「素晴らしい登山家ジミーチンによるドキュメンタリー」フリーソロ DOGLOVER AKIKOさんの映画レビュー(感想・評価)
素晴らしい登山家ジミーチンによるドキュメンタリー
ナショナルジェオグラフィック ドキュメンタリフイルム
2019年 アカデミー長編ドキュメンタリー映画賞受賞作
監督で、撮影者のジミー チンと、妻のエリザベス チャイ ヴァサルヘリは、ともに登山家で写真家だが、二人してこの映画を監督している。ジミー チンは中国系アメリカ人2世で、妻のエリザベスは母親が香港人。二人には一男一女の子供たちが居る。
「フリーソロ」は二人にとって第2作目の山岳フイルムで、第1作目は、2013年の作品「MERU・メル―」。
「MERU メル―」はヒマラヤ山脈の中国側、メル―中央峰の難攻不落の岩壁「シャークス フィン」とよばれる岩を、ジミー チンを含めた3人の登山家が世界初登坂に成功したときの記録フイルムだ。3人とも有名な登山家で、コンラッド アンカー、レナン オズダークとジミー チン。3人は、2008年に頂上まであと100メートルのところで、登頂を断念して下山している。総重量90キロの荷物を担ぎ、2台のカメラと機材を持ち、8日間の食糧をもって、「シャークス フィン」を17日間登り続け、悪天候と雪崩とで動けず、岩肌にビバーグしていたテントが壊れ、食糧と燃料がなくなり、登頂寸前のところで諦めて下山した。このときの失望が大きすぎて3人とも2度と同じ山に再び戻ることはないだろうと思っていたという。その後、ジミー チンは雪崩に合い600メートル落下、時速130キロのスピードで山から落ちるが、奇跡的に生還した。
またレオン オズタークは、スピードボードの撮影をしていて事故に合い、頚椎骨折で、再起不能、一生車椅子生活と診断されるが、執念のリハビリで、登山家として、これまた奇跡的な復帰をする。3人の内、残りのコンラッド アンカーは、山岳史で最も有名な登山家ジョージ マロ―二―の遺体を見つけた人だ。登山の長年のパートナーだったアレックスを、ザイルでつながりながら死なせたことで、自分を責め、のちに彼の妻と結婚して彼の3人の息子たちを育てている。3人3様の2008年メル―世界初登頂失敗後の、苦渋と失望を乗り越えて2011年 3人は再び申し合わせたようにヒマラヤに集まり、「シャークス フィン」の初登坂を成功させる。メル―はそのときの記録映画だ。
第2作目の「フリー ソロ」は、登山家はアレックス オニルドただ一人。フリー ソロとは、ザイルもハーケンもカラビナも一切使わずに、たった一人でロッククライミングするスタイルのことを言う。山は、カルフォルニア、ヨセミテ国立公園の中にある「エル カピタン」と呼ばれる1000メートル近い絶壁。ここをザイルパートナーなしで単独登頂する姿を数台のカメラで追ったドキュメンタリーフイルムだ。
ジミー チンは「この仕事を引き受けるかどうか迷った。アッレックスは山仲間で友達だ。誰も成功したことのない単独登頂の撮影中、滑落の瞬間をカメラがとらえることもあるだろう。それはアレックスの死の瞬間でもあるのだから。」と語っている。
1インチに満たない岩の尖がりに足をかけ、指3本でつかんだ岩のくぼみに全体重をかけて登っていく。ハングオーバーがあり、トラバースを幾度もしなければならない。滑りやすく全く何のとっかかりもない所が2か所もある。体重のバランスをかけて、伸ばした見えない指の先で、くぼみを掴めなかったら、そのまま落下するしかない。何度ザイルを使ってリハーサルしてみても失敗につぐ失敗。ザイルで身を確保して、すこし離れた岩壁で撮影する4人のカメラクルー。望遠レンズで下から撮影する別のカメラマン。
リハーサルの繰り返しで、すっかり煮詰まってしまったアレックス オノルドは、とうとう一人怒って下山してしまう。もうやめだ。こんな岩壁をフリー ソロで登れるわけがない。
