予告は、実は本作の中でも「見やすい場面」をつないだものだった!あの『ロボコン』もぶっ飛ぶ突飛な導入部に、たちまち打ちのめされました。ただこの一見奇抜な設定も、監督なりの意図を込めたものであることは、結末近い会話によって明らかになります。

本作が劇場長編映画初出演となる吉田玲さんは、その凜とした顔立ちと存在感が素晴らしく、めまぐるしい映像において静的な印象の強い彼女の姿は、むしろ目を引きます。吉田さんの姿がなければ、画面全体の慌ただしさにさすがに辟易していたかも…。これも大林監督の演出上の采配だと思いますが、このあたりはさすがのバランス感覚。

洪水のような映像が約二時間展開した後、桜隊の場面になって物語は急速に収斂し、映像も通常の劇映画としての落ち着きを取り戻します。やがて登場人物の役割や物語構造が見え始め、これまでの一見奇抜なだけに思えた映像の断片が繋がっていくさまは圧巻でした。そしてこの出来事は、まさに75年前の本日(8月6日)あったことなんだと…、劇場の闇に沈み込むような感覚を持ちました。

本作の主題は、大林監督の化身であろう登場人物達が繰り返し口にしているため、実は非常に明確です。

・「嘘(映画的語り)」であっても「まこと(理想の未来)」をもたらす可能性がある。

・誰かが覚えている限り、人は生き続ける。

・軍靴(暗い未来)が忍び寄る中で、君(観客)はどうふるまうのか。

主人公三人は映画の世界に入り込み、映画の技術史をなぞるという『ユリシーズ』的冒険を経て、このテーマを浮かび上がらせていきます。特に観客自身の振る舞いを問いかける最後のメッセージは、度々登場する憲兵の姿と共に強烈な印象を残します。とはいえ『花筐』の最後に見せたような観客に突きつける鋭さはありません。むしろ、現世から去りゆく父(映画の端々に、監督自身の死の意識が垣間見える)と、これから生き続ける娘の会話という形で、あくまでも穏やか、かつ優しい口調で表現されます。これは恐らく、監督から娘・千茱萸さんへの作品を通じた愛情表現でもあるんだろうなー、と思い、ここでも何とも言えない感慨がこみ上げてきました。

誰にとっても観やすい映画、では決してないし、観通す上で相当なエネルギーを必要としますが、今観るべき価値のある作品であることは間違いありません。

監督の言葉通り、本作のエンドマークはお預けです。物語の続きは観客一人ひとりに委ねられました!

yui