劇場公開日 2020年2月28日

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「欲望と絶望の交差する所で起きた夢幻劇」初恋 keithKHさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5欲望と絶望の交差する所で起きた夢幻劇

2020年3月9日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

マグマのように熱く煮え滾る汚濁した欲望と、未来を閉ざされ氷結し凍り付いた絶望、決して交わることのない、この二つを交差させた処で、本作のワンナイト・バイオレンス・パノラマ・ショウの幕が開きます。
ヤクザと中国人マフィアに悪徳刑事が入り乱れ、一人一人が己の強欲と野望で疾駆し、裏切り、人を殺し、落花狼藉の限りを尽くす。皆が各々の尖ったキャラクターに沿って傍若無人に動き回るため、事態は死屍累々を越えて混沌と喧騒が錯綜し昏迷を深めます。

寄せカットもあるものの、室内シーンが多いにも関わらず、全体の構図を見せる引きカットが多く、カメラも固定されたカットが多いので、暴力的で残虐なシーンが派手に展開するわりには落ち着いて観られます。手持ちカメラは車内のシーンと、内野聖陽扮する出獄直後のヤクザの若頭と隻腕の中国人マフィア・王(ワン)との因縁の決斗シーンであり、やたらと手持ちを重用する最近の傾向と異なり、計算された使い方でした。
余計な説明は一切捨象され、ストーリー展開のテンポは、派手なシーンが次々と挿入されながら一気に加速されていくため、観衆は画面に食い入らざるを得なくなります。

また登場人物の各キャラクターには、いつか見たモデル像が透けて見えます。私には『極道の妻(おんな)たち』と『仁義なき戦い』と『昭和残侠伝』が混淆してシェイクされた味わいがあり、全ての人物の強面がどこかユーモラスに見えてきました。

ただ冷静に考えると話の展開が不自然だったり、多くの辻褄が合わない箇所があるのですが、観終えた後で、とにかく何だか凄い映画を観たという興奮と焦熱が心の底から湧き上がり、自分でも良く判らない満足感に浸れました。
この感覚は、嘗て1980年代に荒事と艶事をスクリーン上に奔放に繰り広げた、五社英雄監督の往年の『鬼龍院花子の生涯』『陽暉楼』『櫂』『薄化粧』『吉原炎上』等の、極彩色の作品群の既視感に通じます。
三池崇史監督が名を上げたVシネマの荒々しさと強かさ、野卑な猥雑さが塗された、将にこれこそ東映のDNAを強く実感する作品です。

これだけ人が造作もなく次々と殺されていても、残虐さや猟奇性はあまり感じられず、寧ろどこかコミカルな異次元世界、恰も一夜の夢のように感じます。即ち、悲劇、惨劇が淡々と実に呆気なく繰り返されると、人は神経が麻痺し、全てを喜劇に感じてしまうのでしょう。そして夢幻劇の如きワンナイト・ショウが終わると、見事に日常生活が始まる、その余りにもアンバランスなエンディングには呆気にとられます。

「笑って」、「泣いて」、「(手に汗)握る」。色事にはやや欠けるものの、映画に求められる三要素を全て満たす快作です。

keithKH