「「悪」は所長…なのか?」家族を想うとき キレンジャーさんの映画レビュー(感想・評価)
「悪」は所長…なのか?
胸苦しさを感じながら劇場を出た。
世界中で深刻化する貧困・格差・高齢者問題を労働者家族の視点でかなりストレートに描いた作品。
『Sorry. We missed you.』のタイトルも、振り返るとまたよくできている。
【以下、若干ネタバレ含みます】
あのバカ息子でさえ、家族を想う気持ちは同じ。それなのにそれぞれの立場で感じる、「今の生活をなんとかしたい」・「昔のあの頃に戻りたい」といった思いが、結果として自らをさらに苦しめていく。
小さな「救い」は作中にいくつも散りばめられてある。
家族で介護先に向かった車内での束の間の時間。
介護先の老人「私もまだ役に立っているの?」「私はいつもあなたから教えを頂いているわ。」
しかし、現実の地獄は残念ながら解消されない。あくまで貧困に喘ぐ者同士の傷の舐め合いにも近い。
この物語では、所長のマロニーが象徴的な「搾取する側」としてヒール役を請け負っているが、「マロニー憎し」でこの物語を観るのはやはり浅薄な気がする。
あの事業所が、もし万一に備えて余剰人員を抱えたり、機器の保証金を整備したり、保障制度を準備すれば、当然それは料金にシワ寄せがいき、業者間の戦いに負け、結果主人公たちの仕事も失われる。
そのためのフランチャイズ契約なのだ。
「資本主義とはそういうもの」
しかし、いわゆる『神の見えざる手』はこの現代経済においては機能を失い、暴走の一途をたどっているのは明らか。
そして、彼らをそうさせているのは、我々顧客でもある。
そこでハッとする。
劇中で描かれた届け先の客の姿。
大半は横柄で、自分勝手で、ルールを守らない。
突然、監督の銃口はこちらにも向いていることに気づく。
この異常な価格競争を後押ししているのが世界中の人々の「貧困」であることを考えると、結果的に主人公一家を苦しめる負の連鎖は、この世界そのもの、さらには我々自身の姿でもあるとも感じる。
この家族が大きく躓くきっかけになったのはあの「(イギリス版)サブプライムローン」であったことも含め、やはり憎むべきは個別の強欲業者でない。
個々の消耗戦は既に限界を超えている。
暴走し続ける格差に社会制度がどう歯止めをかけられるのか。
気の遠くなる様な課題、もう日本国民は政治の傍若無人とメディアの怠慢に呆れ、いつの間にか「諦め」さえ感じているこの命題を、あえて気休めに救済される話ではなく厳しい現実として突き付けてくる。
決して観客を幸せにさせてくれる映画ではないが、こういう「ザ・映画体験」という作品の存在も大事。