劇場公開日 2020年10月30日

  • 予告編を見る

「展開を追うのに少し苦労するものの、運命を狂わされた人々の苦悩が十二分に伝わってくる作品」罪の声 yuiさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0展開を追うのに少し苦労するものの、運命を狂わされた人々の苦悩が十二分に伝わってくる作品

2020年11月1日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

小栗旬演じるちょっと拗ねた感じの新聞記者と、物静かだが芯の強い、星野源演じるテーラーという、主人公二人をはじめとした、俳優達の見事な演技が光る作品です。最も感情を揺さぶる演技を見せるのは、生島望演じる原菜乃華で、出演時間自体は短いものの、強烈な印象を残します。

本作は1984年に起きた『グリコ森永事件』に着想を得た同名小説を原作としており(実際の事件名を伏せている解説や評論が多いのだけど、何か決まり事でもあるんだろうか?)、一応「フィクション」と銘打ってはいますが、本作の事件描写はかなり実際の事件に忠実なものとなっています。

物語の発端となる録音テープは早い段階で登場するため、何のために誰が作ったテープなのか、未解決となった事件の真相は、といった、物語上の謎を解き明かしていく本題に最短距離で突入します。土井裕泰監督の演出は無駄がなく、前述の通り演技巧者の俳優揃いのため(梶芽衣子の演技も素晴らしいし、佐藤蛾次郎、火野正平の元気な姿を拝見できたことも嬉しい!)、比較的長い上映時間に退屈を感じることはありませんでした。

ただ、それでも膨大な要素を上映時間内に収めきれなかったのか、主人公二人が行く先々で随分都合良く手掛かりを見つける都合良さが目に付いたり(台本の練れていない推理アドベンチャーゲームをしているような気分になることも…)、「父の○○の兄弟の△△の子供の□□」とか、台詞上での人物関係の説明が多く、特に中盤までは頭の整理が追いつかない状態でした。映像で状況説明している場面も多かっただけに、丁寧すぎる説明台詞が、かえって展開の足を引っ張っていたようで残念。

映像は全体的に抑えた色調と柔らかな光源が多く、人物の顔に陰影を付けることで、彼らが引きずっている人生の影をとても上手く表現していました。特に宇野祥平演じる生島総一郎の登場場面は、ちょっとやり過ぎなほど彼の鬱屈を描いています。一方、昭和時代の描写はちょっと色があせてほこりっぽい感じを強調して現代と描き分けられていたり、テーラーの店舗はちょっとイラストと見紛うばかりに鮮やかで美しかったりと、場面毎の映像技術、美術共に素晴らしいです。

『グリコ森永事件』を下敷きにした作品としては、高村薫原作で映像化もされた『レディ・ジョーカー』などがありますが、『レディ・ジョーカー』の方は犯行グループと警察に焦点が当てられていた一方で、本作はむしろ犯行に巻き込まれて人生を狂わされた人々が描かれているという違いがあります。しかし興味深いことに、事件の過程で犯行グループがどう変質していったのか、という語りには似通った部分があります。そのため、この二作に目を通すことで、互いの作品への理解がより深まるかも知れません。

結末はちょっと踏み込みすぎ、まとめ過ぎな感もありますが、それを差し引いても十分見応えのある作品です。

yui