「現代社会で失われていく人間性」家族を想うとき しずるさんの映画レビュー(感想・評価)
現代社会で失われていく人間性
「ブレッドウィナー」「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」「再会の夏」。今月は、戦時下に於いて人間の尊厳が失われる作品をいくつも見てきた。が、平和に見える日常生活の中で、このような形で失われていく人間性もある。
コンピューターの普及、情報化の加速、レスポンスの即時化により、世界はすっかり変わってしまった。人々は時間に追われ、余裕を失い、置き去りにされまいと必死だ。
低価格競争、24時間サービス提供、顧客満足度偏重。舵を切ったのは政治や事業主かもしれないが、背景には、我々消費者個人の際限なき欲望がある。雇用主は言う。「ドライバーの寝不足なんて誰も気にしちゃいない。興味があるのは、いかに安く、速く、という事だけだ」
ケン・ローチ監督が容赦ない視線で投げつけてくる、疲れきった労働者、冷たい目の事業主、そのどちらもが我々自身の姿に重なる。このままで良いのか。利便性と効率化を突き詰めた先に何があるのか。我々はもう人としての姿を失いつつあるじゃないか。何処か知らない国のお伽噺ではない。怒りと焦燥と共に、淡々と見せつけられる現実に身がすくむ。
ちっぽけな機械端末に押し込められた人間。置き去りにされた老人達。利益を生まなければ無駄として切り捨てられる社会。何かが少しずつ歪み、噛み合わなくなっていく。蟻地獄に足を取られ、ズブズブと沈んでいくのを止められない。
けれども、バス停に居合わせた乗客は「大丈夫?」と声を掛け、息子は傷付き反発しながらも歩み寄ろうとしている。携帯画面から顔を上げ、目の前や隣にいる人の顔を見て、「こんにちは。お元気ですか?」と問い掛ける。そんな些細な行動に、心に、破滅から救われる蜘蛛の糸が、まだ残っていはしないか。
「Sorry We Missed You.」
歯車の向こう側に存在する筈の人間の姿を、私達は見失っている。
こんな世界を望んだんじゃない。人間に戻りたい。あなたも私も共に。