アレックス オノルドは、1985年カルフォルニア州 サクラメント生まれ。山が好きで、19歳で大学をドロップして10年あまり車で生活しながら山から山に移動し、登山を繰り返し山岳会で華々しくデビューする。20代で、難所ばかりのロッククライミングをフリー ソロで成功させ、その世界ではスーパースターとなった。今まで誰もチャレンジできなかった「エル カピタン」をフリーソロで世界で初めて成功させることは、彼にとって自分を越えるための最大のチャレンジだった。その彼にも恋人ができる。車で生活することが普通だったアレックスが 恋人と家を買うことになる。2016年恋人とザイルを組み、登山して落下、足首を骨折する。そこでアレックスは、一念発起、自分がやらなければならない課題に直面する。今やらずにいて諦念だけでこの先、生きていくことはできない。激しいリハビリと自主訓練で、再起したアレックスは「エル カピタン」に戻る。
ジミー チンははじめ半信半疑だった。いったんアレックスは逃げ出したじゃないか。
しかしアレックスは本気だ。朝、暗いうちから登り始め、フリー ソロで登頂成功させる。
というおはなし。
山の話だ。
ジミー チンは山のすばらしさをフイルムを通して体験させてくれる。子供の頃はスキー少年、16歳で山に魅せられて登山を開始し、23歳で写真に取り憑かれ、自分で登りながら撮影するという独自の山岳ドキュメンタリーを製作するようになる。素晴らしい登山家だ。ナショナルジェオグラフィックと契約して、いつも未知の世界を見せてくれるだけでなく山の空気を連れて来てくれる。ロッククライミングでは両手両足のうち、3点は確保して固定していなければ登れない。登りながらフイルム撮影するには、ただ登る人よりも高度な技術がなければならない。6000メートル級の岩壁で、1点1点手足を確保しながら、岩を這い、強風に飛ばされながら、登山のすばらしさをフイルムに納めてくれる撮影者は、文字通りのヒーローだ。アカデミー賞受賞のあと、「フイルム撮影中一番スリリングだったのは、どんなときだった?」と聞かれて、岩壁で「ザイルを扱いながら、カメラをバッグから取り出して、そのカメラからチップを抜き出した時だったかな。」と言って笑わせてくれた。それは怖い。
デヴィッド リーンの映画「アラビアのロレンス」(1961)で、ジャーナリストがロレンスに、「どうして こんな砂漠に居られるのか?」と問われて彼は「砂漠は清潔だから。」と答える。山は清潔だ。若いころ、取り憑かれたように山に登ってばかりいた。山の吹き下ろす風に身を任せ、岩に取り憑いていると、山に浄化されるようだった。2000メートル級の山で太陽の直下にいると顔ばかり山焼けして、顔の皮が2枚も3枚もむけてきて、腫れあがり埴輪のような顔だったと思う。けれど下山して人の多い地上のもどってみると、自分の体が腐ってくるようで、またすぐに山に戻りたくなる。北アルプス、南アルプス、丹沢の山々、山はどんな教師よりも多くのことを教えてくれた。
人生というものが、単なる自己満足だとするならば、登山は最高の自己満足だ。登山は何も生産しないし、お金にも名誉にも、業績にもならない。ただ自分を満足させてくれるだけだ。誰のためでもない。それだけ贅沢な行為だということもできる。
映画のエンデイングに、テイム マツグローが、「GRAVITY」という歌を歌っている。渋い。
たくましい男が荷物を背負って、がっしりと山に取り憑いている。厳しい自然の中で、突風やがけ崩れにもてあそばれながら、岩肌を尺取り虫のように進んでいく。孤独な山男の背に、低い男の歌が語り掛けるようで、映画にみごとにマッチしている。
山が好きな人も、好きでない人も、この映画、自然描写が素晴らしい。見て損のない映画だ。