劇場公開日 2019年8月23日

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「日本でウケるのはコアな層。」ロケットマン はてんこさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0日本でウケるのはコアな層。

2019年8月25日
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鑑賞方法:映画館

泣ける

興奮

難しい

「ボヘミアンラプソディー」の最終監督を務めたデクスター・フレッチャーが音楽界の巨匠を描く。

主役のエルトン・ジョンを演じたのは「キングスマン」のタロン・エガートン。
タロンとエルトンは不思議な縁で、キングスマンにはエルトンが本人として出演したことがあるし、「ミニオンズ」で有名なイルミネーション製作映画「シング」では、既にタロンがエルトンの曲を歌っている(演劇学校のオーディションで歌ったのもエルトンの曲なのだとか!)。
また、フレッチャー監督とタロンといえば「イーグル・ジャンプ」を思い描く人もあろう。

こう言った縁に満ちた今作の出来は、素晴らしいものだった。
エルトンの「伝記的な作品」としてみると、どうやら事実と違う点が色々とあるみたいだが私は彼についてそんなに詳しいわけではないので(でもエルトン大好き)、その辺りの事は他の人に任せましょう。笑
ここでは、「ミュージカル映画」としてみていきたい。

まず最初に、私個人的に「ミュージカル映画」はあまり好きではないです。(なら見るな笑)
というのも、歌が物語の大半を占めるこのジャンルではキャラクターの感情の動きが唐突で、相当な演技力か物語と歌のシンクロがないと整合性をなかなか得られず、納得できないまま次、次、次、と進んでいってしまうから。(例えば、落ち込んでいたキャラが、最初はスローな歌い出しで感情を表現していたのに、サビ部分でいきなり踊り出すという事が多々ある。)
また、歌唱部分は往々にして心理描写として映像化され、街中で急に歌い出したりシリアスな場面で台詞にメロディが付き出しても、周りの人がそれを不可解に思うことはない。1曲終わったら次の場面、次の曲が終わったらまた次の場面と、ストーリーがブツ切りになる感じも集中を阻害する。
例えば演劇だったりディズニーのようなアニメ映画だったら、そもそもの空気感が非日常だからそういった事もあまり気にならないが、リアルな人間での映画、とりわけノンフィクションに近い題材でこれをやられると……。

こういうのを緩和させるのが役者の演技であったり、歌と物語のシンクロ具合だったりするのだと思う。
タロンの演技はといえば、素晴らしかった。

自分というものを自問自答し続け、愛を求めながら酒やドラッグに溺れていく。そういう繊細な感情がほぼ完璧に表現されていたし、先述した歌唱中の唐突な感情の変化なんかも殆ど違和感なく見られた。
ただ、やはりエルトン・ジョンという無数の楽曲を生み出したアーティストがモデルであるが故登場する楽曲の数も半端じゃなく、本筋と心理描写を行き来する"ぶつ切り感"は拭えなかった。

ミュージカル映画は大きく分けると2種類に分けられると思う。
最近で言えば「LALALAND」「グレイテストショーマン」のように、楽曲が映画の為に書き下ろされたもの。
もう一つが、今作や「マンマミーア」のような、既存の音楽から着想を得たもの。
どちらが良いというわけではないが、前者の方が映画には馴染む。特に「LALALAND」はメインのストーリーラインが単純なのも手伝って歌と物語の整合性もあったし、何より、映画自体、物語より映像を楽しむような作品だった。
いわゆるマジックアワーの極端に美しい映像が多用され、日に数十分しかないその時間の中で長回しで撮り、帽子を投げるなど簡単なアクションもいれる。失敗すれば取り直しは次の日になるのに、だ。
映像から製作者の心意気を感じられたのも「LALALAND」が高い評価を得た理由だろう。

もちろん、「マンマミーア」も成功作と言って異論はない。イギリスでは興行収入でタイタニック超えのトップヒットとなった。
みんな大好きABBAの楽曲がふんだんに使われたこの作品もストーリーは実に単純だ。キャラクターの深い思念とか葛藤とかはあまりなく、ラブコメディのジャンルにふさわしいすごく楽しい軽い気持ちで見られる。メリル・ストリープはじめ、役者の演技も素晴らしかった。題材が恋愛なのでコロコロ変わる感情にも納得がいったし、ぶつ切り感もあまりなかった(と、いうかそこまで深く見る必要がなかった)。

一方今作。
エルトンの自己存在意義や周りに愛されない孤独感、ゲイであることの葛藤。
二時間のミュージカル映画にするには題材が非常に繊細かつセンセーショナルだ。
「LALALAND」のように"映像を楽しむ映画"という風には割り切れないし「マンマミーア」のように"深く見る必要がない"とも言い難い。視聴者側にもある程度の集中と思考を求められるのにそれを阻害する要素が散りばめられている。ミュージカル映画をある程度見慣れていないと最後までちゃんと見るのは難しいと感じた。

とはいえ、タイトルの「ロケットマン」が流れるシーンは映像表現としてかなり素晴らしく、映画ファンの中でもこれから度々話題に上がるだろうし、「YOUR SONG」を使うタイミングも絶妙。ライブハウス"トラバドール"で曲を奏でた時の浮遊感と無敵感の表現をエルトンの名演出に絡めて映像化してたのも印象的だったし、「I'm still standing」の歌詞と物語のシンクロ具合も心地よかった。

最初に少し触れたが伝記作品としてみると事実と相違点がある為、本当のエルトンファンは見てて辛い部分があるらしい。かと言ってエルトンをほとんど知らない人にとってはかなりタフな映画となるだろう。
一番楽しめるのはきっと、「代表曲を何曲か知っていてエルトンがどういう人かも大まかには知っていて、かつミュージカル映画を見慣れた人」という、日本人の中ではかなりコアな層だ。
本国での評価と日本での評価に差があるのはこの辺に由来していそうだ。

はてんこ