劇場公開日 2019年8月2日

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「世にも麗しき大人の恋の物語」世界の涯ての鼓動 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0世にも麗しき大人の恋の物語

2019年8月25日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 人が人間性を試されるのは極限状況にあるときである。だから多くの物語の主人公は、普段の生活では体験しない特別の状況に置かれる。日頃どれだけ見栄を張ったり自分を飾っていても、究極の決断を迫られる場面ではその人間の本性が出る。主人公の決断によっては、読者や観客は感動したり興奮したり、時にはがっかりする。
 本作品の主人公ふたりはMI6の諜報員と超深海を調査する数学者で、既に極限状況にあると言っていい。危険で重大な任務に向かう前の束の間の休息は、張り詰めた気持ちと孤独を癒やすためだった筈だが、同じような精神状態の異性と出逢ってしまったことで、あっという間に恋に落ちる。出逢いは偶然だが惹かれ合うのは必然だ。
 夢のような5日間を過ごしたあと、二人が直面したのはそれぞれに厳しい現実である。特に諜報員ジェームズはソマリアに潜入するのだ。銃や火器による殺人や暴力が日常的におおっぴらに行なわれて、誰も取り締まらない国である。世界をよくするための任務であるという自覚がよほど強烈でなければ、潜入しようなどとは思わない。その熱意はホテルで過ごしているシーンの中で予め表現されていて、この人はソマリアに行くのだろうなと納得できる。
 一方の数学者ダニーは、超深海への熱が治まらない。生命のよって来る根源の場所はどこなのか、調べずにいられない。その気持もホテルで過ごすシーンに表現されている。心に熱い思いを抱えた大人同士である。しかしその熱を若者のように直接ぶつけ合うのではなく、平静な表情の後ろに隠して、時々触れる指先から互いに感じ取る。世にも麗しき大人の恋の物語だ。

 思い出すキーワードはたくさんある。テレビを見ている家に手榴弾、アッラーワクバル、塩田、西経2度北緯74度、宗教に強制があってはならない、マントルに生命、超深海、捕虜、ジハード、信じる能力、ネイチャー誌、ノルマンディー上陸作戦のときと思しき巨大コンクリートのオブジェ、そして処刑される女性と撃たれる子供、無慈悲なジハード戦士の意外な知性。
 諜報員ジェームズに降りかかる凄絶な現実は、人類と共同体の不幸を象徴するかのようだ。襲いくる狂気を、我らはどうやって生き延びるのか。その問いかけの延長上に、人類及び生物はどこから来たのか、現れたことに何の意味があるのかを探るダニーの探究心がある。
 親水性という言葉には様々な意味があるが、水が人間を落ち着かせる意味もある。それは生物が水から生じたことを示すのかもしれない。原題の意味はそのあたりにありそうだ。時間的にも空間的にも世界観が広がっていく、スケールの大きな作品だと思う。

耶馬英彦