「不器用な男の表現のかたち」シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢 しずるさんの映画レビュー(感想・評価)
不器用な男の表現のかたち
この奇怪な建築物は、フランスの田舎町に実在するらしい。
建築の知識も経験も無い一介の郵便配達員が、絵葉書や新聞の写真からインスピレーションを得、33年間を費やして、仕事の傍ら、一人で無国籍な石造りの宮殿を造り上げたという、実話を元にした物語。
主人公シュヴァルには、次々と人生の苦難が降りかかるが、それはあまり劇的な描かれ方はしない。時に慟哭し、頓挫しそうになりながら、無口で無愛想で実直な男が、淡々と、石とセメントを積み上げていく。
美しい田舎町や自然の風景と、幻想的な宮殿の威容、温かい人々の愛情がそれを彩る。
人と交わる事が苦手で、愛情や感情を表すのが下手なシュヴァルの造り上げた作品の荘厳さは、外に表れない彼の空想世界の豊かさや、深い愛情・執念の強さを感じさせる。
言葉、行為、芸術。多かれ少なかれ、誰もが、目に見えぬ内なる世界、内なる思いをどうにか表現しようと足掻くのだろう。
宮殿に託された愛。支えた家族。世間の嘲笑に耐え、諦めず、遂には評価と賛辞を受ける作品を完成させた偉業。感動を呼び起こす要素はいくつかあると思うが、この映画はそれを押し付ける事はしない。シュヴァルの心情表現は限定的で、最後までミステリアス。あれこれ推測出来る描き方はされるものの、彼が実際、何を思ってこのような行為に固執し、これだけの執念を持って成し遂げたのか、どこか釈然としない。愛情、意地、名声欲、芸術的衝動。それだけで理由たり得るだろうか。或いはその全てか。
表現の仕方の解らない男が、何が起ころうとも、他に術を知らず、ただ目の前にある、自分に出来る事に、黙々と取り組んでいる。その姿は宗教的でもあり、装飾や付属物を削ぎ落とした人生というものの本質を、垣間見るような思いを起こさせる。
ラスト、悲しみでも感動でもなく、ただ静かな心境のまま浮かんだ涙の理由は、ああ、よく生き切りましたね、と、敬意と労いと憧憬を持って見送るような心持ちだった。