「一流の修復師の仕事 そして余談」ウエスト・サイド・ストーリー ニコさんの映画レビュー(感想・評価)
一流の修復師の仕事 そして余談
バーンスタインの名曲に彩られた、シェイクスピアベースの押しも押されぬ名作をスピルバーグがリメイクするのだから、一定のクオリティは担保されている。オリジナルと比較して格段に凝った舞台装置や風景描写、カメラワーク。バレンティーナやエニバディズに見られる、現代の感覚に合わせた登場人物や配役。しかも物語のテーマは異なるアイデンティティの対立という今の時代にも十分響くもの。
見て損はない作品だ。ただ、ついどこかスピルバーグの魔法のようなオリジナルアレンジを期待してハードルを上げて臨んでしまった私は最初、十分楽しめたけどちょっとオーソドックス過ぎるかな?という我儘な印象を持ってしまった。
本作のパワーの根源は圧倒的にジェローム・ロビンスの原作とバーンスタインの楽曲にあり、スピルバーグはあまり独自性を主張せず、ビジュアルとポリコレ面について名画の修復師のような役割を果たした感じに見えた。経年による違和感だけを丁寧に取り除き、物語とバーンスタインが現代の観客によりストレートに響くようにする職人技。そう考えると、また違ったスピルバーグの凄さが見えてくる。
作品そのものの感想からは逸れるが、本作の批評記事を見ていて、二つほど引っかかることがあった。
ひとつは、ドクの代わりにバレンティーナを登場させ、それをリタ・モリノが演じたことや、トランスジェンダーのエニバディズにノンバイナリーのアイリス・メナスを配したことをもって画期的と賞賛するものがあったこと。
作品にマイノリティを登場させ、当事者にそれを演じさせるというのはそれだけでメッセージ性があるしリアリティも増す。重要性は分かるが、これは昨今のセオリーとなりつつある手法で、こうした現代へのチューニングは監督個人のクリエーションというより最早マナーに近くなっている気が、個人的にはする。作品独自のものとして評価することには違和感を覚えた。
(ちなみに、調べたところトランスジェンダーとノンバイナリーは違う性自認のようだ。これが正しければ、当事者性を尊重した配役とは言えないのかもしれない。個人的には一部の過度な当事者性重視には思うところはあるが)
もうひとつは、相対的に61年版を貶めるような記事があったことだ。一例として、小西未来氏が本作について書いた映画.comの「ハリウッドコラム」から、61年版の評価を引用する。
「現代の視点で見直してみると、傑作とはとても呼べないほど、著しく劣化していた」「感情移入がしづらい」「(掛け値なしの魅力があるので)一部が腐っているからといって、そのまま葬り去るのはあまりにももったいない」
ちなみに一部腐っているというのは、プエルトリコ系の人物描写にブラウンフェイスという手法を用いていること、映像表現やセットの古さ、当時の観客なら理解出来ても今の観客には物足りない心情描写、などを指すそうだ。
ブラウンフェイスがよくないなのはまだ分かるが、その他はうーん、昔の映画なんだから当たり前だし、そういったことを古い映画の味わいとして楽しむ人間もいるので、そこを劣化だの腐ったとまで書かれるのは、個人的にはちょっと心外だ。昔の映画のそういうところを現代の視点で斬るのは、後出しジャンケンではないかなあ。
いや、古くさくなったと評してもいいんだけど、言葉を選んでほしいかな。オリジナルのパワーは今も色褪せず、劣化なんてしていない。スピルバーグは、腐りかけた作品を拾い上げたわけではないと思う。
ポリコレ修正したリメイクが出た途端、オリジナルを相対的なポリコレ意識の低さで貶める記事を最近別の映画でも目にしたが、そういった見方はあまり好きではない。
昔のオリジナルとよいリメイク、それぞれの違ったよさがあるはずなのだから。
古い映画の味わいとして楽しむ…実に同感です!
批評的批判なら良いですが、新作を褒めるために旧作を貶してるのか、よく分かりませんね。
鑑賞力の問題なんでしょう。
冷静かつ客観性に富んだ素晴らしいレビューをありがとうございます(経年による違和感だけを丁寧に取り除き…この表現には唸りました)。
この映画に関するレビューは、自分にはとても思いもつかない深くて示唆に富んだ内容のものが多くて、とても勉強になります。
これだけ質の高い映画ファンの多くに、こんなに語らせるのだから(しかも英語が母国語でないこの日本で)、スピルバーグがいかに偉大な監督なのか、ということがよく分かります。
今晩は。
”昔のオリジナルとよいリメイク、それぞれの違ったよさがあるはずなのだから。”
全く同感です。
拙レビューでは”オリジナルと比較する観方は止めよう・・”と表現しましたが、私はオリジナルとリメイクを比較して観る事があまり好きではなく。
共感した次第です。では、又。あ、返信不要ですよ。