「これからも語り継がれる物語(ミュージカル)」ウエスト・サイド・ストーリー 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
これからも語り継がれる物語(ミュージカル)
長年ミュージカルを撮りたがっていたスピルバーグ。念願叶って、初めて歌い踊る。
しかし、手掛けるのはオリジナルじゃない。リメイク。しかもよりによって、ハリウッド・ミュージカルの至宝の一つ『ウエスト・サイド物語』…!
誰もがこれを聞いた時、驚いた筈。だってオリジナルは、アカデミー10部門に輝く名作中の名作。それをリメイクする必要性はあるのか…? 『ベン・ハー』の悪夢が嫌でも脳裏に蘇る…。
もしやっちまったら、大失敗どころではない。スピルバーグ自身やオリジナルに傷が付く。
絶対に手を出してはならない神聖な領域レベル。
キャリア史上最大であろうプレッシャーに、当代きっての名匠は見事に勝った…!
新たな魅力に満ち溢れて、『ウエスト・サイド物語』が鮮やかに、今再び踊り出した。
と同時に、往年のハリウッド・ミュージカルを見ているようなクラシックな雰囲気、味わい。
新しいけど、古典的。古臭いけど、新鮮。
現代的な要素を取り入れつつ、“かつての時代”へ連れて行ってくれる。
そのバランスの絶妙な事!
ミュージカル映画は今も作られ続けているが、往年のようなミュージカル映画を見る事は今となっちゃあ皆無。夢のまた夢…。
しかしそれを、魅力たっぷり堪能させてくれて、それだけでも感激ひとしお…。
ストーリーはオリジナルをほぼ踏襲…と言うか、丸っきり同じ。(なので、あらすじは割愛)
オリジナルへの敬意に感じたし、それに本作の場合、ヘンに脚色や改変しない方がいい。してしまったら、オリジナルの持つ全てが台無しになってしまう。
本作でも克明に、争う事の愚かさ、憎しみの連鎖、悲しみと末の悲劇が描かれている。
個人と個人なら、喧嘩。集団同士だったら、抗争。ジェッツとシャークスはこれに当たる。
それが憎しみ/対立深まると、より大きな惨劇…戦争へと発展していく。
不良グループの抗争だけに非ず。分かり合おうとせず、そこに人種の問題も絡め、これはもうしっかり訴える戦争の縮図だ。
スピルバーグは戦争映画を多く撮り、『ミュンヘン』では報復の虚しさを訴え続けてきた。
偶然か必然か、『ウエスト・サイド物語』のテーマはスピルバーグにぴったりだったのだ。
ミュージカルに移民や人種などの社会的問題を織り交ぜたオリジナル。
それは人種の多様性が求められる現代にこそ通じ、オリジナル以上に強く描かれていた。ここが、現代ならではの視点。
ジェッツとシャークス、警官や街の住人から迫害や偏見を抱かれているのは、やはりシャークスと感じた。シャークス…つまり、プエルトリコ移民。結局は移民。この国の者ではない、よそ者。
彼らだって、好きでこの国に居る訳ではない。“自由の国”とは名ばかりの“偽りの国”に。
それでもここで暮らしている。自分たちにだって自由がある。誇りがある。ここで生きていく。
ジェッツ側は言わば、今を生きる若者たちの体現だ。
何故彼らは性懲りも無く非行に走る…?
分かってくれない大人、息苦しい社会への鬱憤、反抗、抵抗。彼らなりの訴えであり、闘い。
そんな事でしか表せないなんて、愚かかもしれない。
が、漲る今だけの若さの力を、大人や社会がずっと押し留める事など無理。
必ず若者たちは、自分たちの力で行動する。
俺たちの声を聴け。
どちらにも言い分や非はある。どちらが良い/悪いかで決められない。
ただ悲運な事に、両グループはぶつかってしまったのだ。この国で、この街で。
分かり合おうとせず、対立し合う両グループ。
そもそもそれは、彼らを受け入れ理解しようとしない大人や社会の責任や問題でもある。
対立の果てに招いてしまった悲劇。それは彼ら自身の愚かさ故でもあるが、彼らもこの息苦しく狭い社会の一角の犠牲者なのだ。
頼むから社会よ、大人たちよ。前途ある若者たちにこんな悲劇を演じさせないでくれ。
オリジナルのクライマックスも非常に胸打たれたが、スピルバーグのヒューマンでドラマチックな手腕が存分に活かされ、より深みのあるものになった。
そんな悲劇の一方、愛し合う事の美しさ、自由への訴え、各々や自身のルーツへの尊さ、誇りが輝きを放つ。
本作でも彩ってくれる名曲やダンスと共に。
オリジナルでは『マリア』が特に印象残ったが、本作では『トゥナイト』と『アメリカ』が非常に印象に残った。今も頭の中でリフレイン中。
『アメリカ』はベルナルドやアニータら移民たちと街そのものが躍動しているかのよう。
『トゥナイト』は劇中、2回。序盤のトニーとマリアのロマンチックなデュエットと、中盤の決闘と各々の思いが交錯する前夜。同じ曲でも印象が大きく違った。
劇中曲はレナード・バーンスタインのオリジナル曲を、デヴィッド・ニューマンがアレンジ。開幕はオリジナルと同じあのメロディーが流れ、それだけで気分は『ウエスト・サイド物語』!
本作の最大の魅力の一つと言っていいのが、オリジナルに負けず劣らずのフレッシュなキャストたち。
特に、女優陣が秀逸。
オーディションで選ばれ、スピルバーグ監督の本作でいきなり主演デビューの“シンデレラ・ガール”。新星レイチェル・ゼグラーの魅力と歌声にメロメロKO!
