「三年で変わる自らの思考」劇場 古元素さんの映画レビュー(感想・評価)
三年で変わる自らの思考
三年前、「又吉直樹渾身の恋愛小説」の謳い文句に惹かれ購入し、ただ純粋な女子大生の元に転がり込むクズ男にしか思えず、かつてない嫌悪感を抱き読後すぐ買取を依頼したことを覚えている。三年経って、当時の感情を確かめるため、そして三年分の知識がついた今これにどう感じるのか学ぶため、アマゾンプライム会員の期限内であるという偶然も相まって鑑賞に踏み込んだ。
結果、三年前と評価は逆転した。昔から読書好きである私は基本、原作を超える映画はないと信じ生きてきた。しかしこれは、私の固定観念を覆してくれた。他人の意見を聞かず自らの才能を信じ演劇の道をひた走る永田にも、永田に称賛の声を述べ元気にふるまいつつ自らの女優になる素質や彼からの評価に苦悩する沙希にも、自らを重ねた。演劇の道を究め大成することで大金を得て、自分にとって神のような存在だと思ってやまない沙希を幸せにしたいと藻掻く永田。永田を含め誰からも認めてもらえずとも永田に寄り添い、自己を壊す沙希。大切に思う人間を大切にしたいと願い行動することで、なぜ人はこんなにも傷つけあってしまうのだろうか。自らの経験も相まって悲しく思った。
沙希が酒に酔って永田に言ったことは、以前私も相手に対して思っていたことと同じだったことが印象的で、思わず涙を零してしまった。
「私は永くんに一回も褒められたことはないんだよ」
沙希は永田を褒めつつ、心のどこかで対等になりたかったんだと思う。相手を褒め称え、相手との間に壁を作る。しかし徐々に、自らが認められたいと願うようになる。この矛盾が「恋愛」ではなかろうかと感じた。
終盤、自転車の二人乗りで桜並木を駆ける場面。原作では、最後に少し良いことを言っただけで感化されるなんてと沙希を小馬鹿にしたことを覚えている。三年の時が経ち映像として再び観ると、最初仏頂面だった沙希がぼろぼろと涙を溢す姿を見て感じ方が大きく変わった。恋愛とは、些細な、刹那的な瞬間がかけがえのないもの。そしてあの場面のあの台詞が、沙希が永田に言ってほしかったこと、そう、沙希への褒め言葉だったのだ。そう感じると胸が熱くなった。
ラストシーンが素敵だった。二人の対話がいつしか劇へと変わる。あの劇で果たして永田は世間に認められ、演劇で大成したのか。否、永田が演劇で認めてほしかったのは、かの有名な評論家ではない、沙希だったのだ。沙希にさえ分かってもらえたら、それで良いのだ。私にはそう捉えることができた。
この映画には体的な愛情表現はない。しかし、二人の関係性は紛れもなく「恋愛」だった。大切に思うあまり自他を傷つけてしまいながらも思う関係。昔の私のような意見もあり賛否両論分かれると思う。しかし私にとっては「又吉直樹渾身の恋愛物語」に異論はない。