オリジナルのナタリー・ウッドも美しかったが、マリアはプエルトリコ移民の子。白人のナタリー・ウッドが演じるのにちと違和感あったが、今回はラテン系のレイチェルがスペイン語でも歌い、しっくりくる。勿論、彼女の今後の活躍も楽しみ!
オリジナルではリタ・モレノが演じ、オスカーを受賞したアニータ。確かにアニータは旨味のある役だ。陽気で、ユーモアも担当。ベルナルドの恋人で、マリアの友人。自らも恋する女であり、良き理解者。が、愛する人を失い、マリア以上に悲劇性や憎しみを請け負う。
ブロードウェイからの彼女も新星。アリアナ・デボーズが存在感のある好助演と、パワフルな歌やダンスを魅せる。今回、オスカー助演女優賞の最有力。納得!
オリジナルのアニータ役、リタ・モレノの出演はオリジナルファンには感涙ものだろう。例えるなら、『シン・ウルトラマン』に桜井浩子が出演するようなもの。
単なるオリジナルリスペクトのゲスト出演ではなく、しっかりとした出番と役回り。オリジナルでのドクの位置。若者たちの時に理解者であり、時に嘆く。まるでオリジナルキャストが彼らを見守ってくれているように感じた。おまけに歌声も聴かせてくれる!
オリジナル以上に女性たちの姿が映し出され、“Me Too運動”の現代ならでは。
女優陣に比べると、男性陣はちと華に欠けたかなと。
ベルナルド役のデヴィッド・アルヴァレスはラテンのワイルドな魅力に溢れているが、オリジナルのジョージ・チャキリスの方が圧倒的にカリスマ性があった。
今回の若手キャストの中で唯一映画界でキャリアあるアンセル・エルゴートが演じる新トニーは、オリジナルのリチャード・ベイマーより陰あり。刑務所帰りという新たな設定となり、ただの好青年ではなく屈折したキャラ像を与えた。
『ベイビー・ドライバー』で音楽との相性の良さを見せたエルゴート。本作では直に歌声を聴かせる。
若手男性キャストたちもアンサンブルで、歌やダンスを披露。
丸っきりオリジナルと同じでは勿論無く、トニーの新たな設定などアレンジや変更、新解釈も。
オリジナルのまず最初の見ものであった空撮の開幕。本作も一応空撮から始まるが、対象物が違う。オリジナルではNYの風景だったが、本作では撤去されるスラム街。これだけで一つのテーマを表しているような気がした。
ファーストシーンのジェッツとシャークスの鉢合わせ。オリジナルではいがみ合いだけだったが、本作では乱闘や街中チェイス。アクション演出ならお任せ!のスピルバーグならではの疾走感あるシーンに。
カメラが街に繰り出したロケーションは、オリジナルの最大の魅力の一つ。本作ではスピルバーグの“眼”と言って過言でもないヤヌス・カミンスキーによる躍動感あるカメラワークやきらびやかな色使いが素晴らしい。
まるで1950年代のNYにタイムスリップしたかのようなロケーション、美術。衣装も洗練された豪華なものもあれば、着崩れしたようなリアリティーも。
スピルバーグ常連や新参加のスタッフによる名仕事ぶり。…いや、スタッフたちも一緒に歌って踊っているのだ。
さすがにオリジナルを超えた!…は言い過ぎかもしれないが、これほどオリジナルの魅力を損なわないリメイクは稀有。
昔オリジナルを見た人が感動したように、今我々も、胸打つストーリー、訴えるテーマやメッセージ、ミュージカルの醍醐味、スタッフ/キャストのプロフェッショナルさに再び感動する。
大迫力のアクション映画やSF映画は劇場大スクリーンで観てこそだが、本作もまたそう。公開延期を経て、劇場大スクリーンで見れて良かった。至福の時。
この醍醐味と魅力を、劇場大スクリーンで是非!
これからも語り継がれる物語(ミュージカル)。
近代さん
熱のこもったレビュー、感服しました。
ジェッツのメンバーが「Gee, Officer Krupke」で、不良少年に必要なのは裁判官ではなくて精神科医なんだ…と歌います。明るくおどけて歌うのですが、社会に助けを求める痛烈な叫びですよね。
本当に素晴らしかったですね♪
料理に例えるなら、オリジナル版が吉兆の湯木貞一や北大路魯山人のように「日本料理の見事な型」を作ったとすれば、スピルバーグは山岡士郎や海原雄山のように、米一粒、大豆一粒、野菜も魚も真っ当に育った「本物」の食材集めに全力を注いだ。
そんな印象を受けています。
細かい役に至るまでの細部の掘り下げ。その役柄にピッタリ嵌る役者の発掘。そして彼らが確実に役を掴み切るまでの充分なサポート。
キャスト1人1人が実在の人物として息づいてスクリーンの中で生きていた、と、そう思います。
(リタ・モレノのヴァレンティーナに至っては、詳細な裏設定だけで25ページもあるんですって!(笑))
アルバレスも最初だけは違和感でしたが、これで良かったのだと思います。チャキリスは魅力的過ぎて完全にトニーもリフも食っちゃってましたもんw
それでは作品としてバランスが悪いのだと気付きました。
映像も音楽も衣装も、何もかもが素晴らしかったです。
「ご飯、味噌汁、鰯の塩焼き、漬物」献立の至高のメニューがオーバーラップしました。
舞台では出来ない「映画ならではの魅力」を改めて沢山学ばせて貰いました。
近大さん
熱い熱いレビューですね。
近大さんが書かれているように、美術・カメラワークが本当に素晴らしいですよね ✨
名曲とともにスクリーンに映される印象的な映像は、ミュージカル映画ならではの魅力に溢れていました。